第10話 殲滅の道標
「さぁ、彼女達を助けに行こう」
リーヴァスが僕を集落の人達に紹介してから僕が最初に発言したのはソレだった。
「たす、助けて、下さるのですか?」
なにを今更な言葉だ。当たり前じゃないか、とも思うんだが、それはどうにもこの世界では当たり前でもないらしい。
だけど今は時間が惜しい。
女性が浚われてから時間が経っている。
逆算してもまだ大丈夫だとは思うんだけど、遅くなれば遅くなるほど、彼女達は今までの彼女達では居られなくなる。
「今は急ぎましょう。ラビエラ、すまないが一緒に」
「畏まりました。すぐにゴブリン共の巣を割り出して」
ラビエラが嬉しそうに喰い気味に応えた。
どうやら僕に頼られたのが嬉しかったらしい。
こんな事で喜んでくれるのなら、これからはラビエラに色々とお願いするとしようかな。
「それには及びませぬよ、ダーウェス殿」
「っ!」
ラビエラの横に現れたリーヴァスが事も無げに言い出した。
「リーヴァス殿?」
「さて」
周囲を見渡したリーヴァスは「ちょどよいモノが転がっておるわ」とゴブリンの死体へと歩み寄っていった。
何をするのかと思いきや
「確かここに……お! これだわい」
収納から一つの小瓶を取り出した。
中には青色の液体が入っている。
「回れ廻れ輪廻を外れて廻れよ愚物」
一滴垂らして言葉を重ねると
「ほう?」
むくり、とゴブリンが起き上った。
ただどう見てもその胸には大きく穴が穿たれている。
まぁ、僕が空けた穴なんだけど。
それでも動く。いや、この気配――
「アンデッド……ゾンビの類か?」
「カカ。さよう、我が下僕たるゴブリンゾンビといったところかの」
リーヴァスが使役したゴブリンゾンビは少しだけ周囲を見渡すと、なにかに感付いたかの様に駆け出した。
おい、あのゾンビ走るんかいっ!
「あと数体作っておけば、まぁこの大森林のゴブリン程度なら三日と待たずに駆逐されような。あ、真っ先に消える群れはアヤツ等自身の群れだろうから、娘共が壊される前には間に合うだろうて」
カカカ、と楽しそうに笑いながらリーヴァスは他のゴブリンの死体に向かって歩いていく。
不思議に思っていると。
「東の隠者たるリーヴァス様であれば、ゾンビの創造など造作もない事で御座いましょう」
「それがゴブリン討伐に役に立つのか?」
「役に、で御座いますか?」
ラビエラは自然な笑みを浮かべ答えてくれる。
「意図的に創造したゾンビには創造主の意図を介入させる事が出来るのです」
「つまりはゴブリンの殲滅か」
「はい」
彼女の言うところでは、リーヴァスが作り出したゴブリンゾンビはゴブリンしか狙わないとの事だった。
創造系のゾンビは大抵がそうで、あくまで同族の存在を感知して同族のみを襲うとのことだ。
身体能力は生前のままの能力を有し、ゾンビに咬まれたモノは同じくゾンビになる。
「正確には大脳に呪詛を送り込み死体を動かしているだけですので、首から上を飛ばすなり脳を潰すなりすればゾンビは止まるのですが、ゴブリンなどには知性がありませんから、彼等にしてみたら不死身の同族が襲ってきたとしか思わないでしょうね」
「なるほど」
確かにそれなら数体のゾンビを創るだけでゴブリンの駆逐は済みそうだけど、それってどうなんだ?
「最終的にはゾンビになったゴブリンだけが大量に残りそうなんだけど」
それは大丈夫なんだろうか?
僕のそんな疑問はすぐに解消される。
「カカカ、まぁ問題ありますまいよ」
必要な数のゾンビを創り放ったのだろう。
リーヴァスがこちらに歩み寄ってきた。
「問題ないとは?」
「この大森林からゴブリンが一掃され存在を感知しなくなった時点で、アヤツ等には自らの手で自らの脳髄を破壊する様に命じておりますからな」
「ゴブリンゾンビの集団自殺とか」
SAN値が下がるなぁ。
正直、見たくない光景ではある。
そうして走り去ったゴブリンの後を追って来てみれば、全ては終わっていた。
実に簡潔で分かりやすい結末だ。
威嚇をしようが不意を突こうがゾンビには関係ない。
頭を飛ばせばいいだけの回答を出す事の出来ないゴブリン達は、剣で切ったり槍で突いて勝ち誇った事だろうに、それで止まらずに襲い掛かるゾンビは恐怖でしかなかったろう。
しかも敵は増え続けるゾンビだというのだから、奴らに対処などしようもない。
僕達が入っていってもゾンビ共は気付きもしない。本当にゴブリンにしか反応しない様だ。
ゴブリンを滅ぼすのに、これほど適した存在も居ないのだろう。
最後の決戦の場らしい空洞に辿り着いたら、全ては終わっていた。
気配を感じればおそらく連れてこられたであろう女達がこちらを伺っている。
僕は彼女達への対処をラビエラに任せ、リーヴァスと共に洞窟の奥へと進む。
道すがらゴブリンの話を聞いた。
そして洞窟の奥に進むと、そこにはラビエラの予想した通りの場所があった。
「…………」
「ふむ。最後の一人はおよそ十日前といったところですかの」
「……そうか」
どちらにせよ、僕は間に合わなかったのか。
ゴブリンが集落を襲った理由は、おそらくゴブリンの巣において数を増やす事が出来なくなったからではないか。
ラビエラの考えた通り、僕の目の前には多分リーヴァスの言う様に十日前までは生きて――ゴブリンに子を産まされ続けていた女性達の、成れの果てが転がっていた。
数にして九人。
すでに腐敗も進んでいる。
中には目を潰されている人や手足を斬られている人も居た。
腐敗の状態もまばらで、白骨化しているものも三人居る。
孕ませる為の女が居なくなったから、新しい女を調達に出た。
今回の騒動はそういう事らしい。
そしてこういう事は、この世界ではよく有る。当たり前の事なんだろう。
僕は僅かに黙祷し、彼女達の魂がどうかあの壮大な樹の下のあの綺麗な場所に辿り着ける様にと祈りながら、その九人を塵一つ残さずに焼き尽くした。
僕が神様の遣いでもあれば聖なる力ででも送ってあげれたんだろうけれど――
「ごめんね」
魔王の僕には、これが精一杯だった。




