第五話 地下廃棄層の群れ
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地下道はどこまでも深く、どこまでも暗かった。
カムジの怒号と戦闘音が遠ざかり、代わりに聞こえてきたのは、湿った水滴の音と、不気味なほどの静寂だった。
「ハぁっ、ハぁっ……! ここなら……追手もすぐには追ってこないはずだ……」
アキ・パパニカは壁に背をもたれさせ、その場にへたり込んだ。
擦り傷だらけの膝が笑い、呼吸が追いつかない。
隣に寄り添うポン・ペロペも、泥だらけのボロ布を丸め、荒い息を吐いている。
「ペロペ……カムジの奴、無事だといいな……」
「……ギ……ギィ……」
ポン・ペロペは悲しそうに目を細め、アキの服の袖をそっと引っ張った。
その視線の先――暗闇の奥深くから、カサカサ……と不穏な蠢く音が響いてきた。
カサカサ……ガサゴソ……
「っ!? 誰だ……! クリーパーの生き残りか!?」
アキは身構え、落ちていた鉄パイプを固く握りしめた。
闇の中から姿を現したのは、光を反射する無数の「黄色い瞳」だった。
一匹、二匹……十匹、二十匹。
闇の中から這い出てきたのは、ポン・ペロペと同じ姿をした異形たちだった。
泥と煤に汚れ、破れたボロ布を纏い、不自然に折り曲がった手足を持つ者たち――《ナキリムシ》の群れだ。
「な……こんなにたくさん……」
絶句するアキの前に、群れがじわじわと迫ってくる。
だが、彼らに敵意はなかった。その目は濁り、感情を奪われ、ただ絶望に耐えるような深い悲しみを湛えている。
「ギ……ギギ……」
「……ア……ア……」
言葉にならない掠れ声を漏らしながら、彼らは地面に転がる廃棄物――壊れた電子基板、錆びついたネジ、カビの生えた布切れなどを、力なく口に放り込み、ガリガリと噛み砕いていた。
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「あいつら……ずっとここで、ゴミを喰って生きてるのか……?」
アキが息を呑むと、ポン・ペロペが群れの中心へと歩み寄った。
ペロペが姿を見せると、群れのナキリムシたちは小さく歓声を上げるように寄ってきて、互いの泥だらけの身体を擦り寄せ合った。
『――ここは……捨てられた記憶の墓場――』
まただ。ポン・ペロペが先ほど食べた端末の残骸の影響か、アキの脳内にノイズ混じりの「思考の声」が届く。
『――12歳を迎えた子供たちは……大人たちの『死にたいノイズ』を和らげるための触媒にされる――』
「触媒……? どういうことだ、ペロペ!?」
アキが問いかけると、一匹の小柄なナキリムシがアキの元へ擦り寄ってきた。
そのナキリムシの胸元には、半ば潰れたネームプレートが残されていた。
『・・ ・・ / 12歳』
「(ここでも名前が消えている……!)」
小柄なナキリムシは、アキの靴の横に落ちていた「小さなプラスチックの欠片」を拾い上げると、大切そうに抱きしめた。それは、かつて誰かが使っていたであろう、可愛らしいおもちゃの指輪の破片だった。
『――純粋な思い出や感情(記憶)は、月面記憶銀行へ吸い上げられる――』
『――残った『感情のカス』と『絶望』だけが……僕たちの肉体に押し込められて……外へ捨てられるんだ――』
アキの背筋に、氷を突きつけられたような戦慄が走った。
大人たちが健やかに、平穏に暮らすために。
地球を満たす「死にたい」という死滅衝動を抑え込むために。
12歳になった子供たちの無垢な感情をシステムで削ぎ落とし、廃棄物として地下へ捨てていたのだ。
「そんなの……そんなの、狂ってる!!」
アキの叫びが地下世界に響き渡る。
ナキリムシの群れは怯えるように身を縮めたが、ポン・ペロペだけは静かにアキを見つめ返した。
『――でもね、アキ。僕たちは、君たちの絶望を食べられる――』
『――君が笑ってくれるなら……僕はいくらでも泥を食べるよ――』
「ペロペ……っ!」
アキは鉄パイプを投げ捨て、ポン・ペロペを強く抱きしめた。
冷たくて、泥臭くて、けれど誰よりも優しい怪物。
「絶対に取り戻す……! お前の名前も、記憶も、全部……! 月にあるっていう記憶銀行をぶっ壊してでも、俺が全部お前に返してやる!!」
アキの涙が、ポンの泥の頬を洗うように流れていく。
その時――頭上の天井から、ズシン!! と激しい重低音が轟いた。
『――統治機構総司令官、マクベス・トカチェフ直轄清掃部隊。地下廃棄層への毒ガス散布を開始する――』
冷酷なアナウンスと共に、天井の通気口から紫色の不気味な煙が吹き出し始めた。
(第五話・完)




