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第21話 父と子


「では里の戦士団を五つに分けそれぞれ走らせるとしましょう」

「助かります。ではリーヴァス殿」

「案内は我が使い魔にさせるとしようかの」

 里の協力を得て、ゴブリンの巣穴への探索は予定よりも早く進みそうだ。

 ラクエルの里はこの大森林の中に点在する人間の集落では、最大の規模と人数だという。

 それだけに影響力も馬鹿にはならない。

「他の集落などへも里から遣いを出しましょう。皆、ダーウェス様の下に馳せ参じる事と思います」

「頼る者の少ない僕等には何よりの救いです。ありがとうございます」

「なに、ダーウェス様のお力になれるのであれば望むところですよ」

 会談をしていた二階から階段を降り、一階の玄関を開けて表に出た瞬間――


「ぅおおおお」

「……は?」

 目の前をガランが吹き飛んでいった。


「ガラン?」

 見れば仰向けに倒れているガランが居た。

 何やら服がボロボロだ。

 確か、僕達が里長の下に向かった時、ガランは助け出し面倒を見るといった二人の娘を自分の家に連れて行った筈だ。

 両親に会わせると言っていたのだけれど。


「そろそろ起きたか馬鹿息子。それとも? まぁだ寝言を起きたままくっちゃべるってんなら、もっぺん起こしてやるぞ」

 左拳を右手で包み、ポキポキと音を鳴らして凄んでいるのは、なにやら立派な体格の中年男性だ。

 恰好から予想するにキコリか何かだと思うのだが。

「ほほ。ガランの父のザジです。キコリをやっとります、儂の息子で御座いますよ」

「あの人が」

 確かに、どことなくガリルとガランに似ている。

 身長は僕よりも少し低いくらいかな。190位はあるだろう。

 なんか元の世界のプロレスラーみたいな人だ。むしろ彼が戦士団の団長と言われた方が納得するかもな。


 そんな事を思っているうちにガランは起きあがると、ペッ! と地面に唾を吐く。あ、血が混じってるな、あれ。

「親父こそボケてんじゃねぇのか。俺の言ってる事が寝言に聞こえるようじゃ、そろそろ杖でも用意してやらなきゃなぁ」

「よし分かった。ぶっ殺す」

「ってみろクソ親父っ!」

 刹那、地を蹴ってザジに肉薄したガランが拳を繰り出すが、ザジは避け様ともせずに腹で受け止める。

 へぇ、と感心してしまう。

 ガランの拳をまともに受けても微動だにしないなんて、大したものだ。

「だからよぉ」

 両手を上げ組み合わせたまま振り下ろし、ガランを地面に叩き伏せる。

「テメェ如きの拳で曲がる俺も道理もねぇんだよ餓鬼」

 胸倉を掴んで引き起こす。

「穢れを孕んだ娘を二人も嫁にするだぁ? ふざけるのも大概にしろよテメェ」

「ふ、ざけて、なんかいねぇよクソが!」

「あぁ!?」

 片手で持ち上げぶん上げた。

 それにしても――


「なるほどな」

 原因はソレか。

 

 道中で娘達を一度自分達の故郷に送ろうかという話は出たが、それは彼女達自身が拒否した。

 彼女達の家族はゴブリンに襲われた時に殺されており、自分達が帰っても待つ者は居ないこと。


 そして穢れを孕んだ者である自分達にはもう、故郷に居場所など無いという事だった。


 ラクエルの里の様に外壁も持たず、また先の集落の様に庇護してくれる存在も居ない人々にとっては、ゴブリンは森の魔獣などよりもずっと危険な敵であり脅威だった。

 そしてゴブリンの性質上、浚われた女達は彼等の数を増やす為に使われ続け、結果、増えたゴブリンがまた人々の恐怖となる。

 だから、この大森林の人々の多くに根付いている教育として、ゴブリンに浚われた女はゴブリンの子を産み、人に害成す存在を増やす前に、自らの命を自分で絶つように幼い頃から教えられるそうだ。


