第3話 夕暮れの赤。エンカウント
街道もない湿原を東へ、コーリネスに向かって三日目。
急げば夜には街に着くだろう。
無事、昼過ぎごろに北から伸びている街道に合流。
湿原より歩きやすい街道を夕日に赤く照らされる中、急いでいると男性の絶叫が聞こえた。
耳ではなく頭が直接声を拾う感覚。
亡霊の声だった。
街道をそのまま進む先、女性1人と3体の赤い何か。
赤い何かの1体は人間ほどの大きさ、というより立った人間を包んでいるようだった。
赤の正体はレッドスライム、以前本で調べたことがある。
スライムの生態に懸念を覚えた僕は交戦を選び走り寄る。
その間にスライムに包まれていた人が倒れ2人目の亡霊が現れていた。
「ふざけんな!なんなんだあれは!?」
2人目も男性の様だった。
1人目の犠牲者が僕に気づいて近寄って頼んできた。
不純物のない魂の姿である亡霊は基本全裸だ。
「助けてくれ!トリルだけでもいい!助けてくれ!」
さらに進みレッドスライムたちが全て魔法の届く距離まで詰め寄った。
「そいつらから遠回りに離れてこっちへ来て!そいつら足は遅いから!」
残された見た感じは僧侶の女性に声をかけ、第1階位ポイズンブロウ、毒属性の攻撃と体の毒化を同時に与える魔法をさっきまで犠牲者を包んでいたスライム1体に放った。
紫色の蒸気を噴射されたレッドスライムは所々白い斑紋が浮かびあがっていた。
どうやらスライムの再生以上に毒の効果が強いようだ。
「あの中にはボルスが居るんです!」
「もう死んでしまったよ。こっちへ」
女性の非難に答える僕。
2人目の犠牲者、装備の残骸から察するに戦士ボルスが何とも言えない顔で呻いた。
僕は濁り始めた1体から視線を残り2体のスライムに移し、大きめの方へ杖を向けポイズンブロウを放つ。
その間に女性はこっちに逃げ込んできた。
1人目の犠牲者が尋ねる。
「それで、あれは何だ?」
「スライム。体が増殖細胞と消化液で構成されたモンスター。スライムは増殖細胞で傷を再生し、体力が全快したら分裂で数を増やします」
放っておくと数が増えるから少ないうちに駆除しなくてはならない。
答える僕を変な目で見る女性。
仲間だった犠牲者達はもう彼女の目には見えないらしい。
霊を見て交信するのは霊媒師なら誰でも出来る。
逆に僕は僧侶の彼女と同じ造物主との交信は出来ない。
2体目のスライムも濁り始めたことを確認して3体目にポイズンブロウを放つ。
全てのスライムが変色したことを確認して説明を続けた。
「物理的な攻撃はほとんど効かないうえ、近くで武器を振ると消化液の飛沫が返ってくる。液体なので鎧の隙間から溶かしてくる。戦士達の天敵です。このレッドスライムは消化液が強い攻撃型ですね」
「最悪な初見殺しと出会っちまったな。バート」
ボルスが1人目の犠牲者バートにぼやく。
バートが言ってたトリルというらしい女性は状況は分かってないようだが説明の方は分かったようで震えている。
「物理以外の属性の攻撃を離れた所から仕掛けられる魔術士などには楽な相手なんですけどね。開けた場所で引き撃ちも出来ますし」
最も斑紋の少ない3体目に第2階位、闇属性の攻撃魔法シャドウボルトを放つ。
僕の体の影が杖に一度集まり、黒い矢を形どってスライムを射抜いた。
これがとどめになって1体のスライムがべしゃっと潰れ漂白された。
残っていた2体も毒で完全に漂白されて潰れた。
「他に居ないならこれで大丈夫。知能がないから死んだふりはしません」
僕はそう言って犠牲者たちの遺体が残る場まで進んであたりを見回す。
一通り見終えて、居ないと判断した僕は女性を呼んだ。
「トリル……さん?もうスライムは居ないよ」
「どうして私の名前を知っているんですか?」
