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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第二部 第一章 クジョウ、ゴブリンをナンパする
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トリオ結成

一角草。


植物の名前のようだが、俺は聞いたことがない。試練に指定されるくらいだから、そこらへんにあるものではないのだろう。こちらの世界だけに存在する植物だろうか。


「……一角草を採るには、ユニコーンの森に行くしかないわ。ユニコーンは知ってる?」


「うん。実物を見たことはないけど」


ユニコーンは、現在でも、数多くの物語に登場する有名どころの幻獣だ。額から一本の角を生やした白い馬の姿で描かれることが多い。


「一角って、ユニコーンの角のこと?」


「ええ。ユニコーンの角は、あらゆる毒を消し去る聖なるものなの。彼らが棲む森には、その聖なる性質が溶け込んだ植物が自生していて、その一つが一角草よ。毒消しの薬草ね」


「へぇ……」


「でも、難易度は高めよ」


フレイアは顔を顰めた。


ユニコーンのいる土地にしか生息しない薬草。その採取が高難度なのは、数が希少なのか、あるいは場所が険しいのか。いずれにしても、精霊に準ずるフレイアが難しいというのだ。ゴブリンが簡単にクリアできる試練ではなさそうだ。ラッパーゴブリンの反応も頷ける。


「ちなみに、試練を受けなかったらどうなるの?」


「このままの状態が続くんじゃないかしら。新しい長候補がそう頻繁に出てくるとは思えないし」


つまり、ラッパーゴブリンはずっと、はぶられゴブリンのままということだ。


「他に手はないの?」


「そうね……」


避けられているわけではないとはいえ、群れ社会のゴブリンで、つるむ仲間がいないのは寂しいだろう。


洞窟の入口でしゅんとしていた姿を思い出す。フレイアも気の毒に思ったのか、ゴブリンに問い掛けた。


「試練の内容は一つなの? いくつかあるなら、別の試練を選ぶことも――」


「そ、そうでやんすね」


ゴブリンがはっと顔を上げた。


どうやら、一角草の採取以外にも、長への道は用意されているようだ。他の試練の難易度はどうだろう。ラッパーゴブリンにもクリアできそうなものがあればよいが。


「オレたちゴブリンの長になるための試練は、一角草を採ってくるか、銀貨三十枚を納めるかで――」


「ん?」


「え?」


銀貨三十枚。俺は宝物庫に目を遣った。フレイアの炎が木箱を照らす。


ラッパーゴブリンは俺の視線を追い、自らの手にある空の布袋と木箱を見遣り、崩れ落ちた。


「ひいいいいい……!」


長になるための試練。過酷なミッションを回避する手段を彼は奉納してしまった。仲間が誰も見ていないタイミングで。俺は頭を掻いた。


「……俺はともかく、フレイアが証言するのはどうかな」


ラッパーゴブリンが、銀貨三十枚以上を木箱に納めたのは事実だ。


ウンディーネの一眷属の俺とは違い、フレイアは精霊に準ずるものだ。妖精よりも格上の彼女の証言なら、ゴブリンたちは認めてくれないだろうか。


しかし、フレイアは首を横に振った。


「わたしは焔の系列だもの。ノーム様が見ていればよかったんだけど……」


「そっか……」


ゴブリンの主たる精霊、ノームの姿はない。また根付のような姿で眠りについているのか、あるいは別の場所にいるのかもしれない。


「一度納めた宝を持ち出せば、長になるどころか追放ものよね……」


木箱に納めた銀貨をもう一度、布袋に戻して――はできない。土の眷属は財産の管理に厳しい。既に宝物庫に納められたものを取り出すのは危険だ。


フレイアが銀貨を拝借したときは、ゴブリンの側に非があった。しかも、銀貨はノームを通じてゴブリンに返されている。これでは文句の言いようがない。しかし、今回は違う。俺が持ち込んだ銀貨は、既にゴブリンのものだ。そして、ゴブリンに銀貨を返す謂れはない。ここで、仲間の理解なく銀貨を取り出せば、ラッパーゴブリンは群れを追放され、はぐれゴブリンになってしまうだろう。


