第八話 空白の刻、少女の消える日
1
『――アキ……聞こえる……? 助けて……私、消されちゃう……ッ!――』
ノイズ混じりの通信機から響いたのは、アキの記憶の隅に引っかかっていた同級生の少女――サラの切迫した悲鳴だった。
「サラ!? サラなのか!? 今どこにいる!?」
『学校の……地下管理棟……っ。サラサラ・クック先生が……私の記憶を……『残価ゼロ』だって……! アキ、お願い、助け――』
ブツッ……ザザザ……
通信が途絶えた。
アキは跳ね起きると、鉄パイプを握りしめて電車車両のドアへ向かった。
「アキ! 待て、罠かもしれねぇぞ!」
カムジが呼び止めるが、アキは振り向かない。
「罠でも行く! これ以上……誰も消させない! ペロペ、行こう!」
「ギィッ!」
ポン・ペロペも覚悟を決めた瞳でアキの隣に並び立つ。
カムジは大きく溜め息をつくと、乱暴に髪をかきむしった。
「チッ……クソが! 惚れた女のピンチを見捨てるほど落ちぶれてねぇよ! 俺も行く!」
三人――少年二人と一匹の怪物は、再び雨の打ち付ける地上、狂った統治機構の牙城へと駆け出した。
2
深夜の学園・地下管理棟。
無機質な白い光が照らす実験室の中央で、少女・サラはガラス張りのカプセルの中に拘束されていた。
「素晴らしい……実に純度の高い『無垢な絶望』だ」
カプセルの前に立つのは、白い白衣を着たサラサラ・クック。
その隣には、重厚な軍服に身を包んだ最高司令官マクベス・トカチェフの姿があった。
「サラサラ・クック。この個体の処理で、今月の『月面記憶銀行』への定期送信ノルマは達成されるな?」
「ええ、マクベス閣下。彼女の『初恋の記憶』と『未来への希望』を抽出すれば、完璧な資産還元となります。……おや、お客様のようですね」
バリーン!!
強化ガラスの扉が打ち破られ、アキたちが踏み込んできた。
「サラ!!」
「ア……キ……くん……逃げ……て……」
カプセルの中でサラが力を振り絞って声を上げる。
サラサラ・クックは愛想笑いを浮かべながら、手元にある「消去レバー」に手をかけた。
「やめろーーーっ!!」
アキが叫び、必死に手を伸ばす。
しかし、サラサラ・クックは迷いなくレバーを引き抜いた。
――チュイィィィィン……!!
「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
カプセル内に放たれた極彩色の光線が、サラの身体を包み込む。
サラの瞳から、光が、色彩が、そして「アキを見つめる感情」が、急速に奪われて溶けていく。
『――対象データ:サラ・クック。記憶および感情の減価償却処理、完了――』
『――残価:ゼロ。廃棄体へ遷移します――』
「嫌だ……やめろ! やめてくれぇぇぇっ!!」
カプセルが開き、中から力なく崩れ落ちてきたのは――。
言葉を失い、肌が灰色に変色し、ボロ布のような皮膚を纏った新たなナキリムシだった。
「サ……ラ……?」
アキが膝をつき、抱き起こす。
だが、その瞳にアキの姿は映っていない。彼女はただ、うつろな目でアキの手を押し退け、床に落ちていた「ゴミ」を虚無の表情で口に運び始めた。
「ハハハ! 見なさいパパニカ君! これが『美しい社会』の姿です! 彼女はもう『死にたい』とも『苦しい』とも思いません! 完全な平和を手に入れたのです!」
サラサラ・クックの高笑いが実験室に響き渡る。
「畜生……畜生ぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
アキの瞳から血の涙が溢れ出た。
その怒りと絶望に応えるように、ポン・ペロペが咆哮する。
「ギィィィィィィーーーーーッ!!」
ポン・ペロペはサラサラ・クックへと飛びかかり、その腕を噛みちぎらんばかりに食らいついた!
「ぐあっ……!? この不潔な害獣がぁッ!」
「撤退するぞ、アキ!!」
カムジがアキの襟首を掴み、力任せに引きずり出す。
アキは涙で視界を濡らしながら、もう戻らない少女の姿と、冷酷に立ち尽くすマクベス・トカチェフの姿を網膜に焼き付けた。
「アキ……誓え!」
崩れ落ちる地下道を走りながら、カムジが叫ぶ。
「この狂った世界を破壊するって! 月へ行って、奪われたみんなの『心』をぶち撒けてやるって!!」
「……誓う……! 俺は……絶対に忘れない……! サラのことも、ペロペのことも……! 月面記憶銀行をぶっ潰して、全部奪い返してやるーーーーっ!!」
夜空に輝く冷たい月を見上げ、少年の叫びが暗闇を切り裂いた。
(第八話・完)