 敵に穢され敵を増やす位なら自殺しろ。


 残酷な話だとは思うが、常にゴブリンの脅威と共に生きなければならない人々にとっては致し方ないのかも知れない。

 そして、だからこそ。

 ゴブリンに浚われ、そして生きて戻った女達は皆、穢れを孕んだ者、と呼ばれ他の人々からの迫害の対象となるらしい。


 自分は死なず、他の人を殺す敵を産んだ者。

 人類の、裏切り者。


 どうりでガランが彼女達を受け入れる事を言い出した時、彼の親友が止めた訳だ。

 戦士長の、それも里長の孫だという彼は、この里においてもそれなりの影響力もあるだろう。

 それが人々の忌諱の対象を受け入れて、波風が立たない訳はないのだから。


「……何度だって言ってやる」

「んだぁ?」

 ガランは再びゆっくりと立ち上がる。

「セリナとカチュアは穢れてなんかいねぇ! 人間も裏切ってねぇっ!」

「テメェ」

「ただ生き抜いただけじゃねぇかっ! 必死に生き延びただけじゃねぇかっ!」

 周囲の人だかりの中には件の二人の姿も見えた。

 二人は祈る様にガランとザジを見詰めている。

「助けにもいかねぇで震えてた連中が何を言えるってんだよ……救おうともしなかった奴らの戯言に耳を貸してやるほど! 俺ぁおめでたくねぇんだよっ!!」

 言うや、ガランは決河の勢いでザジに突撃した。

「……だからよぉ」

「なっ!」

 ガランの飛び蹴りを、ザジは片手で受け止めた。

 ほんとにキコリか? 膂力がハンパないんだが。

 そのまま足を掴めば無造作にガランを振り上げ、そのまま地に叩きつけた。

「がっ!」 

「俺が言ってんのはそんなテメェのちぃせぇ理屈じゃねぇんだよ」

「こ、のや」

「クソ餓鬼の分際でぇ……」



 おい……ザジが魔晄を全身に纏ったが、あれはガランよりも余程強いな。

 あれで攻撃されては流石にケリが着く、か。

 しかしそれは僕の望む決着ではないな。僕は、彼女達には幸せになって欲しいからね。せめてこれからは。

 少しだけ間に入ろうかと思って時、僕の一歩をガリルが止めた。

「ガリル殿?」

「まぁ、馬鹿親子ですので」

「はあ」

 親子の間に入るな、という事だろうか。

 でも、と視線を戻すと、ザジがまたガランの胸倉を掴んで立たせていた。が――



「あんな美人二人も連れ込んで嫁とか人生舐めてんだろうがクソ餓鬼があああっ!!」

「泣きながら怒鳴んじゃねぇよクソ親父ぃっ!」


 あ、親子だ。


「なんなのお前? あれなの? 欲求不満な訳? いつからテメェの息子様は俺様愚息様になったんだよこのやろうっ!」ボクッ!

「いい歳こいてサカってんじゃねぇよエロ親父がっ!」バキッ!

「黙れ! 穢れし息子を宿した愚息よっ! あの二人の面倒は俺がきっちり見てやるからテメェは安らかに埋まってろや!」ガスッ!

「セリナもカチュアも俺と同い年だよっ! テメェの畜生道には年齢制限は無ぇのかよ鬼畜親父がっ!」ガンッ!

「……愛が有れば……歳の差なんか関係ないさ」ドンッ!

「色欲絶好調だなエロキコリ! テメェのキノコも切り倒してやるからそこに寝やがれ!」ドカッ!

「はっ! 女も知らねぇお子ちゃま僕ちゃんが言うわ言う。俺様の様な紳士にはそんな下品は発想は思い浮かばんね」ガカッ!

「ほう? だったらその俺様紳士はあの二人への愛の言葉でも高らかに宣言出来るってのかよ」バシッ!

「は! 出来るね! あったりまえだろうがこのミニキノコ! お天道様にだって言えらぁな」グキッ!

「だったらやれよ! 陽はアッチだボケ!」ガゴン!

「上等だぁああ! 一目で惚れました! 好きだ! 愛してるっ! セリナあああ! カあああチュアああああっ! 俺と結婚してぇ……ぇ、……とぉぉ…………てめぇ……」

 あ、膝を付いた。

「どうしたよ? 親父」

「……計ったな」


 な、んだと。

「ガリル殿、何故この里にオーガが居る」

「儂の息子の嫁ですな。ガランの母ですのう」

「……ダーウェス様」

「も、申し訳ない」

 だってザジと同じ位の体格の女子レスラーみたいな人が、般若みたいな顔して立ってるんだもん。 

 あ、ザジよりもすごい魔晄を纏ってる。



「父ちゃん、ちょっと言いに難いんだけどいいかい?」

「なんだよ母ちゃん、俺に遠慮なんかするなよ」

「そうかい」

「そうさ」

「……」

「……」

 じりじりと、間合いが詰まってきた瞬間!


「死ねっ!」

「許して母ちゃんっ!」


 轟音を残して二頭の獣が姿を消したのだった。

 


「な、なかなか個性的なご夫婦ですね」

 頑張って肯定した。

 人間離れしているとは言えない。親御さんだもの。

「まぁ、これだけのバカ騒ぎになれば、里の者もあの二人にちょっかいは掛けんでしょう」

「やはり、抵抗はあるのでしょうか」

 視線の先では、ガランを心配して駆け寄っているセリナとカチュアが居て、笑顔で「いつもの事だから」と笑うガランが居た。

 そして周りの皆も、笑い合ってガラン達を輪で囲む。

「この里は他の集落よりは抵抗は無いでしょう。ガランの下に来るという事は、アレらの娘になるという事でもありますからの」

「あぁ、それはなんか納得ですかね」


 たとえどんな形でも良い。

 この先にどんな幸せがあり、どんな不幸があるのか分かりはしないのだけれど、それでも僕は、幸多きを望もう。

 あの二人の、いや、ガランとセリナ、カチュアの三人のこれからは、今始まったばかりなんだから。


 そしてその為に、僕は僕に出来る事を全て成そうと、皆の笑顔の輪を見て、改めて誓った。



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