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ナキリムシ  作者: ゆうちぇる


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4/25

第四話 カムジのナイフ、跳ねる泥

1

 地下廃棄層の冷たい空気が、一瞬で緊迫感に満たされた。

 豪快に蹴り破られた扉の破片が転がる入口に、一人の少年が立ち尽くしている。

 荒々しく逆立った髪に、破れかけた革ジャン。その手には、月光を反射して鈍く光る巨大なサバイバルナイフが握られていた。

カムジ・チャモロ(15)――目元に鋭い傷跡を持つその少年は、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。

「おいおい……こんな汚ねぇ穴ぐらに潜んでやがったのか? 追手を撒いた気でいたなら、お目出度い頭をしてんなぁ、アキ・パパニカ」

「お前……誰だ!? 統治機構の追手か!?」

 アキはとっさにポン・ペロペを自分の背後へ庇い、身構えた。

 カムジは舌打ちを混じえながら、ナイフの柄を手のひらでトントンと叩く。

「俺はカムジだ。統治機構の犬じゃねぇよ。だがな、その背中に隠してる《ナキリムシ》に懸けられた賞金には興味がある。そいつを引き渡せば、俺と妹の1ヶ月分の食料チケットになるんでね」

「ふざけるな! こいつはただのバケモノじゃない! 俺の……俺の友達なんだ!」

「友達ぃ?」

 カムジは心底呆れたように鼻で笑った。

「目ぇ覚ませよ、お坊ちゃん。そいつは12歳で『減価償却』されて捨てられた、ただの生きたゴミだ。感情も記憶も言語もねぇ。そんな肉塊に感情移入してどうする?」

「ゴミなんて言うな!!」

 アキが叫ぶと同時に、カムジの身体がしなるように動いた。

 速い!

 一瞬で距離を詰められたアキの喉元に、ギラリと光るナイフの刃先が突きつけられる。

「動くな。俺だってガキを殺したくはねぇ。おとなしくそのナキリムシを渡しな――」

「ギィィィーーーーーッ!!」

 その時、アキの背後から小柄な影が飛び出した。

 ポン・ペロペだ。ポンは恐れ気もなくカムジの手首に噛みつき、泥だらけの身体で全力で押し倒した!

「ぐっ……!? クソッ、離れろこの泥ブタがっ!」

「ペロペ! やめろ、刺されるぞ!!」

 泥まみれになって転がり合うカムジとポン・ペロペ。

 ポンは激しく振り払われながらも、アキを守るように決してカムジの足を離さなかった。その姿は痛々しく、そしてあまりにも愚直だった。

2

「……チッ、クソが。泥だらけになりやがって……」

 息を荒らしたカムジが、ナイフを収めて床にへたり込んだ。

 ポン・ペロペも息も絶え絶えにアキの足元へ擦り寄り、泥に汚れた手でアキの制服の裾をぎゅっと握りしめている。

「なんで……止めたんだよ、カムジ」

 アキが問うと、カムジは苛立たしそうに髪をかきむしった。

「……反吐が出るんだよ。言葉も喋れねぇクセに、命がけで他人を守ろうとするバケモノなんてよ……。昔の……消えたアイツを思い出すだろーが……っ」

「消えたアイツ……?」

 カムジの目が、一瞬だけ深く哀しい色を帯びた。

「俺の妹……ルラだよ。あいつも15歳になれなかった。12歳の春に『減価償却』の適性検査に引っかかってな……。ある日突然、存在ごと消された。俺の頭からも、街の記録からもな」

 カムジは胸のポケットから、古びた真鍮製のペンダントを取り出した。

そこには、削り取られた文字が残っていた。

『ルラ & ・・』

 ――まただ。文字化け(ノイズ)。

 アキの机にあった刻印と同じように、大切な名前の部分だけが消失していた。

「俺はな、忘れたくないんだよ……っ! 妹がいたことも、あいつと笑い合ったことも! だから統治機構の目を盗んで、ノイズに耐えながら地下で生きてんだ!」

 カムジの叫びが、暗い地下室に木霊する。

 ポン・ペロペは静かにカムジへと歩み寄ると、膝をつくカムジの頭に、そっと泥だらけの手を乗せた。

「……ギ……ギィ……(泣くな……)」

「……触るんじゃねぇよ、泥が移るだろ……」

 カムジは悪態をつきながらも、ポンの手を振り払おうとはしなかった。

 ――その時。

ドォォォォォンーーーーーッ!!

 地下室全体を揺るがす凄まじい爆発音が響き、天井からパラパラと土砂が崩れ落ちてきた。

『――自動清掃マシン《クリーパー》配備完了。エラー感染者、および廃棄体の破砕を開始します――』

 破壊された天井の穴から、何本もの鋭い機械脚を持った巨大な清掃ドローンが降下してくる。赤く光るカメラアイが、3人を捉えた。

「ちっ……! マクベス直属の清掃部隊かよ! 追撃が早すぎる!」

 カムジが速攻で立ち上がり、ナイフを構える。

「アキ! そのペロペを連れて走れ! ここは俺が喰い止める!」

「なにいってんだ! カムジも一緒に――」

「馬鹿言え! 泥だらけの怪物を守り抜くって決めたんだろ!? だったら前だけ見て走れっ!!」

 カムジは跳躍し、清掃マシンの装甲へナイフを突き立てた。跳ね飛ぶ泥と火花。

「行くぞ、ペロペ! カムジの背中を無駄にするな!」

「ギィッ!!」

 アキとポン・ペロペは、崩れ落ちる地下道を駆け抜ける。

 背後で響く金属音と男の叫び声を背に受けながら、二人はさらに深い「地下廃棄層」の暗闇へと飛び込んでいった。

(第四話・完)

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