探し物の行方 その二
「――それで、これからどうするつもりだったの?」
ジングージと石の居所は分かった。サザモフさんの協力を得て、動向を注視している。
だが、動きを見張っているだけでは、石も写真も取り返すことはできない。
「コーラルホテルのセキュリティを調べた。さすがパスティア人御用達だけあって、防犯対策で通すには無理があるレベルの仕掛けだ。利用者どころかホテルスタッフにも、プライバシーなんてもんはねぇらしい。大袈裟じゃなく、行動のすべてが監視されてる」
「諜報のパスティアか」
戦況を知らせる国際新聞の社説に、そんな文言が載っていた。
自国民向けの保養施設であっても――否、だからこそ、気持ちに緩みが生じ、思わず口にした本音は聞き漏らさないということか。軍関係者も利用するなら、なおさらだ。
コーラルホテルはパスティアにとって、隠れた反逆者を炙り出す囲い罠のようだ。
「俺たちはそもそもパスティア人じゃないから、反逆も何もないんだけど――この監視は厄介だよ。何とかしてホテルに忍び込めたとしても、石を探すどころじゃない。だから俺とヴェスパは、こいつを無効化するプログラムを作ったんだけど……」
メノウが顔を伏せる。ヴェスパは困ったような顔をしていた。
「……俺が無くしてしまったんだ」
「無くした?」
プログラムを無くすとは聞かない。誤って消去してしまったという意味だろうか。
「……俺の眼鏡は壊れてるって言ったでしょ。前にうっかり踏んでしまって、よく目が見えないまま――修正したプログラムをヴェスパに見せようと思って、部屋の外に出たんだ。そしたらちょうど、アリシアとキリハラがそっちの部屋に入っていったところで――」
「いせかい暖簾」のある部屋。
中に入るにはセキュリティ認証が必要だが、そのときは扉が開いていた。直前にアリシアさんとキリハラさんが入っていったから。
「二人の声がして、方向を間違えたんだと思って――手探りで出口を探そうとしたんだ。そしたら、そのまま……」
「……あっちの世界に行っちまったんだよ」
「え?」
異世界渡航の先行者は二人。
一人はワイバーンに出くわし、ウンディーネに守り石をもらったランドル先輩。もう一人のメノウについては、渡航の様子を聞かされていなかった。
メノウは、渡航を意図していたわけではなかったのだ。
「いせかい暖簾」のある部屋に行くには、認証付きのドアに続き、もう一枚、ドアを潜らなければならない。しかし、このドアにセキュリティはない。音もなく開く自動ドアが、目の見えていないメノウを吸い込んでしまった。
そして、引き寄せられるように「いせかい暖簾」を潜り――。
「急に足元の感覚が変わって、驚いた拍子に持ってたメモリを落としちゃって――こっちに帰ってくるまで探したんだけど、目も見えないし……結局見つからなかった」
ごめん、とメノウが押し殺したような声で言う。
「いいって。もう気にすんな。妖精に遭遇しなくてよかったぜ」
「そ、そうだよ!」
落としたメモリを探している間に帰還時間がきた。
――例えば、尋常ならざる集中力で何かに没頭していたり、気を取られていたりしたら、帰ってきたことにすら、気付かないことがあるかもしれない。
「今すぐカエルくん」を使わずに帰還した俺が抱いた感想だ。メノウがまさにそうだったのではないだろうか。落としたメモリに入っていたのは、石と写真を取り戻すために開発した、重要なプログラムだったのだから。
メノウの渡航は、先行者の記録としては参考にならないだろう。だが、メノウが無事に帰ってこられてよかったと心から思う。全力疾走の俺――転んだけど――ですら、爪先を燃やされる威力だったのだ。眼鏡を掛けていないメノウがあのワイバーンに出くわそうものなら、火球の餌食になっていた可能性が高い。ワイバーンに修羅のひと睨みは効かないだろう。
「命の方が大事だぜ。プログラムは今作り直してるところだし――」
「でも、もう時間がない。一刻も早く石を取り戻さないといけないのに……ランドルだって限界だ。早く写真を取り返してやりたいのに、俺がメモリを落としたから……」
ネスタ社が証拠を固めて捜査機関を動かすには、ジングージがランドル先輩の写真を奪い、脅した事実を証明する必要がある。実際に社内から石を持ち出したのはランドル先輩だからだ。
ジングージはただ、その石をもらっただけ――あるいは、ランドル先輩が捨てたことにして、それを拾ったとでも言えば罪にはならない。
