第四話 カムジのナイフ、跳ねる泥
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地下廃棄層の冷たい空気が、一瞬で緊迫感に満たされた。
豪快に蹴り破られた扉の破片が転がる入口に、一人の少年が立ち尽くしている。
荒々しく逆立った髪に、破れかけた革ジャン。その手には、月光を反射して鈍く光る巨大なサバイバルナイフが握られていた。
カムジ・チャモロ(15)――目元に鋭い傷跡を持つその少年は、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。
「おいおい……こんな汚ねぇ穴ぐらに潜んでやがったのか? 追手を撒いた気でいたなら、お目出度い頭をしてんなぁ、アキ・パパニカ」
「お前……誰だ!? 統治機構の追手か!?」
アキはとっさにポン・ペロペを自分の背後へ庇い、身構えた。
カムジは舌打ちを混じえながら、ナイフの柄を手のひらでトントンと叩く。
「俺はカムジだ。統治機構の犬じゃねぇよ。だがな、その背中に隠してる《ナキリムシ》に懸けられた賞金には興味がある。そいつを引き渡せば、俺と妹の1ヶ月分の食料チケットになるんでね」
「ふざけるな! こいつはただのバケモノじゃない! 俺の……俺の友達なんだ!」
「友達ぃ?」
カムジは心底呆れたように鼻で笑った。
「目ぇ覚ませよ、お坊ちゃん。そいつは12歳で『減価償却』されて捨てられた、ただの生きたゴミだ。感情も記憶も言語もねぇ。そんな肉塊に感情移入してどうする?」
「ゴミなんて言うな!!」
アキが叫ぶと同時に、カムジの身体がしなるように動いた。
速い!
一瞬で距離を詰められたアキの喉元に、ギラリと光るナイフの刃先が突きつけられる。
「動くな。俺だってガキを殺したくはねぇ。おとなしくそのナキリムシを渡しな――」
「ギィィィーーーーーッ!!」
その時、アキの背後から小柄な影が飛び出した。
ポン・ペロペだ。ポンは恐れ気もなくカムジの手首に噛みつき、泥だらけの身体で全力で押し倒した!
「ぐっ……!? クソッ、離れろこの泥ブタがっ!」
「ペロペ! やめろ、刺されるぞ!!」
泥まみれになって転がり合うカムジとポン・ペロペ。
ポンは激しく振り払われながらも、アキを守るように決してカムジの足を離さなかった。その姿は痛々しく、そしてあまりにも愚直だった。
2
「……チッ、クソが。泥だらけになりやがって……」
息を荒らしたカムジが、ナイフを収めて床にへたり込んだ。
ポン・ペロペも息も絶え絶えにアキの足元へ擦り寄り、泥に汚れた手でアキの制服の裾をぎゅっと握りしめている。
「なんで……止めたんだよ、カムジ」
アキが問うと、カムジは苛立たしそうに髪をかきむしった。
「……反吐が出るんだよ。言葉も喋れねぇクセに、命がけで他人を守ろうとするバケモノなんてよ……。昔の……消えたアイツを思い出すだろーが……っ」
「消えたアイツ……?」
カムジの目が、一瞬だけ深く哀しい色を帯びた。
「俺の妹……ルラだよ。あいつも15歳になれなかった。12歳の春に『減価償却』の適性検査に引っかかってな……。ある日突然、存在ごと消された。俺の頭からも、街の記録からもな」
カムジは胸のポケットから、古びた真鍮製のペンダントを取り出した。
そこには、削り取られた文字が残っていた。
『ルラ & ・・』
――まただ。文字化け(ノイズ)。
アキの机にあった刻印と同じように、大切な名前の部分だけが消失していた。
「俺はな、忘れたくないんだよ……っ! 妹がいたことも、あいつと笑い合ったことも! だから統治機構の目を盗んで、ノイズに耐えながら地下で生きてんだ!」
カムジの叫びが、暗い地下室に木霊する。
ポン・ペロペは静かにカムジへと歩み寄ると、膝をつくカムジの頭に、そっと泥だらけの手を乗せた。
「……ギ……ギィ……(泣くな……)」
「……触るんじゃねぇよ、泥が移るだろ……」
カムジは悪態をつきながらも、ポンの手を振り払おうとはしなかった。
――その時。
ドォォォォォンーーーーーッ!!
地下室全体を揺るがす凄まじい爆発音が響き、天井からパラパラと土砂が崩れ落ちてきた。
『――自動清掃マシン《クリーパー》配備完了。エラー感染者、および廃棄体の破砕を開始します――』
破壊された天井の穴から、何本もの鋭い機械脚を持った巨大な清掃ドローンが降下してくる。赤く光るカメラアイが、3人を捉えた。
「ちっ……! マクベス直属の清掃部隊かよ! 追撃が早すぎる!」
カムジが速攻で立ち上がり、ナイフを構える。
「アキ! そのペロペを連れて走れ! ここは俺が喰い止める!」
「なにいってんだ! カムジも一緒に――」
「馬鹿言え! 泥だらけの怪物を守り抜くって決めたんだろ!? だったら前だけ見て走れっ!!」
カムジは跳躍し、清掃マシンの装甲へナイフを突き立てた。跳ね飛ぶ泥と火花。
「行くぞ、ペロペ! カムジの背中を無駄にするな!」
「ギィッ!!」
アキとポン・ペロペは、崩れ落ちる地下道を駆け抜ける。
背後で響く金属音と男の叫び声を背に受けながら、二人はさらに深い「地下廃棄層」の暗闇へと飛び込んでいった。
(第四話・完)




