第11話 祝宴の夜に
「さぁ、ダーウェス様」
「ありがとう」
女性達を救出して集落へ戻った僕等は、長の家で歓待を受けていた。
助けたとは言え被害も少なくは無かったろうに、とも思ったのだけれど、彼等に言わせればゴブリン達に襲われた被害にしては記録的なほど最小の被害だったらしい。
ラビエラが注いでくれる酒を飲む。
襲撃の後とは思えない程の料理や酒を振る舞われては、些か申し訳ない気持ちにもなるんだけどね。
「一つ、疑問なんだけど」
「何でございますか?」
長は僕の前に座り、静かに応えてくれる。
「何故、この様な危険な島に?」
「何故、と言われましても」
困惑している長ではあるのだけど、僕としては不思議でならない。
「僕は少ししかこの大森林を知りませんが、ここは魔獣も多く、それにゴブリンも生息しているのでしょう? 人が住むには些か環境が悪いと思うのですが。なにか、この森に集落を築かねばならない理由でもあるのかと思いまして」
「え、その、理由? と申されましても」
「あの、ダーウェス様? それは、ですね」
ラビエラが長に助け舟をだした。
「そのご質問はそもそもが逆なのです」
「逆、というと?」
視線を向けた先のラビエラは僕に言う。
「危険な大森林に人々が集落を築いたのではなくて、人々の集落が存在するこの大森林に危険な魔物や魔獣が生息する様になった。これがこの森の、ひいてはこの島の状況なのです」
元々この島には国もあり大陸との交易もしていたという。
だがこの島が少しづつ魔力を帯び魔素を発生する様になると、徐々に変化が起きた。
動物の魔獣化や凶暴化、そして進化。
人智を越えた力を持った魔物もこの島の魔素に引かれて巣くっている。
結果として、この集落の様にこの島から、森からすらも出る事も出来ずにこの島で生き残り続けるしかない人々が、実のところ結構な数が居るらしい。
「全ては……」
僕が、この魔王の身体が眠る地であることが、発端ではないだろうかと考えた。
「違いますダーウェス様」
「ラビエラ、しかし」
それでも、彼女は毅然として否定した。
「ダーウェス様が御隠れになられたのは遥かな昔。貴方様が原因であるならばその変化はもっと前からあった筈です。第一、この島に人々が住む様になったのはそのずっと後の話。全ての事は事後の話であれば、ダーウェス様がお気になさる必要は御座いません」
「……ありがとう」
確かに慰めにはなる。でも納得はできないけどね。
でもだからこそ決めた。
僕は僕として、この島を変えていく。
夜になりそろそろ休もうかという段になり、長が場を去ろうとする。
「ここは貴方の家でしょうに」
「いいえ、私共は息子夫婦の下に参りますので」
「そうですか」
まぁ、あんな事件のあった後だ、家族で一緒に居たいと思うのは理解できる。
これからリーヴァスの屋敷まで戻るのは時間も遅くなってしまう。ここは長の言葉に甘えようか。
長が去り、残るラビエラに――
「君も休むと良い。明日はリーヴァス殿と共に今後の事を考えるとしよう。僕等にはやる事がたくさんありそうだ」
「はい。畏まりました」
「じゃ、僕は休むよ。おやすみ」
「お休みなさいませ、ダーウェス様」
僕は自分にあてがわれた部屋に入ると大き目のベッドが一つ。
おそらくは長の寝室なのだろうか。
それでもベッドで眠るなんて、すごい久しぶりの様な気がする。
こちらにダーウェスとして復活したのはつい昨日の事のはずなんだけどな。昨夜は野宿だったし、というか野宿なんて考えたら初めてだったな。
久しぶりに快眠が出来そうだと近付いていくと、部屋の隅に気配を感じる。
「僕になにか用かい?」
気配には覚えがある。
助けた女性達の内の一人。リーヴァスに最初に助けを懇願していたユトスさんの娘さんだったはず。名前は確か……
「ミリー、だったかな?」
「はい。ダーウェス様」
彼女はその場で跪き床に頭を下げた。
いや、僕は用向きを聞いているんだけどな。
「それで何故ここに?」
「はい。長と父から、その」
「二人から?」
なにか僕に願いでもあるのだろうか。
言い難そうにしていたミリーだったけど、意を決した様に顔を上げると。
「ダーウェス様のお相手を仰せつかりました」
「…………お相手?」
ちょっと言ってる意味が分からない。
「ふふふふ不束者ですが、よろっ! よよよろろよろ」
「いやちょっとっ!」
いきなり立ち上がったかと思えば服を脱ぎだした。
いや! 子供が何をっ「わかりました」あれ声が、っ!
