表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/75

知るべきこと その一

「クジョウ、よくやってくれた」


「ほとんどフレイアのおかげだけど――」


「小娘は役に立ったか」


「うん」


それはもう。フレイアがいなければ、俺は今、こうしてここに立っていない。


「命を救ってもらったよ。本当に助かった」


「そうか。よかったのう、小娘」


ふ、と口の端を上げて、ウンディーネはフレイアを見た。


「わらわの眷属を救った功績に免じ、此度の失態は許そう」


「シ、シルフィードは――」


「シルフはそなたの処分をわらわに任せた。わらわがよしとすれば、それでしまいじゃ」


フレイアが、ほうと息を吐く。


ひ弱な人間の道案内を引き受けるくらいだ。よっぽどシルフィードの怒りが怖かったに違いない。


しかし、罰として同行したノーム探しでは、フレイアは道案内以上の活躍をしてくれた。偶然とはいえ、ノームを救い出したのもフレイアだ。それに。


「フレイアはノームに、トンガリ耳選手権をお願いしてくれたんだ」


「ほう。それはよい案じゃ」


台無しになった祭りを元に戻すことはできないけれど、ピクシーたちを笑顔にすることはできるかもしれない。


何より、フレイアがそう働きかけたことが大きい。ピクシーの里で、炎を片手に啖呵を切っていた姿からは考えられない。


「ゴブリンたちも今ごろ、悔い改めてるだろうし」


サラマンダーはお調子者だが、甘くはない。きっとこってり絞られていることだろう。


「……ゴブリンか」


ふと、ウンディーネが真顔になる。思案気に顎を撫で、言った。


「クジョウ、此度のこと――そなたには知るべきことがある」


「え?」


「小娘、そなたも聞いてゆけ。精霊に準ずるものならば、知っておいた方がよいじゃろう」


俺とフレイアは顔を見合わせた。


俺たちが知っておいた方がいいこと――?





「此度の騒動――最初のきっかけはクジョウ、そなたじゃ」


「……え?」


「ノーム翁が巻き込まれた大地の唸り。あれは、此方とそなたの世界との釣り合いが変わったことで引き起こされたのじゃ。そなたも知っての通り、わらわたちは、元は同じ一つの世界におった。しかし、人間が妖精を狩り、姿すら見えなくなってしまった後、わらわたちは此方に移り住むことにしたのじゃ。それから幾百年、二つの世界にほとんど接触はなかった。此方を訪れた人間もおったが、二度目はなかったのじゃ。そなたの会社とやらが、此方への入口を見つけるまではな」


人間なんてお目にかかるのは随分久しぶり――長生きしていそうなマダム・タッソーですら、そんなことを言っていた。人間と妖精たちの世界は、遠く離れたところにあったのだ。


しかし、ネスタ社がこちらへのゲートに暖簾を掛けて以降、人間――俺が、再び妖精たちと接触を始めた。


「元は同じ一つの世界じゃ。そなたが此方へ来るようになり、離れておった二つの世界が近付き始めた。釣り合いが変わったのじゃ」


「……二つの世界に働く引力みたいなのが、強くなったってこと?」


俺が世界を行き来したことで、二つの世界の間に強い引力が働き、釣り合いが変わった――つまり、バランスが崩れてしまった。


ウンディーネは頷いた。


「そして、大地の唸りが引き起こされたのじゃ」


「……じゃあ、俺のせいで地震が……」


ノームは身動きがとれなくなり、ゴブリンの横暴を許すことになってしまった。


祭を台無しにし、ピクシーたちを悲しませた元凶は、俺だったのだ。


「そなたのせいではない」


「でも、俺が来たから――」


「クジョウ」


ウンディーネは静かに俺の名前を呼んだ。


いつもの澄まし顔とは違う、柔らかい表情だ。俺を見ている――けれども、俺だけではない。


まるで、俺を通して、あちらの世界まで見通しているかのような深く蒼い眼差し。


そして、すべての人間を見守り、包み込むような慈愛の笑み。


「人の子が誕生してよりこの方、我ら精霊は、そなたら人間を見続けてきた。クジョウよ。そなたが来なければ、誰も此方へは近付かぬのか。かつて妖精らを駆逐した人の子は、再び我らと生を共にするつもりはないのか」