だとすれば、残された方法は一つだ。


「仕方ないわね。しっかり頑張りなさい」


「そんな……!」


ユニコーンの森で一角草を採るしかない。


ラッパーゴブリンはフルフルと絶望に身体を震わせている。


時間を巻き戻せるならそうしてやりたいが、残念ながら俺にそんな力はないし、もう一度銀貨を用意する財力もない。


「が、頑張って」


困り顔の相手を置いていくのは、非常に心苦しい。だが、俺がここに留まっても、心配そうな顔でオロオロすることしか、できることはない。それは自己満足でしかないだろう。


長になるには、ラッパーゴブリンが頑張るしかないのだ。心を鬼にして、俺はゴブリンに背を向けた。そして、片足を踏み出し――。


「おわっ」


思い切り、後ろに引っ張られた。見れば、ラッパーゴブリンが俺の服の裾を掴んでいる。


「ちょっと! クジョウを離しなさい」


「……い、イヤでやんす」


「アンタね――」


「ク、クジョウどの、オレを見捨てないでくれでやんす!」


「……えぇ」


見捨てるもなにも、拾った覚えもない。


大体、俺がいたところで、大して役に立ちはしないのだ。ノーム様の恩人などと大層な呼び名を付けられたおかげで、何やら過大評価されているようだが、本来のクジョウは、セイレーンの鉤爪にすら根に持つ、眷属最弱の恨みがましい男である。ノームを見つけたのも、俺ではない。フレイアの功績だ。


だが、俺の心中などお構いなしに、必死のゴブリンは今や、俺の足にしがみついていた。そしてなぜか、ヒートアップしたフレイアが俺の腕を引っ張っている。


クジョウはやじろべえの如く、右に左に動かされていた。


「クジョウはわたしと遊びに行くのよ!」


「え、そうなの?」


「そんな殺生な! クジョウどの、オレのゴブ(せい)とフレイア様のお遊び、どっちを選ぶんでやすか」


「ゴブ生ってなに」


人生みたいに言わないで。


ていうか、なにその二択。俺の意思はどこにもないんだけど。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて。ゴブリンは俺に何をしてほしいの?」


試練を回避するための手段――銀貨三十枚をもう一度期待しているのなら、それは無理だ。


心細いから、とりあえず一人にしないでほしいということなら、もうしばらくここに留まることはできるが、ずっと一緒にはいられない。一定時間が経過すれば、俺はあちらの世界に帰ることになる。それに、俺がここに居続けても、根本的な問題解決にはならない。


だが、ラッパーゴブリンは、もっと意味のなさそうなことを言った。


「い、一緒に一角草を採りに行ってほしいでやんす」


「……俺に?」


よりにもよって、この眷属最弱のクジョウに――?


一角草の採取は、フレイアが顔を顰めるほどの試練だ。具体的に何が難しいのかは知らないが、俺を連れて行ったところで、どう考えても役に立つわけがない。


「ユニコーンは気位の高い生き物なんでやす。オレがユニコーンの森に入れば、蹴散らされておしまいでやす……でも、人間には興味を示すと聞いたことがありやす」


「だから俺を?」


「へい」


ラッパーゴブリンは俺の服から手を離し、おずおずと頷いた。


この世界に人間は俺一人しかいない。気位が高く、ゴブリンの存在を許さないユニコーンが人間には興味を示すとしたら、たしかに、俺を連れて行くのは得策かもしれない。俺に気を取られている間に、ラッパーゴブリンが一角草を採取すればよいわけだ。


「それなら――」


「ダメよ!」


一緒に行こうか、と喉まで出かけた言葉を呑み込む。俺の腕を強く引っ張ったフレイアは、怒りを感じるほどの眼差しでラッパーゴブリンを睨み付けていた。


そんなに遊びに行きたかったのだろうか。ゴブリンの試練が終わったら、フレイアの暇つぶしにも付き合うか――などど、のんきに考えていた俺は、次の言葉を聞いて噴き出した。


「アンタ、クジョウを殺す気!? ユニコーンが興味あるのは人間じゃないわ。人間の処女でしょ!」


「ぶっ」


「え? あ、そ、そうでやした……!」


「げほっ、ごほっ」


「ユニコーンは座った処女の膝に頭を乗せに来るのよ」


なんだ、そのけしからん生き物は。


「……気位の高い聖獣……?」


どのあたりが――?