「では死になさい」
「ちょおおっ!」
決河の勢いで振り下ろされるラビエラの右手をミリーの頭上一センチで止めた。
いつの間に部屋に来ていたのかはともかくとして、そんなに大量の魔力を注込んだ貫き手なんか打ち込まれたらミリーなんて粉々になってしまうんだが!
「待て待て! まずは話し合おうラビエ「初めてですけど私頑張「だから君も落ち着い「紅蓮の炎よ舞い踊れ我が「それは洒落になってな「ダーウェスさ「服を着なさ「黙れ小娘「いいからちょっと落ち着いてくれーーーーーっ!!」
なんとか二人を引き離したんだけど、ミリーは少しばかり興奮している様子だしラビエラは――あ、駄目だ、目が病んでる。
「いいかい? ミリー。君が僕の相手をする必要はない」
「ですが」
「長にもお父さんにも僕の方から話しておくから。君はもう帰りなさい」
「帰ったら父になんと言われるか。ですからどうか」
埒があかない。
「わかった。取り合えずこの部屋で今日は休みなさい。僕は他で眠る事にする」
「そん」
「これは決定事項だ。言う事を聞かないんだったらこの集落を滅ぼします。いいかな?」
「ダーウェス様……はい、わかりました」
「うん」
取り合えずミリーはこれで良い。
次は、あれ? ラビエラが何やらおかしいが――
「その、ラビエラ?」
「はい」
随分と嬉しそうなんだけど。
「もう、彼女については構わないね」
「ええ」
まぁ機嫌が良いことに越したことはない。
「それじゃあ僕等も休むとするか」
「はいダーウェス様」
「……ん?」
何故に僕の手を取って歩き出す?
「あの、ラビエラ?」
「なにか? ダーウェス様」
「その、なぜ僕を連れて行こうとするんだい?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
いや、びっくりされる方がびっくりなんだけど。
「あの娘に部屋をあてがってわたくしがダーウェス様のお相手をするという話でしょう?」
「話じゃないっ!」
いかん。
思ってはいたんだけれど、どうもラビエラは時折暴走する癖があるというか、思い切りが良くなる時がある様だ。
リーヴァスに目を差し出した事と言い、彼に怒気を向けたり、ちょっと怖いぞ。
僕はリビングでなんとかラビエラを説得していると、今度は「カカカ、なにやら賑やかですな」とリーヴァスが現れた。
骨の自分に食事は必要ないと言って姿を消していたのに、まぁ面倒くさい時に姿を現したものだ。
「楽しそうにでも見えるかい? リーヴァス殿」
「カカカ。助けてやりたいのではあるが、巫女に恨まれそうだからのう。遠慮しておこうか」
「冷たい友人だなぁ」
「かかか。なに、そうでもないさな」
「……」
おふざけは此処までらしい。
彼の纏う空気を感じた僕とラビエラは彼と向き合う。
「リーヴァス様?」
「なにが有った?」
「カカ。いやなに、少しばかり予定外の事が起こったようでのう」
リーヴァスはその骸骨の奥を赤く光らせた。
「どうやら我がゴブリンゾンビが討たれた場所が有るらしい。さてさて、ゴブリン如きの仕業とも思えんが」
「なるほど、ね」
僕の安眠は、まだ遠いらしい。




