ゴブリンの試練 その四
パカラ、パカラと、どこかから蹄の音が聞こえてくる。
ユニコーンが森に入り込んだ俺たちを迎えに来たようだ。ただし、おもてなしは期待できない。こちらは、ユニコーンが嫌うゴブリンに人間の男連れだ。見つかれば即攻撃されるだろう。
「二人は一角草を探して。ユニコーンみたいに白く輝くチクチクした嫌らしい草よ」
「分かった」
どのあたりがユニコーンみたいなのかは聞かない。多分全部だろう。
一角草は、随分と特徴的な形をしているようだ。フレイアが挙げた特徴どおりなら、現物を見たことがない俺でも、探すのに苦労はしないだろう。
フレイアがユニコーンの気を引いてくれるとはいえ、疲労困憊のゴラッパー一体では、一角草を見つけるのも大変だ。少しくらい手助けをしてやりたい。ユニコーンはバジリスクと違い、毒息のような広範囲攻撃はしない。姿を見られないように注意すれば、最弱のクジョウでも少しは役に立てるはずだ。
「俺はこっちを探すよ」
「へ、へい」
ケルベロスの棲む森とは違い、この森の樹木に悪意は感じられない。よそ見をしていても、しなやかな枝や、柔らかい苔むした根に足を取られることはなさそうだ。
目当ての一角草は、土に根付く草だという。ゴラッパーと二手に分かれた俺は、視線を下に向けつつ、森の右手に向かった。同じように地面を凝視した中腰のゴラッパーが反対側に進んでいく。
ユニコーンの森は、入口こそ多くの樹木が生い茂っていたが、中に進むにつれ、次第に視界が開けてきた。森の中央には、広場のように開けた空間が広がっているようだ。その広場を取り囲むように、ぐるりと木々が群生している。
一角草探しを俺たちに任せたフレイアは、入口から真っすぐに広場へと進み、中央付近で立ち止まった。近付いてくる蹄を待ち構えている様子だ。フレイアを挟み、ぐるりの右と左で、俺とゴラッパーが一角草を探している。
パカラ、パカラ――。規則的に聞こえていた蹄の音が止む。
木々の隙間から、強烈な白い輝きが目に入り、俺は息を呑んだ。森の主が到着したようだ。
天上から差す眩い光にも負けない――否、それよりもずっと鮮烈な輝き。気品溢れる滑らかな尾と白銀の鬣を靡かせるその姿は、まさに聖獣だ。ユニコーン――誇り高き乙女の守護者。突き刺すような凶暴な光は、癒しや優しさなどではない。もはや攻撃である。
「我が聖なる土を踏む者よ」
森の主は、威風堂々たる声色で問い掛けた。一際強い光を放つ角を誇示するように、ブンッと風を切り、大きく頭を振る。そして、見下すような角度で、広場の中央に立つ存在を視界に入れ、固まった。
「……フ、フレイア様?」
「そうよ。久しぶりね」
たらーっ。
効果音を付けるなら、こんな感じだろうか。調子に乗っていた奴が冷や汗をかいている顔だ。なんとも分かりやすいリアクションである。
ユニコーンは四大精霊には属さないと言っていたが、精霊の庇護を受けていないだけで、両者の力関係は明白なようだ。そういえば、バジリスクもフレイアには攻撃をしなかったし、なにより、フレイアは大蛇にも地獄の番犬にもまったくビビっていなかった。
「な、なにゆえここへ――?」
「ちょっとした気まぐれよ。とにかくこっちに来て」
「は、はぁ……」
ユニコーンは戸惑いと疑いが入り混じったような顔で、おずおずと広場の中央へ進み出た。自身の輝きを見せびらかすような仕草は、すっかり鳴りを潜めている。
そういえば、調子に乗っていた頃のユニコーンが大きく頭を振ったとき、落ちた光の粒子が地面に溶け込んでいくのを見た。一角草はあの粒子を吸収しているのだろう。鼻につくことは間違いないが、あの無駄な動きが貴重な薬草を生み出しているのだ。今後も大いに調子に乗ってもらいたい。
