トリオ結成
一角草。
植物の名前のようだが、俺は聞いたことがない。試練に指定されるくらいだから、そこらへんにあるものではないのだろう。こちらの世界だけに存在する植物だろうか。
「……一角草を採るには、ユニコーンの森に行くしかないわ。ユニコーンは知ってる?」
「うん。実物を見たことはないけど」
ユニコーンは、現在でも、数多くの物語に登場する有名どころの幻獣だ。額から一本の角を生やした白い馬の姿で描かれることが多い。
「一角って、ユニコーンの角のこと?」
「ええ。ユニコーンの角は、あらゆる毒を消し去る聖なるものなの。彼らが棲む森には、その聖なる性質が溶け込んだ植物が自生していて、その一つが一角草よ。毒消しの薬草ね」
「へぇ……」
「でも、難易度は高めよ」
フレイアは顔を顰めた。
ユニコーンのいる土地にしか生息しない薬草。その採取が高難度なのは、数が希少なのか、あるいは場所が険しいのか。いずれにしても、精霊に準ずるフレイアが難しいというのだ。ゴブリンが簡単にクリアできる試練ではなさそうだ。ラッパーゴブリンの反応も頷ける。
「ちなみに、試練を受けなかったらどうなるの?」
「このままの状態が続くんじゃないかしら。新しい長候補がそう頻繁に出てくるとは思えないし」
つまり、ラッパーゴブリンはずっと、はぶられゴブリンのままということだ。
「他に手はないの?」
「そうね……」
避けられているわけではないとはいえ、群れ社会のゴブリンで、つるむ仲間がいないのは寂しいだろう。
洞窟の入口でしゅんとしていた姿を思い出す。フレイアも気の毒に思ったのか、ゴブリンに問い掛けた。
「試練の内容は一つなの? いくつかあるなら、別の試練を選ぶことも――」
「そ、そうでやんすね」
ゴブリンがはっと顔を上げた。
どうやら、一角草の採取以外にも、長への道は用意されているようだ。他の試練の難易度はどうだろう。ラッパーゴブリンにもクリアできそうなものがあればよいが。
「オレたちゴブリンの長になるための試練は、一角草を採ってくるか、銀貨三十枚を納めるかで――」
「ん?」
「え?」
銀貨三十枚。俺は宝物庫に目を遣った。フレイアの炎が木箱を照らす。
ラッパーゴブリンは俺の視線を追い、自らの手にある空の布袋と木箱を見遣り、崩れ落ちた。
「ひいいいいい……!」
長になるための試練。過酷なミッションを回避する手段を彼は奉納してしまった。仲間が誰も見ていないタイミングで。俺は頭を掻いた。
「……俺はともかく、フレイアが証言するのはどうかな」
ラッパーゴブリンが、銀貨三十枚以上を木箱に納めたのは事実だ。
ウンディーネの一眷属の俺とは違い、フレイアは精霊に準ずるものだ。妖精よりも格上の彼女の証言なら、ゴブリンたちは認めてくれないだろうか。
しかし、フレイアは首を横に振った。
「わたしは焔の系列だもの。ノーム様が見ていればよかったんだけど……」
「そっか……」
ゴブリンの主たる精霊、ノームの姿はない。また根付のような姿で眠りについているのか、あるいは別の場所にいるのかもしれない。
「一度納めた宝を持ち出せば、長になるどころか追放ものよね……」
木箱に納めた銀貨をもう一度、布袋に戻して――はできない。土の眷属は財産の管理に厳しい。既に宝物庫に納められたものを取り出すのは危険だ。
フレイアが銀貨を拝借したときは、ゴブリンの側に非があった。しかも、銀貨はノームを通じてゴブリンに返されている。これでは文句の言いようがない。しかし、今回は違う。俺が持ち込んだ銀貨は、既にゴブリンのものだ。そして、ゴブリンに銀貨を返す謂れはない。ここで、仲間の理解なく銀貨を取り出せば、ラッパーゴブリンは群れを追放され、はぐれゴブリンになってしまうだろう。
だとすれば、残された方法は一つだ。
「仕方ないわね。しっかり頑張りなさい」
「そんな……!」
ユニコーンの森で一角草を採るしかない。
ラッパーゴブリンはフルフルと絶望に身体を震わせている。
