第2話 魔法習得と魔法工芸品
王都から南へ四日歩いて昼を少し過ぎたころ、僕は何事もなく御師様の庵に帰ってこれた。
昼空には丸く黒い月が浮かんでいる。
御師様が以前、望遠観測したそうだけど「驚くほど真球に近く、表面に等間隔に真円のガラス質が並んだ構造物」と評されていた。
骨だけの豹、御師様の『番犬』が見守る庵の玄関をノックし中に呼び掛けてみる。
「すみません、御師様。戻ってきてしまいました」
「クーラン。入っておいで」
周辺の『番犬』達に襲われなかったからすでに把握されていたのだろうけど中の女性の声でお許しが出たことを確認し、戸を開ける。
見た目は二十代半ばほど、紫の髪に桔梗色の瞳の妖艶といった言葉がしっくりくる女性がカレギア地図を覗いていた。
ハーバンズパーティーの女性たちほど服装、化粧もいやらしくないが彼女たち以上に美しいのではないだろうか。
本人は姿、声、感触すらカモフラージュの魔法の応用して若いころに似せており、気が遠くなるほど長く生きてきたらしいけど。
「旅に出てどうだった?どこまで成長できたかな?」
「今は第1階位が9回、第3階位が3回使えます。王都にはほぼ死霊術が出回っていませんので第2階位すら抜けがありますけど」
「出来ることは増やさないとね。ここで全部覚えてしまいなさい」
一つの階位の魔法は四種、階位ごとの最高回数は9回、最上階位は第8階位。
これは僧侶、魔術師も同じで完璧な司祭は第8階位の僧侶の奇跡9回を使い切っても魔術師の魔法9回が残ることとなる。
「はい。……実は少しシャードを集めてきました。後で工房も使わせてほしいのですけど」
シャードの小袋を御師様に手渡すと読んでいた地図の上に中身を全て出し、色と質ごとに選り分け始めてくれた。
「ありがとうございます」と、一礼を返し、僕は魔法習得のために資料と魔法用の筆記用具を集め、御師様と離れた席に着いた。
第2、第3階位の魔法が四つ揃うまで魔導書に書かなければいけない。
まずは王都では見つからなかった断片ではない資料の読み込み。
一文字違い、魔法陣の模様と色の違いで資材を台無しにしてしまう。
資材は『有限』で何でも貴重なのだと教わっている。
魔力込めなければ色が付かないインク。
このインクは込める魔力によって自由に色を変えることができる。
先ほどのシャードも同じで基本は無色透明、魔力を通されて着色される。
紙も魔力こそこもってないが、ペンの滑りや引っ掛かりを最適に調整され、インクが滲まない最良の紙だ。
あえて灰色に均質に着色されているのは白も魔法を書く上で重要な色の一つだから。
そう教わった僕は生まれつきの白髪を気に入っている。
頭の中で資料と自分自身がかみ合った感覚ができてから紙にペンを走らせる。
霊媒士は死霊と契約して魔法を使う。
しかし死霊には冥界という行先があるためこの世界に残る亡霊はそうはいない。
このため冥界の管理者に願い死霊との契約を許可してもらう。
この世界の亡霊と直接契約もまれにあるけど。
死霊術は、天界の造物主から授かった僧侶の使う奇跡の逆転に当たるものが多い。
因みに魔術士はこの世界にいる精霊との契約者だ。
司祭が先に魔術士の魔法から覚えるのは、天界よりこの世界の精霊が近いかららしい。
魔法を最後まで書き上げた用紙を魔導書の空欄のページに乗せ、魔法陣を手で抑えて読む。
冥界と契約しているのに内心祈りながら。
基本的に神とは造物主のことを指すが実際は冥界の管理者も神、そして二柱より上位の時間神が存在する。
用紙はページと溶け合うように一度は歪み、滲み、そして元の書式に戻る。
成功した。
失敗していたら用紙はズタズタに引き裂かれてページから排除されていた。
