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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第二部 第一章 クジョウ、ゴブリンをナンパする
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ゴブリンのお悩み相談

気を取り直して、ゴブリンの用である。


「入口で会ったとき、何か話したいことがあるのかなと思ったんだけど――」


「へ、へい」


見る見るうちに、ゴブリンが萎れていく。しゅんとなった姿は、洞窟の入口で見たものと同じだ。ついさきほど、絶妙に嫌なラップを披露していたとは思えない。


「どうしたの?」


あまりの変貌ぶりに、フレイアが心配そうな声を上げる。


「……実は、仲間と上手くいってないんでやす」


「ケンカでもしたの?」


フレイアの問いに、ゴブリンはフルフルと首を横に振った。俺が尋ねる。


「なにかきっかけはあったの?」


「……フ、フレイア様と……」


「わたし?」


ゴブリンは一瞬言葉に詰まったが、キョトンとしたフレイアと目が合うと、おずおずと話し出した。


「……ピクシーの祭りを襲った後からでやす。あれから、他のゴブリンはオレに近付かなくなりやした」


言いながら、チラリと後方に目を遣る。


二体のゴブリンがこちらに向かってきていた。しかし、ラッパーゴブリンを認めた途端、ピタリと足を止め、来た道を戻っていった。さきほどの光景を思い出す。俺が目撃したゴブリンたちも、何も言わずに戻っていった。あれは俺やフレイアではなく、ラッパーゴブリンの姿が見えたから、引き返していったのか。


本人の言う通り、たしかに、他のゴブリンたちから避けられているようだ。はぐれスライムならぬ、はぶられゴブリンか。見ていて気持ちのいいものではない。しかし、なぜか不思議と、ゴブリンたちから悪意は感じられなかったような気がした。


誰かを仲間外れにするときは、必ず悪意の痕跡があるものだ。陰険な目、他人の失敗を嗅ぎ付けようと膨れ上がった小鼻、四六時中ピクつく口の端――いじめっ子の顔は醜い。邪悪さは性根から臭う。


だが、踵を返していったゴブリンたちには、その兆候はなかったように思う。


ゴブリンたちは、何かの意図や作為をもって、ラッパーゴブリンをはぶいているというよりも、もっと自然に――まるで、彼との間に必要な距離を保っているかのような――。


とはいえ、ラッパーゴブリンに誰も近付かないのは事実である。彼の言によると、それが始まったのは、フレイアと共にピクシーの里を襲った後からだ。なぜ、ピクシーの祭りを駄目にした後から、仲間は近付かなくなったのだろう。


被害に遭ったピクシーがゴブリンを疎むのなら分かるが、悪事を働いた側のゴブリンの中で、関係性に変化が生じている理由が分からない。ピクシーの里を襲ったゴブリンたちは、全員まとめて、サラマンダーのお仕置きを受けている。ラッパーゴブリンが罰を逃れたわけでもないだろうに。


「心当たりある? なにか、自分だけ違う動きをしたとか……」


「いやぁ、特には」


ゴブリンは首を振った。それから、思い付いたように小首を傾げた。


「まぁ、強いて言うなら――」


「なに?」


「月の蜜を奪って売りさばくと言い出したのは、オレでやんす」


「絶対それじゃん」


強いて言わずともそれしかない。


なんとラッパーゴブリンは、ピクシーの里襲撃の発案者だった。ゴブリンたちは彼の計画に乗り悪事を働いたものの、期待していた成果は得られず、代わりにキツイお仕置きが待っていた。もちろん、彼らが悪事に加担したことが間違いなのだが、見返りを巡って悪党たちが仲間割れするのは、人間の世界でもよくある話だ。発案者のゴブリンに、仲間の恨みが集中してもおかしくはない。


「へぇ」


「……あ」


隣から高火力の熱を感じる。フレイアが燃える瞳でゴブリンを見据えていた。


「じゃあ、アンタのおかげでわたしは騙されたわけね」


「ひいぃ、クジョウどの、お助けを――!」


泣き出しそうな顔のゴブリンが、俺の後ろに隠れるように回り込んだ。洞窟の入口では、俺の芋ラップに怯えていたくせに、調子のいい奴である。いや、俺は披露してないけど。


「大丈夫だよ。フレイアは本気で怒ってるわけじゃないから」


「え……?」


騙したのはもちろん、ゴブリンが悪い。けれども、妖精を(たしな)めるのが精霊の役割である。ウンディーネの指導をフレイアは受け入れ、謝罪していた。自身の過ちを認めた彼女は、いまさら、ゴブリンに怒りも恨みも抱いてはいない。ゴブリンに怒った顔を見せたのは、フレイアなりのケジメだろう。


「ふん。そうよ。別にもう怒ってなんかないわ。わたしは反省したのよ。だから、もう二度とあんなバカな真似はするんじゃないわよ!」


「へ、へい。フレイア様も罰を……?」


「え――」


威勢よくゴブリンを叱りつけていたフレイアが固まった。なぜか俺を見ている。


フレイアの償いは、俺のノーム探しのお供だった。本人を前にしては言いにくいのだろうか。代わりに答える。


「フレイアは俺の案内役を務めてくれたんだ。ひ弱な人間のお()りなんて、相当な罰だろ」


「そうでやしたか……」


バツが悪そうなゴブリンの視線を受け、我に返ったようにフレイアが頷いた。


「そ、そうよ! まぁ、わたしは楽しかったから、むしろ――」


「え?」


「な、なななんでもないわ!」


「フレイア、顔が赤いけど大丈夫?」


「なにが!?」


なんでちょっと怒っているの。


これが女心――クジョウには手の届かない遥か高みにあるといわれる爆薬か。歴戦の猛者(モテる男)たちは皆、幾度も爆風に晒されながら、その取扱いを学んでいくという。まったく頭の下がる話だ。しかし、感心してばかりもいられない。フレイアのただならぬ様子に怯えたゴブリンが、俺の背中にしがみついている。