名前は合ってたけど怖がらせてしまったようで。
でも亡霊に聞いた、と答えたらもっと怖がられそうなのではぐらかして尋ねてみた。
「ここで何をしてたのかな?」
「私たち、ポーションの配達でコーリネスへ行く途中だったんです」
目的を思い出したトリルが仲間たちの遺体へ歩み寄る。
「俺のバッグだ。ポーション溶けてないよな?」
ボルスが自分の遺体を指していた。
革のバッグは溶けていたけど密閉瓶は無事の様だ。
僕は布で瓶の表面を一本ずつ拭いてトリルに渡していった。
「俺たちの財布をトリルに集めてくれ」
バートは自分の溶け切った場所に立って指示した。
「トリルさん、皆のお金を集めて」
予備のバッグにポーションを移したトリルが泣きそうな顔で小袋に彼らのお金と身分証を入れた。
なんだか動きづらそうだった。
少し考えてトリルの予備バッグを持ってみるとかなり重い。
「戦士達の筋力で運んでた物だから重いね。二人で持とう」
僕一人で持つのも無理そうだった。
「神様、旅立つ死者に安息のあらんことを」
短い別れの祈りをトリルが口にする。
僕が日没に備えて松明に火を灯し、二人でポーションのバッグを持って街道を進み始めた。
バートとボルスはそれを見届けて冥界へ旅立っていった。
―――
夜、無理をした旅。
襲撃を恐れていたけどなんとかコーリネスの街にたどり着くことができた。
街のギルド支部を探し、受付にまずは僕から自作の透明なポーションを渡した。
「冒険者、クーランです。血液製のキュアポーションを届けに来ました」
「血液製……ですか?効能確認のために少しお時間いただきます」
受付はバッグを他の職員に受け渡し、次のトリルに向き直る。
「冒険者のトリルです。キュアポーションを届けに来ました」
トリルのポーションは植物製の茶色のポーションだった。
一般に出回っている物なのでこれ自体には文句がないようだが、受付は少し驚いていた。
「トリル?勇者候補生のトリルですか?」
支部の全員の視線がトリルに集中した。
「おい、勇者候補生トリルって候補生の紅一点だよな」
「三人パーティーだって話なのに二人だけか?」
「いや、あの白い女は別に渡してたぞ。一人か?」
「おー、二人とも結構可愛いじゃん」
頭の中に直接聞こえる感覚の声が混じっている。
亡霊が支部の中にいる。
トリルはあえて周りの声を聴かないように受付に向かっている。
「効能確認が終わったら報酬を下さい」
僕はトリルから少し離れた位置で周囲をうかがった。
遠巻きにこちらを見ている他の冒険者をすり抜けて一人がトリルに向かってくる。
「やー、お疲れー。この街、今とんでもないことになってるから。ポーション、僧侶、大歓迎」
陽気に笑うのは二十代半ばくらいの背の高く逞しい全裸の男性亡霊だった。
夕日や松明、ギルド内の燭台の赤い明りでは結局トリルの髪色もはっきり分からないままだったが、この男性は本当に赤い髪と深紅の瞳のようだった。
精悍な男性はトリルに笑いかけていたが、彼女は全く気づかない。
「僕は気づいてますよ。あなた亡霊ですね」
「ってこっちは男だったか。おー、話せる相手が来たのっていつ以来だ?」
トリルから僕に興味を移した男性は気さくに笑う。
そこで受付がトリルと僕を呼んだ。
「冒険者クーラン、報酬は600クロス。冒険者トリル、1400クロスです」
大陸共通貨幣の小袋をそれぞれ受け取ると受付が続ける。
「宿泊寮はどうなされますか?」
魔法回数は野宿すれば1回分回復、まともな場所で寝れば全快する。
まともな場所の睡眠では経験次第で成長することもある。
「一番安い、男女別部屋でお願いします」
答えたのはトリルだったが、僕も異論はなく頷いた。




