第十七話 美しき管理者(ルクレツィア)
1
最上階の広大なフロアには、足元一面に透き通るような美しい水が張られていた。
その中央、月光が差し込む美しい玉座に、白銀の髪をなびかせた管理者ルクレツィアが優雅に腰掛けていた。
「ようこそ、アキ・パパニカ君。そして……悲しき残価よ」
ルクレツィアは立ち上がり、静かに水面を踏みしめながら二人に歩み寄る。
「よくぞここまで辿り着きました。ですが、あなたの足掻きはすべて無駄です。なぜなら……この月面記憶銀行こそが、人類に残された唯一の『生き残る術』なのですから」
「黙れ!!」
アキは鉄パイプを突きつけ、激昂した。
「子供たちの思い出を奪って、怪物に変えて捨てることが『生き残る術』だと!? サラも、ペロペも、地球のみんなも……お前たちの勝手な都合で踏みにじられたんだ!!」
「勝手な都合、ですか」
ルクレツィアは哀しそうに目を細め、静かに胸元に手を当てた。
「では教えて差し上げましょう。なぜ世界がこれほどまでに『死にたいノイズ』に満ちているのか。……このシステムを作ったのが、誰なのかを」
2
ルクレツィアが手を掲げると、管理室の空間全体に巨大なホログラム映像が映し出された。
そこに映っていたのは――数十年前、まだ地球が滅びに向かう前の旧世界。
研究所のような場所で、車椅子に乗った一人の繊細そうな少年が、哀しげに笑っていた。
「な……んだ……この映像は……?」
「彼の名は『ゼロ』。地球上で最初に『完全な死滅衝動』を生み出してしまった、哀れなオリジンの少年です」
ルクレツィアの声が、冷たく響く。
「彼の放つ『死にたいノイズ』はあまりにも強大で、周囲の大人たちの精神を次々と破壊しました。人類が自滅するのを防ぐため、世界は彼の感情を切り離し、月へと封印した……。それが、この月面記憶銀行の始まりなのです」
「ゼロ……」
「そう。地球を満たす絶望の正体は、すべて彼一人の『死にたい』という願いの漏れ出たカスに過ぎない。そして、その巨大な絶望を相殺するために、無数の子供たちの『純粋な希望の記憶』を燃やし続けなければならないのです!」
ルクレツィアはアキを見据え、冷酷な宣告を下した。
「あなたが救おうとしている世界は、一人の少年の『死にたい願い』の上に成り立つ張り子の虎。……さあ、理解できましたか? 記憶を全員に返せば、地球は即座にゼロの絶望に呑まれ、一晩で全人類が自滅するのですよ」
「そんな……世界が……自滅する……!?」
衝撃の真実に、アキの膝がガクガクと震えた。
奪われた記憶を取り戻せば、世界が滅びる。
絶望に打ちひしがれるアキの前に、ルクレツィアがゆっくりと手を伸ばした。
「選択しなさい、アキ・パパニカ。世界を滅ぼすか……おとなしくそのナキリムシを差し出し、完璧な幸福の犠牲となるかを!」
(第十七話・完)