「まったく、しっかりしなさい! ユニコーンは根が凶暴なんだから、人間の男が近付いたら殺されちゃうでしょ!」


「ひえっ! ク、クジョウどの、すいやせんでした」


「いや、うん……」


フレイアがいなければ、俺は意気揚々とユニコーンの森に立ち入り、「男じゃねぇか!」と聖獣に殺されていたわけである。俺の方が「ひえっ!」だ。


それにしても、実はユニコーンが、「ちょっと白い目を向けたくなる性癖を持つ凶暴な獣」だとすると、残念ながら、今のこの世界で彼の興味を引くのは難しい。この世界に人間の婦女子は存在しないからだ。


しかしそう考えると、何だかユニコーンが哀れにも思えてくる。彼のちょっと嫌な性癖は、人間と世界が分かれて以降、おそらく何百年もの間、満たされていないわけだ。いや、別にいいんだけど。


「ユニコーンの気を逸らすのは難しそうだね」


「……気を引くくらいなら、妖精にもできるわ」


「え?」


「ユニコーンは大好物が手に入らなくなってから、妖精で妥協してるのよ」


「妥協って……」


「可憐な乙女なら満足するみたい」


フレイアは嫌そうな顔をした。


「でも、協力してくれる妖精を探すのは難しいわ。ニンフは棲家を離れたがらないし、セイレーンやハーピーは半身が鳥獣だからって、ユニコーンが受け付けないのよ」


ひょっとすると、一角草と聞いてフレイアが顔を顰めたのは、採取の難しさゆえではなく、単純にユニコーンが苦手なのかもしれない。そして、今の話を聞く限り、おそらくそれはフレイアだけでなく、妖精界女子の共通認識のようだ。


試練の難易度が高い理由が分かった。一角草の希少性や土地の問題ではない。ユニコーンの気を引く協力者を見つけるのが難しいのだ。


だが、こんな話を聞いてなお、俺は協力者を探そうとは思えなかった。大好物のお膝が恋しい――ユニコーンがそんな満たされない性癖(ねがい)を抱え続けているのなら、同じ男として同情もするが、彼は可憐な乙女の姿をした妖精さんで手を打っているのだ。


妥協で選ばれた妖精は、いい気がしないだろう。妖精界女子に総スカンを食らうのも当然だ。


俺には、この状況で女子妖精に引き付け役を頼む勇気はない。


「協力者を探すのはやめておこう。可憐な乙女って、フレイアみたいな子ってことでしょ。送り込むのは気が引けるよ」


「え――」


「なにか他に、ユニコーンの気が逸れるものってないのかな。一角草を採る間だけでも、隙ができればいいんだけど……」


「そうでやすね……」


首を捻る俺の向かいで、ラッパーゴブリンも悩まし気な顔をしている。だが、ユニコーンの好みを間違って覚えていたあたり、正直、ゴブリンの記憶はあまり当てにならない。


「フレイアは――」


どう思う、と隣を振り向く。


「ど、どうしたの」


爛々とした瞳のフレイアと目が合った。なにやら顔も赤い。


「わたしが行くわ」


「え?」


「わたしがユニコーンの引き付け役をするわ! それでいいわね、ゴラッパー」


「ゴ? オ、オレのことでやんすか……?」


戸惑い顔のゴブリンが俺を見た。


「うん」


ゴラッパーはきみのことで間違いない。俺のわけがない。


それよりも、反応すべきはそこではない。フレイアが試練に協力すると言っているのだ。さきほどまで、あんなに嫌そうな顔をしていたのに。


「フレイア、いいの? 無理しなくても……」


「いいのよ! わ、わたし、か、か、かれ――」


「カレー?」


「な、なんでもないわ! とにかく、わたしが引き付け役をやってあげる」


「え、ええっ、フレイア様が一緒に来てくださるんで!?」


「だからそう言ってるじゃない!」


なぜか突然やる気に満ちた様子のフレイアが、ばしん、とゴラッパーの背中を叩いた。「そうと決まれば早速出発よ」と、既に橙色の炎に変化している。ちなみに俺は同行を明言していないが、当たり前のように俺も連れて行かれるらしい。


フレイアが何を言いかけたのかは分からないが、無事に一角草が手に入ったら、カレーでも振る舞った方がいいのだろうか。それにしても、ゴラッパーはラッパーゴブリンよりも短くていい。俺もそう呼ばせてもらおう。


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