不在の理由
「いやぁ、まいったわい」
「ノ、ノーム様」
「おお、炎の小娘か。おぬしのおかげで、ようやっと土蔵から出られた。そこの人間、おぬしのコレか? なかなか居心地のよい衣を纏っておるわい」
ホホホ、と金ピカの爺さんが機嫌よく笑う。
フレイアの反応を見るに、この爺さんが土の精霊ノームで間違いないらしい。悪趣味なくらい金ピカだけど。
フレイアは爺さんから小指を立てられ、「クジョウはコレではないわ!」と再び顔を真っ赤にしている。よく分からないが、たしかに俺の名前はコレではない。クジョウだ。
「クジョウと申すか。おぬしはお嬢さんの眷属じゃのう」
「お嬢さん……」
あのウンディーネをお嬢さん呼ばわりするとは驚きだが、ウンディーネもノームを翁と呼んでいる。年齢の概念を超越した彼らを俺の感覚で理解するのは難しいが、単純に人型の外見だけを見れば、たしかに翁とお嬢さんでおかしくはない。
そうなると、サラマンダーはお坊ちゃんだろうか。それはちょっと頷けないような。
それはさておき。
「あなたが土の精霊ノーム?」
「いかにも。しかし、これはちと趣味が悪いわい。それ」
「あ、ただのノーム……」
どうやら本人も、金ピカは気に入らなかったらしい。ノームがくるりと回ると、眩い姿はすっかり落ち着いた色合いになった。
愛嬌のある小柄な老人。ただのノームである。
「ノーム様はどうしてここに?」
「何を言う。おぬしらが連れて来たのだわい」
「え?」
フレイアが戸惑い顔を向ける。
ノームは顎を撫でながら話し始めた。
「少し前の話じゃ。わしは土の中で眠っておった。このところは妖精らも大人しい。わしが出ていく用向きもない。わしは眠りにつくと、ほれ、こうして小さくなるのだわい」
言うと同時に、ノームは小さな彫り物のような姿で、俺の手のひらに乗った。ゴブリンの銀貨と同じくらいの大きさだ。根付のようでもある。
「あ、これってもしかして――」
フレイアが言う。極小のノームはコクコクと首を動かした。
「おぬしはわしを掴み、クジョウの腿に触れたのだわい」
「言い方!」
目的の誤解が甚だしい。フレイアは俺の腿を触ろうとしたわけでなく、ゴブリンの銀貨をポケットに入れようとしただけだ。その際、銀貨とともに木箱に入っていた小さなノームを一緒に掴んでしまったのだろう。
そして、俺が泉でジタバタしている間に、ポケットからノームを落としてしまった。それを泉の妖精が拾い、金のノームにして返してくれたというわけだ。
「でも、その前はどうしてたの? ウンディーネは呼びかけても反応がないって言ってたし、あの木箱にいたのはさっきの崩落が原因でしょ?」
宝物庫が崩落した衝撃で、木箱に偶然紛れてしまった。だとすると、その前はどこにいたのだろう。
「土の中だわい」
ノームは俺の手から降りると、元の姿に戻った。
「少し前に、大地はもっと大きな唸りを上げた。山が崩れるほどの唸りだわい。小さくなって眠っておったわしは、土に挟まれてしまってのう。あの姿では土を扱えんのだわい」
「それで身動きがとれなかったんだ……」
ノームの言う大地の唸りは、地震のことだろう。ゴブリンたちが話していた、ドラゴンが来たと思うほどの衝撃。その大地震で山は崩れ、土の中で眠っていたノームは身動きがとれなくなった。
ノームが不在の間に、ドワーフたちが崩れた山を直し、洞穴を整え、それをゴブリンたちが利用した。洞穴の抜け道を使えば、簡単に山向こうへ出られる。そしてゴブリンたちは、ケット・シー王国の入口付近でフレイアに出会った。
ノームがいれば、ゴブリンたちがここまで好き勝手することはない――ウンディーネの予想は当たっていた。土の精霊は身動きがとれず、眷属に目を光らせることができなかったのだ。
