第13話 貨幣のない農村と奴隷
リデンの陶磁器商店を後にした僕はトリルの示した農地へ向かう。
郊外になると地図は大まかな建物が描かれていない。
そもそも、民家と納屋以外の建物がほぼない。
夕暮れ、たまたま居合わせた農夫にトリルの名前を出すも心当たりがないと返ってきた。
少し考えトリルの特徴を話す。
農夫が反応を示したのは「字が読める」だった。
「この辺りで字と計算を教えてるのはリッキー先生だな。あの人が居ないと御触れが読めないんだ」
農夫に道案内をしてもらいリッキーさん宅を訪問する。
開け放しの玄関で近隣住民に何やら書面の内容を読み聞かせている家主さんがリッキーさんらしい。
「つまりあなたの牛乳は一缶8クロスで専属で引き取るとのことで」
「8クロスってどれくらいですか?先生」
「うん……あの集乳缶なら30クロス以上の価値がありそうなものですが」
「割に合わん!先生に相談して良かった」
酪農家は先生と呼んでいた男性に頭を下げ僕とすれ違って出ていく。
先生は三十代以上、包帯の巻かれた左腕が不自由なようだった。
「失礼します。貴方がリッキーさんでしょうか?」
「はい。トリルの話していた冒険者クーランさんですか?トリルは私の養子の一人です。どうぞ、上がってください」
「ありがとうございます。失礼します」
道案内してくれた農夫とリッキーさんに頭を下げたところで幼い声に注意された。
「土足は駄目だよ」
そう言わればここは冒険者寮じゃない。
「あ、ごめんね」
靴を脱いでリッキーさん宅に上がり、奥の少年に謝る。
少年は奥に走っていった。
「トリル姉ちゃんに男来た!」
「お姉ちゃんやるじゃない」
「誤解を招く言い方をしないで!」
すぐにリッキーさんの養子達が集まり最後にトリルが顔を出す。
僧侶の旅装から着替えていた彼女は何処にでもいる村娘、農夫さんが外見では絞り込めなかった訳で。
「晩御飯用意しますね。皆手伝って」
―――
腕が不自由で参加できないリッキーさんに食堂に案内される。
僕は先ほどの酪農家のやり取りが気になっていた。
「この辺りはお金での売買は主流じゃないんですか?」
「……お気付きになられましたか。実は凡そ半年前から物々交換主流になっています」
リッキーさんの表情は憂いているようだった。
「先ほどの酪農家さん、集乳缶8クロスの暴利。意識的に買い叩かれ村全体が金銭を持てないようになっています」
「何が理由で?」
「この村をとある貴族が荘園として引き取るという話が出ています」
「それとお金との関係とは?」
「荘園となれば今後は貴族の指定した農家しか入れなくなります。そして貴族は多くの奴隷を抱えており、おそらく我々地元村民は追い出されるでしょう。別の地に移るお金がない。村民の大半は望もうと望むまいと貴族の指定農家になろうと申し出るでしょう。しかしここでも金銭がなければ指定農家の資格を得られず……貴族は村民を無償で農奴として取り込むと思われます」
「……考えすぎ……ではないでしょうね」
僕は少し考えて頷いた。
農民は物々交換でも生きようとすれば生きていける。
また、穀類徴税は不作などで徴収がある意味難しい。
この事情から金銭徴税が優先される。
「市場から締め出しなんて権限が要りますよ。しかし貴族流に詳しいですね」
「……経験があるのです。皆は先生などと呼んでくださいますが私は平民ではない。この村の流れは私が奴隷となった時ととても似通っているのです。私の左腕はかつての領主の館の増築中に石に挟まれた時です」
傷は手首までだが肘まで包帯で覆っているそうだ。
リッキーさんは左手の親指、人差し指がない。
僕も自分の左腕の袖をまくると手首から肘まで火傷が広がっている。
「上から焼き潰しましたか」
ここで養子達が料理を持って厨房から入ってくる。
「ひどい火傷ですね。治しましょうか?」
トリルに火傷を見られたが断った。
