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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第二部 第一章 クジョウ、ゴブリンをナンパする
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電話交換手の憂鬱

「クジョウ様、こちらです」


「ありがとうございます」



コーラルホテルでの奪還作戦を終え、無事に世界の安寧と、ラボメンバーの笑顔を取り戻した俺は、ただいま絶賛、小心者マインドを発動中だった。つまり、「本当に大丈夫かな。一応、ウンディーネに確認しておいた方がいいよね」状態である。


守り石の加護が正常に働いていれば、俺が再び渡航を繰り返しても、問題はないはずだ。ゆっくり休ませてもらったおかげで、先日までの疲れはもう残っていない。俺はまた、あちらの世界に旅立つことを決めた。


キリハラさんから差し出された布袋を受け取る。俺がお願いして、持ってきてもらったものだ。


袋の中には、小さな硬貨が数十枚入っている。ゴブリンの銀貨である。


二つの世界の釣り合いが元に戻る前――こちらに通じる穴が塞がる前に、あちらから流出してしまったもの――ゴブリンがフレイアを騙し、ピクシーの里を襲うきっかけとなったものだ。後の対応はまずかったにしろ、銀貨の流出に関しては、ゴブリンに非はない。せっせと貯め込んだ財産が、ひとりでに減ってしまっては報われない。


俺は今回の渡航で、確認用に持ち帰った一枚も含めて、ネスタ社が保有する銀貨をゴブリンに返すことにした。ゼスタリアさんの了承を得て、キリハラさんに持ってきてもらったのだ。



「クジョウ様、ジングージについてですが――」



キリハラさんが声を落とした。


コーラルホテルで逮捕されたジングージは、捜査機関による取り調べを受けている。ネスタ社は窃盗と爆弾騒ぎに巻き込まれた関係者のため、取り調べの進捗について、捜査機関から報告を受けているらしい。


「捜査員の話では、どうも、薬物の使用が疑われているようです」


「え……?」


「薬物検査で反応は出なかったそうなのですが、どうにも挙動がおかしいということで……クジョウ様は、以前からジングージをご存知だそうですが、いかが思われましたか」


コーラルホテルの一室で対峙したときの奴の口調や振る舞いを思い出す。あのときたしかに、ジングージの印象には違和感を覚えた。


「……ちょっと気になることはありました」


だが、あのときは、後ろ盾のはずのジングージ家に見限られ、自暴自棄になっているからだとばかり思っていた。実際そうだったのだろうが、それだけではなかったのかもしれない。


「あいつのしたことは許せないんですけど……」


そもそも、ランドル先輩を脅して盗みを働いたと聞いたときから、引っかかるものがあった。俺の知るジングージは、自身のステータスを存分に利用する嫌味な奴ではあったが、あそこまで非道な人間ではなかったはずだ。


自身のステータスを存分に利用する――そう、欲しいものは大抵、ジングージ家の力で手に入る。これまでの奴なら、ウンディーネの守り石に心を奪われたときも、正々堂々、立派な家名を持ち出していたことだろう。もちろん、異世界から持ち帰ったものをネスタ社が手放すわけはないが、奴はそんなことは知らない。ジングージにとって精霊の守り石は、ただの美しい石だ。それなら、いつものように、カネと圧力次第でどうにかなると考えそうなことではないか。


しかし、ジングージはネスタ社と交渉もせず、始めから窃盗を選んだ。名家の圧力もさほど穏やかな手段とは言えないが、脅迫と窃盗よりはマシだ。薬物の使用で、凶暴性が増していたのだろうか。


それに、アリシアさんにナイフを突きつけ、躊躇いもなく髪を掴んだあの顔。とても、俺の知るジングージと同一人物とは思えなかった。皮肉な話だが、薬物を使用していたと言われた方が、まだしっくりきてしまう。


「でも、薬に手を出していたのなら、もうジングージ家は――」


「ええ。今回の件で、既にジングージを見限ったとのことですが、その上、薬物となれば――完全に勘当でしょうね」


奴が家から見限られるきっかけとなった権力――ゴードン・ライトからジングージ家への圧力は、なくなったと聞いている。ウンディーネの守り石を取り返した以上、もうジングージ家に用はないということだろう。奴の祖父――大企業創業者兼会長は、家や会社に損害の出る前に、手に余る孫と縁を切ったが、その心配がないのであれば、勘当を撤回してもおかしくはない。


だが、窃盗や爆弾騒ぎに続き、薬物の使用である。もしそれが事実なら、会長の恩赦は期待できそうにない。この国では、薬物の使用は罪が重い。国が統一される前、複数の小国が、とある薬で攪乱された苦い記憶があるからだ。今度こそ、家名に泥を塗った孫は永久にジングージ家から放逐されるだろうし、しばらくは牢を出ることも叶わないだろう。


