第19話 ラクエルの里
「ようこそ御出で下さいました。東の隠者様」
「カカカ」
先に連絡が行っていたのだろう。
里に入った僕達三人は、そのまま里長の下に案内された。
ユリとメイサが兄達と抱き合い喜んでいるのを見ながら里長の屋敷に入ると、数人の男たちが床に伏し礼を取ってきたという訳なんだが。
「我への礼意は不要だ。我は今や此方の下僕であるからの」
「なんと仰せにっ!」
「それでは」
いや、一斉に見られても。
「やめてくださいよリーヴァス殿。僕は下僕を得た覚えなはいよ。困った物言いの友人なら心当たりはあるのだけれど?」
「カカカ、まぁ良いではないかよ。その方が話も早かろうて。のう?」
リーヴァスの伽藍洞の中の赤い光が見据える先では、今度は僕に頭を下げる衆が……ホントに勘弁してほしい。
「むしろややこしくしてないかな」
「そうであろうか?」
「畏れながら」
僕等の隙に静かに言葉を挟み込む老人に、視線を向ける。
「先の東の隠者様の言は誠に御座いましょうか」
「下僕云々の所は別として、彼の領地は僕が今後預かる事になりました。リーヴァス殿が庇護していた集落にも、その旨はお伝えしご挨拶はすませましたよ」
「……お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「その前に」
これでは些か話し難い。
「皆さん、頭を上げてくれませんか? このままでは話も出来ない」
「しかし」
「どうか」
促してようやく皆が顔を上げてくれた。
なるほど、どことなくガランと似ている。
「初めまして。僕はダーウェスと申します。彼女はラビエラ、リーヴァス殿の事は、紹介の必要は有りませんね」
「ラクエルの里で長をさせて頂いております。ガリルと申します」
「よろしくお願いします。ガリル殿」
全員が床に胡坐をかく様に座る。
ラビエラは正座だったが、リーヴァスは壁に添って一人立っていた。
まぁ、骸骨が床に座るのも大変だろう。
「さて、僕が今日ラクエルの里に来訪した目的は挨拶と今後の相談なのですが、よろしいかな」
「この里を支配する、という事でしょうか」
支配とは穏やかではないのだけどな。
「リーヴァス殿はこの里を支配していた訳では無いのでしょう?」
「いかにも」
リーヴァスに視線を送り問えば、すんなり答えてくれた。
「我が領域に踏み入らぬ限り、我がこの里に干渉する事はない。それが約条よ」
「相違ありませんか?」
ガリルにも確認を取る。
「相違御座いません」
「ふむ」
ガリルによると里長が変わる度にリーヴァスの屋敷を訪れ、里長着任の挨拶と約条の確認を取っているという。
ラクエルの里の長がまず最初に行う仕事がまさにこれだとか。
リーヴァスの領域には里長のみ立ち入る事を許されており、里長の同行なくして立ち入った者は問答無用で殺されても仕方がない。
「彼の庇護下に、とはお考えには成らなかったのですか?」
「それはもちろん思案には苦しみましたとも。しかし、畏れながら東の隠者様を恐れる者も多く、また我々の里には壁も御座いますれば、隠者様の庇護もっ! いえっ! 東の隠者様に含むモノがあるという訳では決して!」
「ガリル殿」
一度、冷静になって欲しい。
「僕はこのワグナスという島を皆が安心して暮らせる地にしたいと思っているだけです。その僕の思考からいうと、この里に庇護の必要が無い状態を目的としているのですから、僕がこの里を支配する必要はないのですよ」
「ダーウェス様はこの東の大森林を平定なさると仰せであるか」
「今一度言いましょう。東の大森林ではありません。このワグナスを平定すると言っているのです」
「この魔島ワグナスを」
「出来るのか?」
「東の隠者様でも不可能なのに」
「静まれ」
皆がざわめき出すが、すぐにガリルが納めた。
「出来るとお思いですか」
「思う思わぬではありません。成すのです。生きていく、それだけの事が困難な状況が当然という世界を僕は許容しません」
「ダーウェス様」
「世界はもっと優しくてもいい。僕はそう願います」
この世界は、諦める事が多すぎる。
僕の力は悪しきモノが振るっていた力なのかもしれないけれど、それは悪にしか使ってはならないという訳ではないだろう。
多分僕は、僕がこの世界に来た意味を欲しているのだ。
例えそれが、都合の良い自己満足であろうとも。
「カカカ。僅か三人で始める野望かの」
「ダーウェス様とわたくしがいれば十分です」
「集落の皆も忘れては駄目だよ。守りたい人達が居るという想いは、それだけで僕等の力になるのだからね」
「そうかの?」
「僕はそうさ」
僕等の会話を聞いていた皆に視線を戻す。
「僕の、まぁ言ってみれば理想はそうなんです。そして僕は出来れば貴方達にも、その理想を追うのに手を貸して欲しい。無論、簡単な道のりだとは思っていません。貴方達の安全も何一つ保証は出来ない。それでも、どうか考えて欲しい。僕の願いは、それだけです」
皆は黙って僕の話を聞いてくれた。
まぁ、別に協力を得られなくてもこの里の安全は出来るだけ守りたいとは思う。
「ダーウェス様。貴方様はその理想の為に、まず何をなさいますか」
ガリルが聞いてきた。
少しは興味をもってくれたのかな?
「まず一手目として、僕はこの大森林からゴブリンを排除する事にしました」
「ゴブリンを、で御座いますか」
「排除って、そんなこと」
「出来るのか?」
「黙らんか!」
いや、怒らなくても良いんだけどね。
「一つの種族を、ただそう生まれたからと言って排除するのは僕の本意ではないのですけれどね。ただ、ゴブリンは」
「ダーウェス様。あれらの存在、その在り様がダーウェス様の理想の障害と成るのであれば、そのご決断はまさに英断と言えましょう」
「それでも、だよ、ラビエラ。何かがほんの少しで良い。違っていてくれたのなら、ゴブリンを滅ぼす必要も無かったのだから」
「お、畏れながら」
「なにか?」
ガリルの顔には困惑が見られる。
「この大森林からのゴブリンの排除など、本当に可能なのでしょうか?」
まぁ、この広大な森から一つの種を一掃すると言われてもにわかには信じられないだろうけれど、時間を掛ければ不可能では「カカカ!」うん?
「リーヴァス殿?」
「カカ。もう済んだわ」
「はい?」
突然笑い出したリーヴァスの言っている事が分からない。
皆が彼を見詰めると、彼は一歩踏み出し僕等に向かう。
「ダーウェス殿。今しがた大森林を彷徨う全ての我が下僕が、己が脳髄を潰して無へと帰したようだ」
たしかに聞いた。
この大森林からゴブリンを一掃したあと、全てのゴブリンゾンビは自分の脳を破壊すると。
「それでは」
「カカ。さよう」
リーヴァスは愉しそうに笑い言ったのだった。
一つの種の、絶望の終焉を。
「この森のゴブリンは死滅したわ」