時間を巻き戻せるならそうしてやりたいが、残念ながら俺にそんな力はないし、もう一度銀貨を用意する財力もない。
「が、頑張って」
困り顔の相手を置いていくのは、非常に心苦しい。だが、俺がここに留まっても、心配そうな顔でオロオロすることしか、できることはない。それは自己満足でしかないだろう。
長になるには、ラッパーゴブリンが頑張るしかないのだ。心を鬼にして、俺はゴブリンに背を向けた。そして、片足を踏み出し――。
「おわっ」
思い切り、後ろに引っ張られた。見れば、ラッパーゴブリンが俺の服の裾を掴んでいる。
「ちょっと! クジョウを離しなさい」
「……い、イヤでやんす」
「アンタね――」
「ク、クジョウどの、オレを見捨てないでくれでやんす!」
「……えぇ」
見捨てるもなにも、拾った覚えもない。
大体、俺がいたところで、大して役に立ちはしないのだ。ノーム様の恩人などと大層な呼び名を付けられたおかげで、何やら過大評価されているようだが、本来のクジョウは、セイレーンの鉤爪にすら根に持つ、眷属最弱の恨みがましい男である。ノームを見つけたのも、俺ではない。フレイアの功績だ。
だが、俺の心中などお構いなしに、必死のゴブリンは今や、俺の足にしがみついていた。そしてなぜか、ヒートアップしたフレイアが俺の腕を引っ張っている。
クジョウはやじろべえの如く、右に左に動かされていた。
「クジョウはわたしと遊びに行くのよ!」
「え、そうなの?」
「そんな殺生な! クジョウどの、オレのゴブ生とフレイア様のお遊び、どっちを選ぶんでやすか」
「ゴブ生ってなに」
人生みたいに言わないで。
ていうか、なにその二択。俺の意思はどこにもないんだけど。
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて。ゴブリンは俺に何をしてほしいの?」
試練を回避するための手段――銀貨三十枚をもう一度期待しているのなら、それは無理だ。
心細いから、とりあえず一人にしないでほしいということなら、もうしばらくここに留まることはできるが、ずっと一緒にはいられない。一定時間が経過すれば、俺はあちらの世界に帰ることになる。それに、俺がここに居続けても、根本的な問題解決にはならない。
だが、ラッパーゴブリンは、もっと意味のなさそうなことを言った。
「い、一緒に一角草を採りに行ってほしいでやんす」
「……俺に?」
よりにもよって、この眷属最弱のクジョウに――?
一角草の採取は、フレイアが顔を顰めるほどの試練だ。具体的に何が難しいのかは知らないが、俺を連れて行ったところで、どう考えても役に立つわけがない。
「ユニコーンは気位の高い生き物なんでやす。オレがユニコーンの森に入れば、蹴散らされておしまいでやす……でも、人間には興味を示すと聞いたことがありやす」
「だから俺を?」
「へい」
ラッパーゴブリンは俺の服から手を離し、おずおずと頷いた。
この世界に人間は俺一人しかいない。気位が高く、ゴブリンの存在を許さないユニコーンが人間には興味を示すとしたら、たしかに、俺を連れて行くのは得策かもしれない。俺に気を取られている間に、ラッパーゴブリンが一角草を採取すればよいわけだ。
「それなら――」
「ダメよ!」
一緒に行こうか、と喉まで出かけた言葉を呑み込む。俺の腕を強く引っ張ったフレイアは、怒りを感じるほどの眼差しでラッパーゴブリンを睨み付けていた。
そんなに遊びに行きたかったのだろうか。ゴブリンの試練が終わったら、フレイアの暇つぶしにも付き合うか――などど、のんきに考えていた俺は、次の言葉を聞いて噴き出した。
「アンタ、クジョウを殺す気!? ユニコーンが興味あるのは人間じゃないわ。人間の処女でしょ!」
「ぶっ」
「え? あ、そ、そうでやした……!」
「げほっ、ごほっ」
「ユニコーンは座った処女の膝に頭を乗せに来るのよ」
なんだ、そのけしからん生き物は。
「……気位の高い聖獣……?」
どのあたりが――?