「問題なく動くから要らないよ。リッキーさんの様な『欠損』規模の傷は第7階位奇跡、レストレーションが必要です」
「治せるのですか。『欠損』を」
リッキーさんが驚く横でトリルが実力不足にしょぼんとした。
「……不躾ですが、暫くここに泊めてもらえませんか?食事付き冒険者寮換算なら一泊10クロス相当ですが」
「お姉ちゃんと寝るの?女部屋だから私もいるよ?」
「そうじゃなくて!」
トリルが必死に否定。
「リッキーさんと話したいことがまだあるんだよ」
「どんな話?僕も聞きたい。」
「お金に関わる話だから、大人にならないと分からないかもしれないよ?」
「では私の自室に泊まってください。お金も頂けるなら願ったりですよ」
リッキーさんが頷く。
トリルにもまだ『欠損』の話はできない。
「寮とは違い保存食じゃない物が食べられる。これは嬉しい」
「嬉しいの?本当?笑ってないよ?」
「ここで笑えよ、子供に気を使わせてるぞー」
デスティンが呆れかえった。
―――
食後、たらいにお湯を張りリッキーさんの部屋に運ぶ。
これはお互いの身元を話すためだった。
扉を閉め、たらいの湯で身を清めるための布を浸し、僕は服を脱いだ。
睾丸が焼き潰されている。
トリルにも言えない『欠損』だ。
「えぐいな」
デスティンもドン引き。
「ある程度物心がついたとき『僕達』は一部屋に集められ、まずは睾丸を焼き鏝で焼いて身分を思い知らされます。性という娯楽から遠ざけ、能率を上げる名目もありますが」
「私は奴隷として貴族に接収されたすぐ後でした」
リッキーさんは不自由な手で服を脱ぎ、さらに左腕の包帯をほどく。
手首辺りまで潰れ、焼き印はそのままの腕だった。
リッキーさんの背中を流す。
「僕は『女牢』で産まれた『世襲奴隷』でした」
「私達、男『だった』奴隷に子を残すことが出来るはずがない。子を残せるのは平民以上の男性」
「そして奴隷女から子が産まれた場合、平民以上の認知する父親が現れなかった者は『世襲奴隷』として扱われる。母がいたのは領主専属の『女牢』でした……」
「……六年前でしたか、私のいた領で暴動が起こり、領主一族が真っ先に殺され、その場に居合わせた奴隷が全ての牢を解放したのです」
「南西部国境ダーナー辺境伯領ですか?僕の出身です」
「同郷でしたか。そのお年ではまだ幼かったでしょう。良く生き残りました」
「ダーナー本家が潰えた後、彼に仕えていた騎士は逃亡奴隷を追い虐殺しました。母と弟達を喪いました」
「他貴族からの評価を気にした結果でしょう。結局、ダーナー家に人望なしと、領内の有力者ではなく外部大貴族の縁者が領主として就任したようですが」
「今はマクスミルザ伯爵家です」
「おー。マックスとかいうあの時の奴の家か」
デスティンが思い出したかのように口をはさむ。
僕達は体を清め、服を着始める。
「他の貴族の醜聞をつつきあう習性です。おそらく村の夜逃げはプライドのため止めるでしょう」
「冒険者ギルドも税務で行政とつながっており、また規定のパーティーメンバー六人制度で守れる範疇を超えています。大規模の夜逃げを依頼すれば王都を出た時点でギルドから連絡を受けた兵士に袋叩きです。小分けにして別の地で落ち合うことになるかと」
「小分けに逃げるのは良いのですが……貴族に奪われない地とは?」
「この国の東の果て、ドワーフとの共栄圏。屈強で装備の質も良いドワーフの自衛戦士が農民を守ります」
「問題は護衛依頼料ですか」
2026/8/22追記
第一章を書きあがりました
一話三千文字程度で三八話になります
これから第二章の肉付けを行います
皆様にお願いがあります
この作品にはこのタグをつけた方が良い、ルビは毎回振った方が良い、などのアドバイス
誤字の指摘、その他の感想を受け付けております
全てに対応出来るかは分かりませんがコメントをお待ちしています