「実は捜査機関からは、クジョウ様のご意見も伺いたいと言われていたのです。ジングージと対峙した際の印象を知りたかったようで――アリシアは参考になりませんからね……しかし、クジョウ様はあちらへ渡航予定と聞きましたので、お手を煩わせるわけにはいきません。クジョウ様のお言葉は、私が捜査機関に伝えておきます」


事件後、アリシアさんはジングージのことを、つける薬もないBK、どうしようもないKZ、直視するに値しないGMと呼んでいる。麗しのアリシアさんのお口が呪われてはいけないので、俺の独断でぼかしておくが――要するに、アリシアさんの記憶に残るジングージはもはや、ヒトの姿をしているかすら怪しい。キリハラさんの言う通り、アリシアさんの証言は参考にならないだろう。


それに、爆弾騒ぎの後、アリシアさんの手は震えていた。気丈に振る舞ってはいたが、あのときのことは、あまり思い出したくないはずだ。キリハラさんは言わないが、アリシアさんに同じ質問をしなかったのは、紳士の配慮によるものだろう。


かくいう俺も、そう何度も足を運びたい場所ではない。パスティアからの通報に証拠映像はなかったそうだが、ホテル内部の映像が提出されていれば、俺も不法侵入扱いになるだろう。やましいことがある以上、この小心者に何食わぬ顔などできない。捜査員の強面を前に、冷や汗をかくのはご免だった。キリハラさんの好意をありがたく受け取っておく。


「よろしくお願いします」


「もちろんです。出発前にお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」


いつ見ても、キリハラさんのお辞儀は素晴らしい。


「行ってらっしゃいませ」


紳士の直角お見送りを受けながら、俺は少しだけ久しぶりに、「いせかい暖簾」を潜ったのだった。







「水浴びならもう終わったぞ」


「だから違うって! 覗き魔扱いしないで!」


陽の光を遮る深緑の木々、黄褐色の地面。どこか楽しそうにも聞こえる大精霊の声。

見慣れたウンディーネの森である。またここに帰ってくることができた。


いつぞやと同じ言葉で出迎えてくれた主は、相変わらず目の覚める美貌と絶対的なオーラを纏い、悠然と立っていた。目が合うと、ふ、と口元を綻ばせる。


「冗談じゃ。クジョウがなかなか来ぬゆえ、ちと意地悪を言ってみたのじゃ」


「ご、ごめん。ちょっとバタバタしてて……」


石と写真を取り戻した後も、爆弾騒ぎの後始末で、来るのが遅くなってしまった。だが、石の盗難など知らないウンディーネからしてみれば、持ち帰った石を集めて祀る作業に、それほど時間が掛かるとは思っていなかったのだろう。


しかし俺は、守り石が盗まれていた挙句、爆弾までセットされていたことは、ウンディーネには言わないと決めていた。世界の危機に精霊たちが授けた加護ですら、人間は身勝手に奪い合う。この誇り高く正しい精霊に、俺はそんな話を聞かせたくなかった。長い間、人間を見てきた主には、すべてお見通しなのかもしれないが。


俺の逡巡に気付いていないのか、あるいは触れないようにしてくれたのか、ウンディーネは訳を追及することもなく、やれやれと肩を揉む仕草を見せた。


「あれ、なんかお疲れ?」


精霊に肩凝りなどないだろうに。


「そなたが来ぬ間、わらわは大変だったのじゃ」


はぁ、とウンディーネは溜息を吐いた。


「まるで『ししゅんき』の娘を持つ母親じゃ」


「え?」


「クジョウは来ているか、まだ来ぬのかと、サラスと小娘がとっかえひっかえ――わらわは『でんわこうかんしゅ』ではない」


「……あぁ」


年頃の女の子の恋人が家に掛けてきた電話を取り次ぐ母親――多分、ウンディーネが言いたいのはそういうことだ。だが、「お父さんが出たらどうしよう」と男がドキドキしていたのは、一昔前の話である。個人所有の連絡ツールが普及する前の人間界――驚異的な語彙力を誇るウンディーネの知識にも、アップデートが必要なようだった。


それにしても、サラマンダーとフレイアが俺を探していたとは。


「俺に用があるのかな」


「どうせ大したことではない」


ドラゴンの件を思い出したのか、ウンディーネは眉間に皺を寄せた。


「なにか事が起きているとは聞かぬ。暇を潰したいだけじゃろう」


「……俺、暇つぶしの相手なの?」


「クジョウは子分じゃと言っておったぞ」 


「違うから」


お調子者精霊君が勝手に言っているだけだ。しかもそれが原因で、俺は最初、フレイアから敵視されていたのだ。子分になることで身の安全が保障される親子制度ならまだしも、これではデメリットしかない。誰が子分になどなるものか。


