第十二話 星を喰うナキリムシ(地球編完結)
1
ゴォォォォォォォォォンーーーーーーッ!!
大気を切り裂く爆音とともに、旧型脱出艇『アストラエア』は急速に高度を上げていた。
丸窓の外には、激しい摩擦熱による赤い炎が渦巻いている。
「グ……ッ! ぐああぁぁぁっ! 重力が……っ!」
操縦席に縛り付けられたアキ・パパニカの体に、押し潰されそうな過重(G)がのしかかる。
隣の席では、ポン・ペロペがボロ布の身体を必死に伸ばし、アキの手を離さまいと固く握りしめていた。
「耐えろ、アキ! 迎撃衛星の射程領域を突破するぞ!!」
カムジ・チャモロが血走った目で操縦レバーを力任せに引く。
だが、その時――。
ピピピピピピピピピピピッ……!!
警報装置が悲鳴のような警告音を鳴らした。
漆黒の宇宙空間、上空数万メートルに鎮座する統治機構の巨大迎撃衛星が、その巨大なレンズをアストラエアへと向けた。
『――ロックオン。エラー感染体および船体の熱線を照射。消去を実行――』
眩いばかりの純白のレーザー光線が、暗闇を貫いてまっすぐにアストラエアへと放たれた!
「しまっ……!? 避けきれねぇ……!!」
カムジの悲鳴。
直撃すれば、船体ごと一瞬で分子レベルで蒸発する。
死の光が眼前に迫った、その瞬間――。
「ギィィィィィィーーーーーッ!!」
ポン・ペロペがアキの手を振り払い、座席を飛び出した!
2
「ペロペ!? やめろ、何をする気だ!!」
ポン・ペロペは船体前部のアストロドーム(強化ガラスの天窓)へ躍り出ると、両手を広げて立ち塞がった。
ボボボボボッ……!!
ポンのボロ布の身体から、かつてないほど大量の「泥」と「黒い不純物」が噴き出す。
それは、ポン・ペロペがこれまでアキから、そして地球の子供たちから食べ続けてきた『死にたい』という無数の絶望の感情エネルギーだった。
バチバチバチバチッーーーーーッ!!
ポンの放った黒い絶望の膜が、迎撃衛星の純白のレーザーと衝突する。
光と闇が狂ったように交錯し、空間そのものが激しい「文字化け(バグ)」を起こして明滅した。
『――エラー……解読不能な死滅衝動を検知……システムオーバーフロー――』
迎撃衛星の制御回路がノイズに耐え切れず、内側から激しく爆発を起こして打ち砕かれていく!
「レーザーを……食べた……!? ペロペが……俺たちの絶望で、光を喰ったのか……!?」
アキの目から涙が溢れ出した。
レーザーをかき消したポン・ペロペは、全身から黒い煙を上げながら力なく床へと倒れ込んだ。
「ペロペーーーッ!!」
アキは安全ベルトを外し、這いつくばってポンを抱きしめた。
ポンの身体は冷たく、泥の皮膚はボロボロに剥がれ落ちていた。けれど、その濁った黄色い瞳は、優しくアキを見つめ返していた。
『――アキ……僕、上手に……守れた……?』
「あぁ……っ、守れたよ! お前は凄ぇよ、ペロペ!!」
船体がガタガタと大きく揺れ、やがて静寂が訪れた。
激しい振動と重力が消え、窓の外に広がったのは――無重力の静寂と、息を呑むほど美しい「漆黒の宇宙」だった。
3
「……ふぅ……。生きて……大気圏を突破しやがった……」
カムジが荒い息を吐きながら、操縦席の背もたれに深く身体を沈めた。
丸窓の向こうには、自分たちが生まれ育った青い地球が浮かんでいる。
そして、進行方向の視界一杯に広がっていたのは――冷たい灰色の表面に、巨大な鏡面ドームを輝かせる『月面記憶銀行』だった。
「見ろよ、アキ。あれが……俺たちの記憶を奪った世界の心臓部だ」
アキはポン・ペロペをしっかりと腕に抱きかかえ、立ち上がった。
遠ざかる青い地球。そして目前に迫る、冷徹な月の都市。
「さようなら、地球」
アキは地球に別れを告げ、力強い瞳で月を見据えた。
「待ってろよ、月面記憶銀行。俺たちの名前も、心も、思い出も……残さず全部、奪い返してやる!!」
(第一部・地球編 完)




