協力者
「……犯人が分かっているのに取り返せないのは、我が社の所有物だと証明できないからですか?」
盗難事件を届け出れば、石の出処についても説明を求められるだろう。
どこかで購入したわけではないから、証明するのは難しい。この世界で同じものは採掘できないし、拾ったと言えば、所有権を認めてもらえるか分からない。なにせあいつも拾ったと記事にしている。
ネスタ社は先手を打たれてしまったのだ。
「加えて、協力者の存在です」
「協力者?」
「はい。石はジングージ――記者の手に渡りましたが、持ち出したのはジングージではありません。現在のような厳重な保管室ではなかったにせよ、出入り可能な人間は限られていました。部屋に入ることができたのは、この場にいる三名を除いて――」
「……ラボメンバーだけです」
アリシアさんが小さく言った。整った顔立ちが苦しげに歪んでいる。
石を持ち出し、ジングージに手渡した――窃盗の共犯者がラボメンバーの中にいる。
「石が盗まれたことは、我が社の人間は皆知っています。もちろん、ゴードン・ライトも。あのようなものを造るのに、事情を伏せては説明できませんからね」
ゼスタリアさんはちらりと窓の外に目を遣った。
たしかに、突然物々しいゲートの建立が始まれば、事情を知らない社員は何事かと思うだろう。
「身内を疑いたくはありませんが、協力者なくして持ち出しは不可能です。誰が石を持ち出したのか、アリシアとキリハラが調査していました。しかし、ジングージと接点を持つ者はおらず、証拠も残されていなかったのです」
出入り可能な人間を限定していたということは、「いせかい暖簾」のある部屋のように、セキュリティ認証を実施していたはずだ。その記録も残っていないのだろうか。
それに、防犯カメラもある。ゼスタリアさんが会議の遠回りをしていたとき、キリハラさんは防犯カメラ映像を確認しようとしていた。協力者は写っていなかったのだろうか。
「防犯カメラの映像では、持ち出した場面を確認することはできませんでした」
「カメラを避けていたということですか?」
ゼスタリアさんは首を横に振った。
「映像は消去されていました。出入口のセキュリティ認証履歴も同様に」
そして、小さく溜息を吐いた。
「そんな真似ができるのは、ヴェスパしかいません」
――ランドルは機械いじりが得意なんだ。オレはまぁ、プログラムやら情報やら……。
自らの専門について、金髪の少女はそう言っていた。
「そもそも、我が社のセキュリティや防犯カメラのプログラムはすべて、ヴェスパが作ったものです。映像のチェックは警備部が担当していますが、すべての映像を二四時間見ているわけではありません。社員を監視するための措置ではありませんから」
「検出プログラムがあるのですね」
「はい。常にない動き――異常行動を検出するプログラムを動かしています。警備部のスタッフは、そのアラートを受けて映像を確認しているのですが……」
「石を持ち出した際は、アラートが鳴らなかった」
「……ええ。プログラムはヴェスパが設計したものですから――ヴェスパの関与はほぼ間違いないと考えています」
「ヴェスパ……」
メノウを紹介し、ラボメンバー全員の部屋を教えてくれた少女。何より、俺の身を案じて「今すぐカエルくん」の予備を授けてくれた、面倒見のいい先輩。
ジングージとはどういう関係なのだろう。キリハラさんたちの調査では、あいつとラボメンバーの間に接点は見つからなかったということだが。
俺がヴェスパと話をしたのは一度だけだが、みそラーメンの要求といい、メノウとのやりとりといい、ラボに馴染んでいるように見えた。窃盗に手を貸せば、当然、その環境を手放すことになる。
そのリスクを負ってまで、ジングージに協力するメリットが――リスクを上回る見返りが用意されていたのだろうか。
「ですが、証拠がありませんので、ヴェスパを追及するわけにもいかず……これまでは様子を見ていました。しかし、妖精の出現が懸念される以上は、もう……」
ゼスタリアさんが再び頭を抱えた。キリハラさんが後ろから声を掛ける。
「ゴードン・ライトへの報告も必要でしょうね」
「ええ……キリハラはゴードン・ライトに連絡を入れてちょうだい。ゴードン・ライトの意思を伺います。どのような手を用いても、石を取り戻すことになるでしょうね。もはや手をこまねいているわけにもいかない――アリシア」
「……分かっています。ヴェスパの件はわたくしが」
「辛いでしょうけど、ラボメンバーはあなたの部下です。頼みましたよ」
アリシアさんは無言で頷いた。
ノックを知らない――彼らが社会のマナーさえ守る気がなくても、アリシアさんはその意思を尊重してきた。ラボメンバーを大切に思っているアリシアさんには、彼らを調査するだけでも相当心苦しかったに違いない。
それでも、アリシアさんはこれから、ヴェスパと話をしなければならないのだ。彼女の上司として。
「ラボまでは、ぼくも一緒に行きますよ」
「クジョウさま……」
キリハラさんはゴードン・ライトとの連絡調整で忙しいし、ゼスタリアさんは出資者にこの状況を説明しなければならない。ヴェスパと向き合うアリシアさんは一人だ。
だからせめて、ラボまでの道のりは、アリシアさんを一人にさせたくなかった。俺にできることなんて、何もないのだけれど。
「クジョウ様、よろしくお願いします。ここで一旦解散としましょう」
ゼスタリアさんが立ち上がる。
それを合図に、キリハラさんは早足で奥の扉の向こうに消えた。社長の執務室から、ゴードン・ライトに連絡を入れるのだろう。ゼスタリアさんも続く。
「行きましょうか」
「はい」
俺は、未だ腰を下ろしたままのアリシアさんに手を差し出した。
アリシアさんの細い指が俺の手に絡まる――絡まる?
「クジョウさま?」
「い、いいいいえ、なんでもありません」
恋人繋ぎだった。
こういうのって、立ち上がるときにちょっと手を掴むだけじゃないの――?
女性慣れしていない俺に正解が分かるはずもなく、俺は麗しのアリシアさんと手を繋いだまま、ラボに帰ってきたのだった。




