協力者の告白
「よう、戻ってきたな。オレに用があるんだろ」
「……ヴェスパ」
スライドドアを抜け、ラボの共有スペースに向かうと、猫足デスクの一脚に腰を下ろした少女に出迎えられた。アリシアさんの顔が少し強張る。
まさか待ち構えているとは思わなかった。
ラボに入る前に、繋いだ手を放しておいてよかった。アリシアさんは、なぜか名残惜しそうに俺の手をすりすりしていたけれど。
「クジョウが話してるのが聞こえたんだ。あの青い石がないと、やべぇことになるんだろ」
「……石を持ち出したのはヴェスパなのですか」
二人の視線がぶつかる。アリシアさんの静かな問いに、ヴェスパは答えなかった。
「防犯カメラ映像を消去したのはヴェスパですね」
「……あぁ。認証履歴をいじったのもオレだよ」
ヴェスパにしかできない――その読みは正しかったようだ。
金髪の少女はあっさりと証拠の隠滅を認めた。
「どうしてそんなことを……ヴェスパはジングージとどのような関係なのですか? なぜ窃盗に協力などしたのですか」
「……理由なんて特にねぇよ」
泣き出しそうなアリシアさんの声に居たたまれなくなったのか、ヴェスパは視線を逸らした。吐き捨てるように小さく言う。
アリシアさんは、石を盗んだことを怒っているのではない。多分、悔しいのだ。大切なラボメンバーが道を踏み外してしまったこと――それを止められなかったことが。
「嘘です。ヴェスパが理由もなく、そのようなことをするはずがありません。わたくしの至らないところもちゃんと注意してくれる――ヴェスパは誰よりも思いやりのある人です」
「……アリシアがそう思ってるだけだろ。オレはそんなんじゃねぇ」
「違います。キリハラだってヤンセンさんだって、みんなヴェスパに――」
「それが面倒になったんじゃねぇか」
「嘘です! ヴェスパはそんな――」
「アリシアにオレの何が分かるんだよ!」
「まって!」
アリシアさんの真っすぐな眼差しがヴェスパに突き刺さる。ヴェスパのボルテージも上がり、言い合いの様相を呈し始めたとき――思わぬ方向から、待ったが入った。
飛び出してきたのは、俺やアリシアさんより――否、ヴェスパよりも小さなぽってりボディの持ち主だ。
首から下げたロケットペンダントが揺れている。
「ランドル……」
「ヴェスパ、もうやめて」
「……なんで出てきたんだ」
ヴェスパは苦い顔で呟くと、ランドル先輩の頭に手を乗せた。
「わりぃ。でけぇ声出すのはやめるから、ランドルは部屋に戻っとけ」
な、と目線の高さを合わせて言う。
「……だめだよ」
「いいから。ランドルは部屋に戻れ。オレがアリシアと話してんだ」
「だって、ぼくが――」
「ランドル!」
「ぼくが石を渡したんだもの」
「……え?」
アリシアさんがふらふらとランドル先輩に歩み寄る。
ヴェスパは舌打ちをした。
「ランドル……今のはどういうことですか」
「……ぼくがジングージに石を渡したんだ。ヴェスパは悪くない」
「どうして……」
信じられないものを見たような顔でアリシアさんが呟く。
「ランドルにジングージとの接点はないでしょう。どうして協力なんて……」
「……ごめんなさい」
「ランドル」
「ごめんなさい、アリシア」
何度呼びかけても、俯いたまま顔を上げない。
謝罪ばかり口にするランドル先輩を前に、どうしたらよいか分からないのだろう――アリシアさんは困った顔で立ち竦んでいた。
「……アリシアはランドルを心配してんだよ」
その様子を見かねたのか、棘のない声色でヴェスパが言う。
「何があったか話してやろうぜ」
ランドル先輩はおずおずと顔を上げた。
「……ロケットを取られたんだ」
「え……」
小さな手が首に下げたロケットペンダントをゆっくりと外す。
受け取ったアリシアさんは中を確認し、絶句した。
「……そんな……」
何も入っていない。
俺は中身を知らないが、アリシアさんの反応を見るに、元々は何かが入っていたのだろう。それをジングージに取られた。
「……おかあさんの写真を取られて、協力しないと返さないって……それで、ぼく……」
それ以降は言葉にならなかった。小さな天才は、ぎゅっと唇を噛んで涙を堪えている。
ヴェスパが再び、ランドル先輩の頭に手を置いた。
「ランドルの様子がおかしかったから、何があったか聞き出して――オレがプログラムをいじったんだ」
防犯カメラの検出プログラムが動いていれば、石を持ち出した時点でアラートが鳴っていたはずだ。ヴェスパはアラートが働かないように、一時的にプログラムを書き換えた。そして、石を持ち出したランドル先輩が写った映像を消去し、出入りの際に起動したセキュリティ認証の履歴も消した。
協力者が石を持ち出したのは、十分な見返りが用意されていたからではない。大切なものを盾に取られていたからなのだ。
「……コーネリア……」
空のペンダントを両手で包み込み、アリシアさんは祈るように目を瞑った。
そして目を開けると、優しい手つきで、ランドル先輩の首にペンダントを掛けてあげる。
「気付いてあげられず、ごめんなさい」
「アリシア……」
「事情は分かりました」
アリシアさんは儚く微笑むと、引き留める間もなく、ラボを出て行った。
ランドル先輩は再び俯いている。
ヴェスパと目が合った。
「……多分、応接間だ」
「え?」
「アリシアが成果を出した場所だからな」
ヴェスパが親指でスライドドアを示す。行ってやれと言われているようだ。
「こっちは任せろ」
アリシアさんも気に掛かるが、罪の告白をした幼い心も心配だ。一人にはできない。
ヴェスパがついていてくれれば、とりあえずは安心だ。
「……分かった」
俺はヴェスパに頷きを返し、アリシアさんの後を追った。