しかし、そんなことなら、小さくならずに眠った方がよいのでは。
もの言いたげな視線に気付いたのか、ノームは首を振った。
「この姿では土の子らを驚かせてしまう」
言いながら、翁は岸辺の植物と戯れる蝶を見る。土の子らは、眷属ではない。土の中にいる虫のことのようだ。
たしかに、土の中にオーラ全開の精霊が埋まっていれば、幼虫たちの心は休まらないかもしれない。だからノームは、土の精霊のくせに土を扱えない姿で眠りについているのだ。そのために自分が動けなくなろうとも。
翁は子どもに甘いねと、フレイアを振り返る。
「フレイア――?」
「……ち、ち、ち――」
「ち?」
小鳥のモノマネだろうか。なぜ急に。
「ち、違うわ! わたしはクジョウが銀貨を欲しがっていたから――ア、アンタの足に触ろうとしたわけじゃ――!」
「う、うん。分かってる、分かってる」
フレイアは真っ赤になって言った。「俺の腿に触れた」発言とまだ戦っていたようだ。
原因を作った爺さんは、ホホホと呑気な笑い声を上げた。
「わしは帰る。ゴブリンらは、坊主のところで反省して帰ってくるじゃろう」
「何があったか知ってるの?」
「お嬢さんの声は聞こえておったからのう。あの姿では、聞こえるが疎通はできんのだわい」
ウンディーネからの連絡が届いていたのなら、事の次第はすべて把握できているはずだ。
そして、サラマンダーはお坊ちゃんではなく、坊主だった。納得だ。
「クジョウよ。おぬしと小娘のおかげで助かったわい。礼にこれを授けよう」
「あ、守り石――?」
爽やかで、どこか優しい輝きを放つレモンイエロー。土の守り石だ。
「さよう。ちと、のんびりしすぎておったわい」
「え?」
「小娘には褒美でも取らせるかのう」
「いいわよ、そんなもの。ゴブリンの銀貨も取ってきたし――」
「あ、そうだ、ゴブリンの銀貨!」
俺はポケットから十枚ほどの銀貨を取り出した。ゼスタリアさんの持っていた硬貨と照合するには、一枚あれば十分だ。なによりゴブリンに迷惑を掛けられたのは、俺ではなくフレイアなのだから、この銀貨が詫びの品だとすれば、フレイアが持っているべきだ。
「俺は一枚もらえれば十分だから――」
「いいの? 遠慮しなくてもいいのよ」
「ううん。ありがとう、フレイア」
「ク、クジョウがそう言うなら……」
残りの銀貨をフレイアに渡す。
フレイアは銀貨を仕舞おうとして、何かを思い付いたように動きを止めた。そして、持っていた銀貨をすべてノームに手渡した。
「これは受け取らないわ。褒美もいらない」
「ほう。ではどうする」
「……トンガリ耳選手権をしてあげて。ピクシーとゴブリンの」
「ほっほっほ」
それはよい案だわい、とノームは満面の笑みを浮かべた。
俺も賛成だ。ピクシーたちが楽しみにしていたトンガリ耳選手権。そういえば、ゴブリンたちの耳も尖がっている。焔の奉仕作業を終えれば、ゴブリンたちも反省するだろう。その後で、ピクシーとゴブリンの仲を深めるのもよいかもしれない。
「じゃじゃ馬娘が少し成長したのう。コレのおかげか」
「だから、クジョウはコレじゃないわ!」
「うん。俺はコレじゃないよ」
「えっ」
「え?」
なぜか分からないが、フレイアはちょっと傷付いた顔になった。俺がコレではなく、クジョウであることに何か不満があるのだろうか。
「ほっほ、小娘の春は前途多難だのう。おぬしらはお嬢さんのところへ行け。わしは眷属らの見回りに行く。お嬢さんによろしくだわい」
「うん。無事に会えてよかったよ」
「世話を掛けたのう」
さらばじゃ、と声を残してノームは去っていった。
「俺たちも行こうか」
「そうね」
俺は再び橙色の炎に巻かれ、ウンディーネの森へ帰ってきたのだった。