それに、俺はウンディーネの眷属だ。随分あっさり言うが、ウンディーネは構わないのだろうか。


「あやつにとっての子分とは、遊んでくれる相手のことじゃろう」


「え」


ウンディーネは少々言いにくそうに、「想像はつくじゃろうが――」と前置きした。


「……友だちがおらぬのじゃ」


「でしょうね」


あの性格だもの。

しかも、あれで四大精霊の一角なもんだから、なおさら友だちはできないだろう。そういう意味では、ウンディーネにも友だちがいるようには見えない。恐れ多くて、誰にも務まりそうにない。


「わらわはよいのじゃ。眷属と語らうだけで暇は潰れる」


「サラマンダーも一緒じゃない?」


「あやつがドラゴンと語らうと思うか」


「……ないね」


自分の眷属のくせに、プライドが高くて苦手だと言っていた。それに、二度も長を叩き起こした、想像の斜め上を行く主とのおしゃべりなんて、ドラゴンもお断りだろう。


思い返してみれば、自分の眷属に語り合う友だちがいないから、相手をしてくれるセイレーンたちの島に遊びに行っていたのだろう。寂しがり屋か。


「でも、自分の眷属じゃない妖精とは仲良くやってるんでしょ」


友だちがいないわけではないと思うが。


「妖精は基本的に棲家を離れぬからな」


「うん?」


「クジョウは連れ回せる」


「なにそれ」


人を便利で都合のいい男扱いしないでほしい。そういうのは、アリシアさんとかゼスタリアさんとか、麗しい方々から受けたい仕打ち――違う、そうじゃない。


「まぁいいや」


どうせ否定したところで、お調子者精霊が聞く耳を持つとは思えない。


「それより――」



「心配せずとも、クジョウはようやった」



「え……」


それよりも――と、開いた口に被せるように、ウンディーネがさらりと言った。


「そなたのことじゃ。大方、実感が湧かず、ソワソワしておったのじゃろう」


「……そのとおりです」


眷属の小心者加減など、とっくにご存知の大精霊は、呆れたような顔で笑った。


「此方とそなたの世界との釣り合いは戻った。ご苦労じゃったのう」


「……よかった」


キリハラさんからは、銀貨の流入が止まったと報告をもらっていたが、こちらの世界の地震については、来てみないことには分からない。焔の兄妹が俺で暇を潰そうとしていた時点で、心配する必要はなさそうだったが、やはりウンディーネに言われると安心感が違う。


これで本当に肩の荷が下りた心地だ。俺はホッと胸を撫で下ろした。


これからまた、この世界で特務社員の仕事に励むことができる。


「ところでクジョウ、その袋はなんじゃ」


ウンディーネは、俺の持つ布袋を見ていた。俺が袋を提げているのが珍しいのだろう。こちらの世界を訪れる際、俺は基本的に荷物を持っていかない。唯一、旅のお供にしているのは、左胸の「今すぐカエルくん」と、ポケットに入れたカエルくんのスペアだけだ。


「あっちの世界に流出したゴブリンの銀貨だよ。返してあげようと思って」


「ほう」


「俺が――人間が、きっかけを作っちゃったからさ」


俺のせいとは言わない。その考え方は主に諫められている。


「ふむ。ならば、土の縄張りへ行くか。わらわの分身をつけよう」


言うが早いか、足元からぴょんと跳び上がった水の子は、ひょいひょいと身体を伝い、あっという間に定位置――俺の右肩に落ち着いた。いつものゆらゆらダンスをしている。


「翁には話をつけておく」


「ありがとう。水の子がいると心強いよ」


精霊の分身がいれば、何かあったとしても、すぐに移動できる。そして何より、ウンディーネには聞く耳が標準装備だ。間違っても呑気に昼寝などしない。


「うむ。そうと決まれば、早う行くのじゃ」


「え、あ、うん」


ほれほれ、とウンディーネは片手で渦潮を作っている。その水流で土の縄張りに送り込んでくれるようだが、まるで尻を叩くかのごとき急かし立て方だ。何か用事でもあるのだろうか。


「ようやっと来たクジョウに会えぬとなれば、さぞ残念じゃろう」


サラスと小娘め。


けけけ、と邪悪な声が聞こえてきそうな顔で、ウンディーネが笑っている。


どうやらよっぽど、思春期の娘の電話交換手が嫌だったらしい。強く美しい大精霊らしからぬ表情に思わず目を擦りながら、俺は主の水流に巻き込まれていった。


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