第二十四話 さよなら、ナキリムシ(最終話)
1
月面記憶銀行の崩壊とともに、無数の輝く粒子が宇宙を満たしていった。
それは地球で「残価ゼロ」と判定され、剥ぎ取られていた全ての人々の記憶と感情――愛された記憶、未来への夢、誰かを想う暖かな心。
光の雨となって地球の空へと降り注ぐ思い出の群れ。
「あ……あぁ……っ……!」
地球の街角で、灰色に果てていたナキリムシ(元子供たち)の身体に、かつての肌の温もりが戻っていく。
無機質に死を待っていた少女・サラの瞳に、美しい色彩と光が宿る。
「アキ……くん……? 私……思い出した……! アキくんとの……思い出……っ!」
地球のあらゆる場所で、泣き声と、そして「ありがとう」という温かな声が響き渡っていた。
2
月面の崩壊する特別管理室。
光の中に消えていくペロ(ポン・ペロペ)を見送り、アキ・パパニカは胸元の「文字化けした名札」をそっと手で擦った。
バグで読めなくなっていた文字が、記憶の還元とともに鮮明な文字へと書き換わっていく。
『アキ・パパニカ』
「……俺の名前……戻ったよ、ペロ」
アキはボロボロになった鉄パイプをそっと床に置いた。
隣ではカムジが、妹の面影を取り戻した地球の空を見上げながら、噛み締めるように煙草の煙を吐き出していた。
「行こうぜ、アキ。俺たちの……新しい『地球』へ」
「あぁ!」
解放された少年・ゼロもまた、清々しい笑顔を浮かべながらアキたちの隣に並んでいた。
もはや彼を縛る「死にたいノイズ」は存在しない。互いの悲しみと希望を分かち合った少年たちは、静かに地球へと帰還する船へと歩み出した。
3
――数ヶ月後。
統治機構の支配が終わり、人々が自らの意思と感情で復興を進める新しい世界。
桜の木々が立ち並ぶあの坂道に、アキの姿があった。
「アキくーん!」
坂道の向こうから、笑顔で手を振るサラの姿が見える。
かつての「減価償却」も、「残価ゼロ」という残酷な刻印も、この世界にはもう存在しない。人は傷つき、悩み、悲しみながらも、自分の足で歩んでいく。
アキは空を見上げた。
雲の隙間から差し込む温かな太陽の光。風に乗って舞う桜の花びら。
「ペロ……聞こえるか? 俺たち、今……笑って生きてるよ」
風が吹き抜け、桜の花びらがアキの頬を優しく撫でた。
どこからか、懐かしいあの声が聞こえた気がした。
『――うん。バイバイ、アキ。ずっと……大好きだよ――』
少年は微笑み、サラのもとへ向かって元気に駆け出した。
怪物の去った空に、どこまでも澄み切った青空が広がっていた。
(『ナキリムシ』全24話・完)