続けて二つ目の魔法習得のためにさっきまでの資料を片付け、新しい資料を集めて読み込む。
そうして無事に第3階位までの全ての魔法を覚えきったころ、厨房からいい匂いが漂っていた。
厨房に入るとテーブルには二人前の蛙のシチューと保存のきく固いパン。
御師様の席にはブランデーも。
御師様は『番犬』たちに餌を与えているところだった。
白骨化した獣や鳥が食べた肉は口の中で消えて体から零れてこない。
餌を食べ終えた『番犬』が勝手口からすべて出て行ったあと、僕と御師様は向かい合って席に着き夕食を始める。
「今から工房に入っても良いものは作れないよ。今日は休んで明日朝から始めなさい」
―――
朝起きて井戸から水を汲んで顔を洗い、ちゃんと生きている鶏の産みたて卵を二つ薬で洗って卵入りの麦粥を二杯作る。
薬で洗ってない卵はお酢でマヨネーズにしてもお腹壊すからね。
御師様と朝食を済ませた僕は地下の工房に降りた。
「御師様、集めていたシャードで何が作れそうですか?」
「シャードは預かっておくわ。クーランにはキュアポーションを作ってもらうから」
御師様が昨日読んでいた地図の一点を示した。
ここから三日ほど東へ歩けば着くコーリネス領の街だ。
「屍毒にかかった人が大勢出たらしくてね。冒険者ギルドが大量に運ばせているようよ」
冒険者ギルドとは関係を切った、と話していたはずなのになぜ知っているんだろう?
疑問に思う僕に御師様は昨日の『番犬』に食べさせていた肉を僕に渡してきた。
傷んで毒の湧いた肉と今まで毒を食べてきた僕の抗体があれば薬はできる。
僕はそれを当たり前に食べ、毒が体に回る間に必要な器材を御師様と手分けして集める。
僕はポーションを入れる密閉瓶多数。
御師様はシャード製の注射器二本と、乳鉢などの魔力器材。
注射針を僕の腕に刺し、おおよそ小指の第一関節くらいに見える量の血を抜き取り乳鉢に移す。
乳鉢に注いだ血は注射器で抜いた量と同程度、しかし注射器の中身は変わらないまま。
多分このシャード注射器の血を全て出しきるとバケツ二杯分くらいにはなると思う。
当然そんな量の血を僕から本当に抜いたら死ぬだろう。
この注射器に内容物を増やす効果がある。
乳鉢を薬匙で一回かき回すと中の血は速く渦を巻き続ける。
勢いのある渦は全く乳鉢から零れない。
いつかは弱まって止まるけど当分は回る力が止まらない。
渦から透明な上澄みが出来上がったら二本目の注射器でそれを吸い出し、いくつかの添付薬で調整。
試験薬で効果を見て満足のいく結果が出てから集めていた密閉瓶に注いで完成。
注射器二本と乳鉢、薬匙を蒸留した酒と水できれいに洗い流す。
僕自身の毒を解くための余り物を飲むのは最後。
そして僕のバッグにキュアポーションを入るだけ詰め、コーリネスに向かう準備をする。
本当は僕自身の魔法工芸品を作るつもりでここに戻ったのだけど機会を逃してしまった。
「念のため今の道具も持っていきなさい。ちゃんと返すのよ」
御師様から今回の道具のバッグを貸していただいた。
御師様の作った最上級の魔法工芸品だ。
「作るときはわかっているね?」
「はい。人型の肉は食べてはならない。脳に穴が開く、後戻りのできない病の元です」
御師様の念押しに僕が答えると「よろしい」と頷いてくださった。
「昼食だけ作ってから出ますか?」
「別にいいよ。街は急ぎだろうから行っておいで」
御師様は強い酒は好きだが食事には無頓着だ。
頭は現役だが舌がぼけてる、とのことだそうで。
昨日の蛙のシチューは美味しかったけどね。
「必ず返しに戻ってまいります」
小屋の外に出た僕は一礼して玄関を閉め、『番犬』に見送られながら東を目指した。