「まったく、しっかりしなさい! ユニコーンは根が凶暴なんだから、人間の男が近付いたら殺されちゃうでしょ!」
「ひえっ! ク、クジョウどの、すいやせんでした」
「いや、うん……」
フレイアがいなければ、俺は意気揚々とユニコーンの森に立ち入り、「男じゃねぇか!」と聖獣に殺されていたわけである。俺の方が「ひえっ!」だ。
それにしても、実はユニコーンが、「ちょっと白い目を向けたくなる性癖を持つ凶暴な獣」だとすると、残念ながら、今のこの世界で彼の興味を引くのは難しい。この世界に人間の婦女子は存在しないからだ。
しかしそう考えると、何だかユニコーンが哀れにも思えてくる。彼のちょっと嫌な性癖は、人間と世界が分かれて以降、おそらく何百年もの間、満たされていないわけだ。いや、別にいいんだけど。
「ユニコーンの気を逸らすのは難しそうだね」
「……気を引くくらいなら、妖精にもできるわ」
「え?」
「ユニコーンは大好物が手に入らなくなってから、妖精で妥協してるのよ」
「妥協って……」
「可憐な乙女なら満足するみたい」
フレイアは嫌そうな顔をした。
「でも、協力してくれる妖精を探すのは難しいわ。ニンフは棲家を離れたがらないし、セイレーンやハーピーは半身が鳥獣だからって、ユニコーンが受け付けないのよ」
ひょっとすると、一角草と聞いてフレイアが顔を顰めたのは、採取の難しさゆえではなく、単純にユニコーンが苦手なのかもしれない。そして、今の話を聞く限り、おそらくそれはフレイアだけでなく、妖精界女子の共通認識のようだ。
試練の難易度が高い理由が分かった。一角草の希少性や土地の問題ではない。ユニコーンの気を引く協力者を見つけるのが難しいのだ。
だが、こんな話を聞いてなお、俺は協力者を探そうとは思えなかった。大好物のお膝が恋しい――ユニコーンがそんな満たされない性癖を抱え続けているのなら、同じ男として同情もするが、彼は可憐な乙女の姿をした妖精さんで手を打っているのだ。
妥協で選ばれた妖精は、いい気がしないだろう。妖精界女子に総スカンを食らうのも当然だ。
俺には、この状況で女子妖精に引き付け役を頼む勇気はない。
「協力者を探すのはやめておこう。可憐な乙女って、フレイアみたいな子ってことでしょ。送り込むのは気が引けるよ」
「え――」
「なにか他に、ユニコーンの気が逸れるものってないのかな。一角草を採る間だけでも、隙ができればいいんだけど……」
「そうでやすね……」
首を捻る俺の向かいで、ラッパーゴブリンも悩まし気な顔をしている。だが、ユニコーンの好みを間違って覚えていたあたり、正直、ゴブリンの記憶はあまり当てにならない。
「フレイアは――」
どう思う、と隣を振り向く。
「ど、どうしたの」
爛々とした瞳のフレイアと目が合った。なにやら顔も赤い。
「わたしが行くわ」
「え?」
「わたしがユニコーンの引き付け役をするわ! それでいいわね、ゴラッパー」
「ゴ? オ、オレのことでやんすか……?」
戸惑い顔のゴブリンが俺を見た。
「うん」
ゴラッパーはきみのことで間違いない。俺のわけがない。
それよりも、反応すべきはそこではない。フレイアが試練に協力すると言っているのだ。さきほどまで、あんなに嫌そうな顔をしていたのに。
「フレイア、いいの? 無理しなくても……」
「いいのよ! わ、わたし、か、か、かれ――」
「カレー?」
「な、なんでもないわ! とにかく、わたしが引き付け役をやってあげる」
「え、ええっ、フレイア様が一緒に来てくださるんで!?」
「だからそう言ってるじゃない!」
なぜか突然やる気に満ちた様子のフレイアが、ばしん、とゴラッパーの背中を叩いた。「そうと決まれば早速出発よ」と、既に橙色の炎に変化している。ちなみに俺は同行を明言していないが、当たり前のように俺も連れて行かれるらしい。
フレイアが何を言いかけたのかは分からないが、無事に一角草が手に入ったら、カレーでも振る舞った方がいいのだろうか。それにしても、ゴラッパーはラッパーゴブリンよりも短くていい。俺もそう呼ばせてもらおう。