防犯カメラ映像は消去されている。証拠を揃えるには時間が要るだろう。今すぐ捜査機関を動かすことはできない。だからヴェスパとメノウは、コーラルホテルの監視システムを無効化しようとしていたのだ。
正面からジングージを糾弾することは難しい――けれど、守り石とランドル先輩の宝物は、取り戻さなければならないから。
一つは、二つの世界の安寧のために。そしてもう一つは、仲間の笑顔のために。
捜査機関を頼れないのならば、自分たちでやるしかない。だが、計画の生命線だったプログラムは失われてしまった。ホテルへの潜入も奪還も、ネスタ社には内緒で、二人が動いていたことだ。だから、プログラムのバックアップは残していなかったのだろう。もしものとき、ネスタ社に迷惑が掛からないように。
急ぎ作り直しているプログラムは、現時点で未完成のようだ。
メノウの後悔は痛いほど分かる。もう時間がない――このままでは、いつ妖精たちがこちらの世界にやってくるか分からないのに、今すぐ動くことができない。
自分がプログラムの入ったメモリを落としてしまったから。
「……ん? プログラムの入ったメモリ――?」
――こいつは拾いもんさ。陸で用があってね――水面に顔を出したら、ちょうどアタシの鼻先に落ちてきたんだよ。
無数のバブルが浮かぶ幻想的な空間にそぐわない、無機質な黒いガジェット。
――そいつと交換でどうだい。
「USBメモリ――!」
帰ったら中身を確認しようと思っていたのに、その後のドタバタですっかり忘れていた。代わりに手放した「今すぐカエルくん」によって、マダムがこちらに来てしまうのではと、気が気ではなかったのだ。
俺はズボンのポケットから、マダムとの物々交換で手に入れたそいつを取り出した。フレイアが銀貨を入れてくれたのとは、反対のポケットだ。
「……メノウが落としたのって、これ……?」
「え?」
何気なくそいつを視界に入れ、メノウとヴェスパは同時にフリーズした。
「――――なんで」
メノウの瞳が驚愕に見開かれる。ヴェスパはパクパクと、声にならない声を漏らした。
「前に、『今すぐカエルくん』をマダム・タッソーに渡したって相談したことがあったでしょ? あのとき、カエルくんと引き換えにマダムからもらったのが、このUSBメモリだったんだ。あっちの世界ではまず見かけない代物だし――」
「……クジョウ」
「ん?」
「馬鹿野郎! おまえって奴は――クソ、でかしたぞ、この野郎!」
「……褒めてる?」
罵倒されているようにも聞こえるが、ヴェスパは満面の笑みを浮かべている。
やっぱりヴェスパは口が悪いねと、俺はメノウに同意を求めた。
深紫の研究者は、小さく鼻を啜った。
「……クジョウ、ありがとう」
「うん――あ、でも、俺よりむしろランドル先輩のおかげというか――」
マダムを虜にしたのは、今にも勢いよく飛び跳ねそうなカエルのフォルム――ランドル先輩のデザインだ。初めて「いせかい暖簾」を潜った日、後進の俺に「今すぐカエルくん」を授けてくれたランドル先輩とアリシアさん――二人の思いが、奇跡を引き寄せた。
かくして、世界を股に掛けたUSBメモリはラボに返ってきた。
ところが、そう簡単にめでたしめでたしとはいかない。俺にはある懸念があった。
「……中身はダメになってるかもしれないんだ」
ポケットにUSBメモリが入っていることなど、すっかり失念していた俺は、我が家のジャンク洗濯機でガンガンにズボンを回し、そして、泉にダイブした。そもそも、USBメモリを知らないマダムが海底に持ち帰った時点で、メモリはずぶ濡れになっている。
探していたUSBメモリが返ってきた――メノウが修正を加えたプログラムがあれば、コーラルホテルに乗り込むことができる――はずだったのに。ガジェットが返ってきても、中身がダメなら意味がない。二人をぬか喜びさせてしまった。
しかし、ヴェスパはあっさりと言った。
「まったく問題ねぇな」
「え?」
「このUSBはランドルが作った特別品だ。海に沈めても、ミサイル撃ち込まれたって壊れやしねぇよ」
「ランドル先輩……!」
今すぐカエルくんといい、USBメモリースティックといい、異世界の申し子のような設計ぶりである。クジョウの至らなさをすべて補ってくれている。
ランドル先輩の実力に加えて、立派な保護者たちがその才能を上手に伸ばしているのだろう。やはり、アリシアさんの選択は間違っていなかった。
「おい、二人とも――」
USBメモリを受け取ったヴェスパが研究室のドアに手を掛ける。
「中に入れ。作戦会議だ」