それはさておき。ユニコーンの輝きに魅入られ、しばし広場の様子に気を取られてしまったが、フレイアがユニコーンの相手をしているうちに、俺たちは一角草を見つけなければならない。俺は視線を落とし、一角草探しを再開した。
強烈な光に当てられた目に、苔むした地面は優しい。
「はぁ、癒される――う!?」
束の間、遠くの緑ならぬ足元の胞子に癒されていた俺は、再び飛び込んで来た白光に思わず目を瞑った。
樹木の根元に、白い輝きを放つ植物がある。草の葉は一枚のみで、ゆずり葉のような長い楕円形をしている。草というよりも、木の葉が一枚、そのまま地面から生えてきたようだ。
これが一角草だろうか。ユニコーン本体には劣るが、眩しいほどの光を放っている時点で、聖なる性質が溶け込んでいることは間違いない。
ゴラッパーを呼ぼう。樹木の隙間から、ぐるりの反対側を見ると、ゴラッパーも俺に向かって手を上げていた。どうやら同じタイミングで、ゴラッパーも一角草を見つけたらしい。手を上げ返す。しかし、そのままゴラッパーの元へ向かおうとして、俺は思い直した。万が一、ゴラッパーが採取できなかったときを考えて、この一角草らしきものも採っておくべきか。
俺は身を屈め、光輝く植物を慎重に抜いた。手袋は持っていないので素手で採取したが、毒キノコのサクランダケも素手で触って問題はなかった。きっと大丈夫だろう――と、採取した植物片手にゴラッパーの元へ急ぎながら、俺はこの考えが甘かったことを痛感する。
◇
「クジョウどの、一角草が――あ、あれ? クジョウどのも見つけたんでやすか」
「……うん。やっぱりこれが一角草だよね……」
自分のものとは思えない腫れぼったい手の感触に、乾いた笑いが漏れる。
白く輝くチクチクした嫌らしい草――一角草の特徴は、フレイアが述べた通りだった。一見すると、神秘的ですらある白い楕円の葉は、その表面を無数のチクチクした極小の棘が覆っているのだ。知らずに触れようものなら、手のひらが血だらけになる。俺のように。
「……たしかにこれは嫌らしいよ」
無害どころか、癒しの使い手のような顔をしておいて、トラップを仕掛けておくとは。
「ゴラッパーも気を付けて」
「へい」
血だらけの手の中でも鮮烈に輝く一角草は、もはや凄惨ですらある。そして、嫌らしいトラップに掛かったクジョウは、見るに忍びない顔をしていたようだ。若干引き気味の眼差しをくれた後、ゴラッパーは自身が見つけた一角草を採取すべく、樹木の根元に屈み込んだ。
これが終われば、ゴラッパーは見事に試練クリアとなる。あとは地面から一角草を引き抜くだけなのだが、表面の棘を触らないように採取するのは、なかなかに難しい。豪快な俺を見習って血だらけになる選択肢もあるが、試練クリアの証として持ち帰ることを考えれば、血まみれの薬草は避けたいところだ。群れのゴブリンも引くだろう。
採取には少し時間が掛かりそうだ。フレイアは大丈夫だろうか。
「……フレイア様、いかがなされたので……?」
「座ったのよ。見れば分かるでしょ」
フレイアの時間稼ぎが気になり、広場に意識を向けると、戸惑うユニコーンの声が聞こえた。見れば、フレイアが広場の真ん中に腰を下ろしたところだった。
「な、なにゆえ……」
「だから、見れば分かるでしょ!」
「ご乱心か……?」
ユニコーンは怪奇現象を目撃したような顔をしている。
フレイアの名誉のために言わせてもらえば、これは、「ユニコーンは座った乙女の膝に頭を乗せる」を意図しているのだろう。だが、俺の見る限り、その意図はちっともユニコーンに伝わっていなかった。潔く地面に座したその姿は、乙女というより武士である。恥じらいの似合う婦女子を慕い続けてきたユニコーンにとっても、「恥じらいとは即ち恥である」とでも言い出しかねない男前な乙女への耐性はないらしい。