「わたしのことはどうでもいいのよ。今はアンタの話でしょ!」


「ひいっ」


ゴブリンが跳び上がった。俺も一緒にカクンとなる。


「ちょっと! クジョウに隠れるのはやめなさいよ。わたしが意地悪してるみたいじゃない」


「ひいぃ、お、お許しを」


「ちょっと二人とも、落ち着いて」


よく分からないが、どうも罰の話題がまずかったらしい。本人の言う通り、フレイアの受けた罰は、ラッパーゴブリンのお悩みには関係ない。俺はしがみつくゴブリンを引っ剥がし、息の乱れた双方に深呼吸を促した。


気を取り直して。


「言い出しっぺに怒ってるってことじゃないの?」


「……そうなんでやすか……」


ピクシー襲撃後から他のゴブリンに避けられているのなら、十中八九、原因はそれだろう。だが、ラッパーゴブリンの反応は薄かった。いまいちピンときていない様子だ。そして意外にも、フレイアも同じような顔をしていた。


「アンタ、サラマンダーお兄さまの洞窟には行ったのよね」


「へ、へい」


「……(みそぎ)は済ませてるのに。ううん、それよりも――」


「なにか気になる?」


「ゴブリンって頭がよくないのよ」


思案顔のフレイアは直球を投げた。


「ひぇっ!」


ゴブリンは石でも落とされたかのように、頭を抱えている。面と向かって、よくないと言い切られた頭を守っているようだ。


「決まったことを群れで遂行するから、基本的に単独行動はしないし、いつどこで決まったかなんて、誰も気に留めない。みんなで動けばそれでいい。失敗しても、みんなで罰を受ければおしまい。誰が言い出したかなんて、気にするはずがないのよ」


「え……」


それなら、ラッパーゴブリンがはぶられる理由はない。


「だから、自分が言い出したって覚えてる方が不思議だわ」


フレイアは首を捻っている。


同じ種とはいえ、個体差はあるはずだ。フレイア曰く、頭がよくないゴブリンの中でも、ラッパーゴブリンは少しだけ記憶力がよいのだろうか。


ゴブリン自身も訳が分からないのか、頭を押さえたまま、ぽかんと口を開けていた。


ゴブリンが群れで行動する妖精なのは分かる。あちらの世界に残る逸話でも、彼らは数にものを言わせた戦闘や交渉手段を取っている。ゴブリンは、ケット・シーにも八つ裂きにされる弱さだという。個体の力が弱い種は、単独プレーを好まない。


だから、ゴブリンが集団で動くのは道理なのだが、いつ、どこで、誰が決めたかも分からない目的に向かって、全員の足並みが揃うのだろうか。否、むしろフレイアの言うように、ゴブリンの頭がよくないとすればなおさら、途中で目的を見失う個体が出てきても不思議ではない。


烏合の衆を導くには統率者が――群れには、リーダーが必要だ。


「ゴブリンの長っていないの?」


「今はいないでやんす」


「クジョウ、それよ!」


のんびりと答えたゴブリンとは対照的に、フレイアは勢いよく手を打った。


「この子が次の長なんだわ」


「――え!? オ、オレがですかい!?」


「そうか……」


引き返していったゴブリンたちから、悪意を感じなかった理由が分かった。ゴブリンたちはラッパーゴブリンを避けていたのではなく、群れのリーダーに対して、必要な距離を保っていたのだ。


ピクシーの里を襲撃後に、彼らの関係性が変化したのは、襲撃計画を持ち出したことで、ラッパーゴブリンが一目置かれたからだろう。そのとき、長への道が開けたわけだ。


「アンタ、仲間外れにされてたわけじゃなかったのよ。よかったわね」


「そうだよ。しゅんとする必要なんてなかったんだ。おめでとう」


種族の長を務めるのは大きな責任も伴うだろうが、「はぶられゴブリン」を冠するよりは、ずっと名誉なことに違いない。一つだけ懸念すべきは、テンションの取り扱いである。新しい長は、舞い上がると芋ラップで翻訳してしまう。だが、まぁ何とかなるだろう。案外、愉快な長だと歓迎されるかもしれないし。


お悩み相談もこれにて終了――フレイアは既に、用は済んだと言わんばかりに、ゴブリンに背を向けている。そういえば、成り行きでついて来てくれたが、フレイアはケット・シーに会いに行く途中だったのだ。早く本来の用事を済ませたいのだろう。


「それじゃあ、俺もこれで――ど、どうしたの?」


ラッパーゴブリンが、ハの字眉のヘの字口をしている。長になる覚悟を複雑な顔で表現している――わけではなさそうだ。瞳が潤んでいる。


「こここ困るでやんす!」


「長になりたくないの?」


「……長になるには、試練があるでやんす。オ、オレにはとても……」


「試練?」


俯いたゴブリンの代わりに、そうなの、とフレイアを見る。フレイアはゴブリンの叫びに目を丸くして振り返っていた。


「妖精によっては、そうね。試練の内容も様々よ」


「ゴブリンの試練は何なの?」


「……一角草を採ってくることでやんす……」


「それは――」


難しいの、と聞こうとして、俺はやめた。項垂れているゴブリンと、フレイアの引き攣った顔から、答えは明白だったからだ。


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