第九話 宇宙へ繋がる解体場
1
雨が冷たく地下街の廃墟を濡らす。
学園の地下管理棟から命からがら脱出したアキ・パパニカたちは、傷だらけの身体を引きずりながら『プラマイゼロ』の最深部へと戻っていた。
「……ハぁっ……ハぁっ……!」
アキは膝をつき、激しい吐き気に襲われていた。
脳裏に焼きついて離れないのは、目の前で「ナキリムシ」へと変貌させられた少女・サラの絶望した瞳と、それを『完全な平和』と笑ったサラサラ・クックの顔だ。
「……クソッ……クソぉッ……!!」
アキは叩きつけるように地表の土を殴りつけた。拳から血が滲む。
ポン・ペロペがそっと歩み寄り、泥だらけの温かい手でアキの痛む拳を優しく包み込んだ。
「ギ……ギィ……(泣かないで……)」
「ペロペ……。俺は……絶対に許さない。あいつらも、この世界も……!」
カムジ・チャモロは二人の背中を見つめながら、固く閉ざされた巨大な鉄扉の前に立った。
その扉には、古びた警告マークと『旧世紀宇宙航空研究開発区画』の文字が刻まれている。
「……おい、お坊ちゃん。泣いてる暇があるなら、これを見ろ」
カムジが鉄扉の制御盤に、手製の電子端末を叩きつけるように接続した。
*バチバチッ!*と青い火花が散り、重厚な音を立てて錆びついた鉄扉が左右に開いていく。
「な……んだ……ここ……!?」
アキの目が見開かれた。
そこに広がっていたのは、打ち捨てられた巨大な格納庫だった。
そしてその中央に鎮座していたのは――半ば泥と蔦に覆われながらも、圧倒的な存在感を放つ古びた黒い金属の塊。
「……旧世界の宇宙打ち上げ艇だ」
カムジはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、船体の装甲をポンと叩いた。
2
「宇宙船……!? カムジ、お前……こんなものをどこで……!?」
「俺の本職はスカベンジャー(廃品回収屋)だからな。地下のガラクタを漁って生き延びる中で、こいつを見つけたんだ。統治機構が管理しきれなかった旧世紀の遺物さ」
カムジは操縦席へと飛び乗り、内部の配線を熟練の手つきで繋ぎ直していく。
「月面記憶銀行が建設される前……人間がまだ自分の足で宇宙を目指していた頃の旧型船だ。現在の統治機構の自動迎撃システムには引っかからねぇアナログなエンジンを積んでる」
「これで……月へ行けるのか!?」
「あぁ。だがエンジンを動かすための『高圧プラズマ燃料』が足りねぇ。そして、その燃料が保管されているのは――」
カムジは画面の地図を指さした。
「統治機構の直轄軍事施設『第零解体場』。マクベス・トカチェフの膝元だ」
アキの目線が鋭さを増す。
第零解体場――それは、12歳を過ぎて破棄された子供たちやガラクタが最終処分される、地獄のような場所だった。
「行くぞ、カムジ。燃料を奪って、この船で月へ飛ぶ!」
「ハッ! 威勢が良くて助かるぜ。……だがな、敵の本陣に突っ込むんだ。死ぬ覚悟はできてるか?」
「死ぬ覚悟なんていらない!」
アキはポン・ペロペの手を強く握りしめた。
「俺たちは『生きる』ために行くんだ! 奪われた心も名前も……全部抱えて、生きて月へ辿り着いてやる!!」
「ギィィィーーーーーッ!!」
ポン・ペロペも賛同するように高らかに叫んだ。
その時、格納庫の天窓を破り、赤色の索敵レーザーが三人を取り囲んだ。
『――ターゲット補獲。第零解体場より特別強襲部隊を展開。全個体を即時消去せよ――』
ついに追手が潜伏場所にまで迫る。
地球での最後の戦いが、いま幕を開けようとしていた。
(第九話・完)




