ウンディーネの守り石
「つまり、四つの守り石を揃えなければ、妖精たちがこの世界に来てしまうということですね」
「はい」
「……困ったな」
「え?」
社長室である。
応接用のソファに腰を下ろした俺は、できる社長モードで頭を抱えているゼスタリアさんと向き合っていた。その隣には憂い顔のアリシアさんが、後ろにはキリハラさんが控えている。
「いや、でも石は四つ揃っていますから、心配することはなにも……」
「クジョウ様にはいずれお話ししなければと思っていたのですが――」
ふう、と大きく息を吐き、ゼスタリアさんが俺を見た。
「水の精霊ウンディーネの石は、我が社にはありません」
「……え」
「いまは、という意味です。たしかにランドルが持ち帰り、一時は我が社が所有していました。しかし――石は盗まれたのです」
「……盗まれた?」
そんなまさか。
要塞のような物々しいゲートで、何重にもボディチェックを実施している――敷地内に立ち入るだけでも難しいネスタ社で、鍛え抜かれた警備部の皆さんが詰める、そのさらに奥で、守り石はセキュリティ対策を施したケースに保管されているのだ。
この状況でどうやって盗むことができるというのか。
「……いや、あの部屋はシルフィードの石を保管するために造られた……?」
俺がアリシアさんとキリハラさんに石を見せ、クビを覚悟したあの日、アリシアさんは石の正体が知りたいと言った。守り石であることが分かったのは、その後、ウンディーネに尋ねてからだ。
つまり、ランドル先輩がウンディーネの石を持ち帰ってから、俺が二度目の渡航を果たすまでの間、ウンディーネの石は守り石と認識されていなかったことになる。
「ウンディーネの石が盗まれたのは――」
「クジョウ様がいらっしゃる前のことです。石の意味は知りませんでしたが、異世界から持ち帰った代物ですし、なにより陶酔してしまうほどの魅力がありましたから――出入り可能な人間を限定する部屋で保管していました。しかし、石は盗まれてしまった。クジョウ様がお察しのとおり、現在の保管室はその後に拵えたものです。二度と盗難が起きないよう、セキュリティを何倍も強化しました。クジョウ様が持ち帰った品物を守るために」
「じゃあ、保管室はシルフィードの石を持ち帰る前に完成していたんですね」
「はい」
ゼスタリアさんが頷く。
ウンディーネの石が盗まれたことを受けて、もっと防犯対策を強化した保管室が必要になった。あの部屋は、あちらから持ち帰ったものを守るために――おそらく俺がネスタ社と契約する前から――元々用意されていたものだったのだ。
「セキュリティを強化したのは保管室だけではありません」
アリシアさんがゼスタリアさんの隣から言う。
「元々は、我が社にあのようなゲートは存在しませんでした」
窓の方向に目を遣る。
敷地内への出入りを阻む物々しいゲート。あれも盗難事件以降に造られたものだった。
「そうなんですか……」
ワイドショーで何度も聞いた、情報開示をせず、取材を受けない企業――そのフレーズが頭に刷り込まれていたから、最初にネスタ社を訪れた際、念入りなボディチェックにうんざりはしたものの、特に驚きはしなかった。
ましてや、異世界の入口を保有していると知った後は、当然とすら思っていたのだが、どうやら元々は違ったらしい。
「そして、取材をお断りするようになったこともです」
「え……?」
俺は思わずキリハラさんを仰ぎ見た。
――とはいえ、一度は取材を受けましたし、理由はそれだけではないのですが……。
以前、社長がスーパーシャイだから取材を断っているのかとの問いに、キリハラさんはそう答えていた。理由はそれだけではない――あれは、盗難事件のことだったのだ。
しかし、社内で盗難事件が起こったから、メディアの取材を一切受け付けないことにした――それは、少々的外れな対応ではないだろうか。キリハラさんらしくない。
社内に人を入れたくないのなら、外で取材を受ければいいだけの話だ。
「クジョウ様の疑問はもっともです」
キリハラさんが弱った顔で言う。
「我が社は一度だけ、取材を受けたことがあります」
巷では、ネスタ社は記者会見以来すべての取材を断っていると言われている。どうやら奇跡的に取材に成功した記者がいたようだが、俺はその記事を読んだ記憶がない。
「記事は発表されませんでした」
「……なぜですか?」
質問の答えは、ゼスタリアさんから発せられた。
「記者が心を奪われたのは、我が社ではなくサファイアブルーの石だったからです」
「え……」
「石を盗んだのは取材に来た記者です」
ウンディーネの守り石を盗んだ犯人は、サファイアブルーの輝きに魅せられた記者だった。
だから、盗難事件以降、ネスタ社は一切の取材を断ることにしたのだ。
「もちろん、異世界の存在は伝えていませんが――通りすがりに石を視界に入れ、魅入られてしまったのでしょう」
精霊の守り石に匹敵する輝きは、この世界には存在しない。誰もが息を呑む美しさであることは間違いない。その輝きに魅入られれば、手に入れたいと思ってしまうのも頷ける。
だが、よりにもよって取材先で盗みを働くとは、なんたる狼藉だろう。
いくらこの世のものとは思えないほど美しく、希少な石が目の前にあったからといって――あれ?
「……レアメタルを遥かに凌ぐ謎の石……」
「クジョウ様、ご存知なのですか!?」
キリハラさんが身を乗り出し、アリシアさんとゼスタリアさんが顔を見合わせた。
「……あいつか」
私生活で拾った謎の石を紹介する記事が飛ぶように売れ、入社二年目にして雑誌の発行部数を大いに伸ばした期待の新人。俺の同期になるはずだった大企業創業者兼会長のご令孫。
「この男です」
キリハラさんが手持ちのバインダーから写真を取り出し、俺の前に置いた。
間違いない。俺はこの顔を、とある出版社の面接会場で見ている。そして、ネスタ社を初めて訪れた日、まんまるちゃぶ台の置かれた応接間でも。
あの日、俺の契約を後押ししたのは、キリハラさんのバインダーから見えたこいつの写真だった。
あのときの俺は、異世界の記録を任せるため、キリハラさんが数人の候補者を選んでいる――俺が断れば、こいつに白羽の矢が立つと思っていたが、どうやら違ったらしい。
あれは履歴書ではなく、犯人の身辺調査書だったのだ。