「……それは」


俺がいなければ、俺以外の誰かがネスタ社に雇用され、異世界の記録を担うだろう。


「いせかい暖簾」を潜れば、誰だってこの世界に来ることができる。異世界渡航は、俺の専売特許でも何でもない。


「クジョウが来なくても、代わりの人間が来ていただけよ」


フレイアが言う。


「うん……」


「でも、わたしはクジョウがいいわ」


「え?」


「どうせ人間が来るのなら、アンタがいい」


「フレイア……」


橙色の髪と同じように頬を明るくしたフレイアは、ぷい、と横を向いた。


自分で言っておきながら、照れているようだ。


「わらわも同意見じゃ。それに、これは分かっていたことなのじゃ。そなたを責めるものはどこにもおらぬ」


「分かってた――?」


「地震が起きることが――?」


フレイアと俺の疑問に、ウンディーネは頷いた。


「此方に人間が来るようになれば、世界の釣り合いが変化する。我ら精霊は、それによって引き起こされる衝撃を予想しておった。此方ではそれが、大地の唸りとして顕現したのじゃ」


「――ちょ、ちょっと待って。此方では……?」


「そうじゃ。衝撃は二つの世界に訪れる。此方では翁の縄張りに大地の唸りが――そして、そなたの世界には歪みが生じておる。クジョウの会社とやらが持つ入口以外にも、此方と繋がる穴が出現しているはずじゃ」


あちらの世界から、この世界に来る方法は一つだけ。ネスタ社が所有している「いせかい暖簾」を潜ることだ。


そもそも、ネスタ社は、この世界が発見されたことをきっかけに創られた会社だ。世界中の有志たち――ゴードン・ライトの意思によって。異世界の発見は、長年に渡り沈黙を守ってきたゴードン・ライトにとって、来るべき有事に該当すると判断された。しかし、このことは公にされていない。異世界の存在は、ネスタ社とゴードン・ライト、そして一部の政府関係者しか知らない。


関係者の口の堅さはもちろんのこと、秘密が守られている一番の理由は、入口が一つしか見つかっていないからだろう。


世界中に複数の入口が出現すれば、ゴードン・ライトの資金力をもってしても、秘密を隠し通すことは難しい。もはや、来るべき有事どころではない。この世界の存在は公となり、世界中に激震が走るに違いない。


俺は頭を抱えた。


これは一刻も早くネスタ社に帰還し、社長に報告が必要な案件だ。


ところが、俺の焦りを知ってか知らずか、ウンディーネは実にのんびりとした仕草で、ひらひらと片手を振った。まぁ待て、と言っているようだ。


「穴と言っても、そう大きなものではない。今のところ、人間はおろか、妖精たちも出入りできぬはずじゃ。通るとすれば、ほれ――」


ウンディーネは言葉を切り、俺のポケットに視線を向けた。


「……まさか」


促されるがまま、俺はポケットから小さな硬貨を取り出した。


崩落した宝物庫からフレイアが拝借したコイン――ゴブリンの銀貨だ。


「……だからこれがネスタ社にあったんだ……」


ゼスタリアさんが銀貨を持っていた理由が分かった。メノウが持ち帰ったのではない。


あちらの世界に繋がる歪みを通じて、銀貨は流出してしまったのだ。


「じゃあ、あの子たちが盗まれたって言ってたのは――」


歪みの存在など、ゴブリンたちは知らない。持ち出した記憶もないのに銀貨が減っていれば、盗まれたと認識するのは当然だ。


「ゴブリンどもは宝が減っていることに気付き、銀貨を稼ぐことにしたのじゃ。シルフの祝福を受けた月の蜜を使(つこ)うてな」


「月の蜜にはどんな効果があったの?」


洞穴を見つける前、ゴブリンたちが山越えに挑んだ理由を考えてみたが、結局答えは出なかった。


「翼を持つ者は羽搏き軽く、大地を駆ける者は足取り軽く――だったよね」


やはり、ゴブリンの足が速くなることに、大して意味があるとは思えない。


「トンガリ耳選手権と一緒じゃ。あれは小さきものらが耳の尖り具合を競うものじゃが、翼あるものはその羽搏きを競う。シルフの祝福を受けた月の蜜は、高値で売れるじゃろう」


「それって――」


「どーぴんぐじゃ」


「……なるほどね」


近いうちに徒競走でもあるのかと俺が抱いた疑問は、それほど遠くなかったわけだ。


ゴブリンたちが欲しかったのは、足の速さではなく、羽搏きの軽さだった。翼を持つ妖精に月の蜜を売りつけようとしていたのだ。


二つの世界を繋ぐ歪みによって、大事にしまっていたはずの銀貨が流出してしまったから――目減りした分の埋め合わせをするために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