「ほら、早くしてよね」
「……? い、いかがすれば……」
「さぁ!」
「さぁ!?」
ユニコーンは大混乱している。
「頭を下ろすのよ」
「……こ、これでよろしいので……?」
「そうね。アンタがいいならいいわ」
満足気なフレイアとは対照的に、ユニコーンは困惑した顔をしている。言いたいことはきっと、俺も同じだ。
思っていたのと違う。
座った乙女の膝に頭を乗せたかったユニコーンは、横座りしたフレイアの膝付近で、鼻先が地面に触れそうなほど、深く首を垂れていた。金持ちの娘が馬を侍らせているようにしか見えない。
突然やってきた準精霊の奇行に、ユニコーンは完全に振り回されていた。
「ク、クジョウどの」
「あ。ゴラッパー、調子はどう?」
ちょっと嫌な性癖が本日も満たされそうにないユニコーンは気の毒だが、時間稼ぎの意味では、フレイアは上手くやっているようだ。思っていたのとは違うけど。
それよりも、ゴラッパーの進捗である。
「すごいよ、ゴラッパー。もうちょっとだ」
「へ、へい。慎重に……」
俺がよそ見をしている間に、ゴラッパーは着実に引き抜き作業を進めていた。その手に傷はない。すべての棘を見事に避けているようだ。器用なゴブリンである。感心している間にも、ゴラッパーの指先はゆっくりと動いていく。
あと一息。ゴラッパーの手が止まる。これを採れば、試練は終了だ。
夢のようなフィールドで夢であってほしいイモライブを開催したこと、白目、変色、心停止――すべてを経験した猛毒の森。ゴラッパーの脳裏には今、愉快なトリオ旅の思い出が浮かんでいるのだろう。その証拠に、ゴラッパーは引き攣った顔で身震いし、我に返った。
気を取り直して、ゴラッパーの震える指が、ついに一角草を引き抜く。
「――と、採れやした!」
「表面に触らないように気を付けて」
俺の忠告に頷き、ゴラッパーは恐る恐る、一角草を目線の高さに掲げた。
嫌らしいほど鮮烈な一葉の輝き。試練完了の証である。
「こ、これで……」
ゴラッパーの潤んだ瞳と目が合う。
「試練クリアだね」
「へい!」
感無量のゴラッパーは、今日一番のいい声を腹から出した。聖なる森にゴラッパーのハスキーボイスが響き渡る。
「あ……」
「し、しまったでやんす――!」
見つかったら攻撃される。
ユニコーンは、凶暴で男嫌いの幻獣だ。しかも、腕にまったく覚えのない俺とゴラッパーなど、一蹴りであの世行き間違いなしである。
俺たちは、蒼白な顔を見合わせた。
怒気を剥き出しにしたユニコーンが前脚を踏み込み、今にも飛び掛かろうとしているに違いない。ゆっくりと広場を振り返る。
首を垂れるユニコーンの頭をフレイアが押さえつけていた。
「どうしてよそ見するのよ」
「フ、フレイア様――今、たしかに男の――ゴブリンの声が――」
「わたしには聞こえなかったわ。それより、なでなではどう?」
ユニコーンの鼻先はもはや、完全に地面にめり込んでいる。
思っていたのと違う。
俺とゴラッパー、そしてユニコーンを含めたこの場にいる全員の感想だったに違いない。
性悪令嬢が跪く馬を嘲笑っているようにしか見えないが、フレイアの中では、可憐な乙女がユニコーンの頭をなでなでしているらしい。
「……とりあえず、ゴラッパー、おめでとう」
ユニコーンの攻撃は心配しなくてよさそうだ。むしろ、彼のプライドが心配だ。
ともあれ。
一角草はゴラッパーの手にある。珍妙なトリオ道中は幕を閉じたのだった――と、これで終われないのが俺たちだ。
フレイアの炎で土の縄張りに帰還した俺たちは、衝撃的な事実を知ることになる。




