泉の妖精
どぼん。
「え?」
フレイアの炎で洞穴を抜け出した俺は、気が付くと水中にいた。
水の眷属は水に親和性があると分かってはいても、突然水中に投げ出されればやっぱり焦る。現状を把握しようとジタバタしている間に、ポケットの重みが少し減ったような気がした。
「クジョウ、無事!?」
「――う、うん。フレイア、ここは――」
声のする方に目を遣ると、フレイアが岸から心配そうに身を乗り出していた。
「泉よ。着地がズレてしまったわ……」
フレイアは顔を伏せた。
水辺に移動するとは言っていたが、着水するつもりはなかった。炎の準精霊が落ちれば、泉が沸騰してしまう。フレイアは間一髪、着水前に岸へ避難したようだが、俺を連れては間に合わなかったのだろう。
「ここまで来れる?」
「うん。泳ぎは得意だから」
正確には、得意になった、である。土の眷属は土の中で死ぬことはない。ということは、水の眷属である俺もまた、水の中で死ぬことはないはずだ。
そうと分かれば、泉の真ん中に放り出されても怖くはない。落ち着いて観察してみれば、フレイアのいる岸まで、それほど離れていなかった。
泉は流れもなく泳ぎやすい。数回の水掻きで、俺は岸に到着した。
重い衣服を引き摺るようにして、岸に上がる。
「すっかり濡れ鼠ね」
フレイアが落ち込んだ様子で言う。俺を水中に落としたことを気にしているようだ。
サラマンダーが去った後に、焔の名残りはなかった。炎化すると痕跡を残してしまうところや、到着地点が微妙にズレてしまうところが、妹分の課題のようだ。
しかし、フレイアがいなければ、俺は今頃ゴブリンに捕まっていただろう。
「フレイアのおかげで脱出できた。ありがとう」
「お、お礼なんて――わたしはクジョウの道案内だから」
フレイアはなぜかそっぽを向いた。頬が心なしか赤くなっているように見える。
「責任感強いよね」
道案内をやり遂げようと奮闘してくれている。弱い人間のお伴なんて面倒だろうに――まぁ、だからフレイアにとっては罰なのだろうが。
フレイアの隣でずぶ濡れのシャツの裾を絞っていると、ふわりと暖かい心地に包まれた。服も髪も一瞬でホカホカになる。フレイアの炎だ。
「ありがとう」
「え、ええ」
泉を泳いだおかげで、服についた土もきれいに落ちている。まるで洗い立てだ。むしろ水中に落としてくれてよかったのかもしれない。
「あ、そうだ」
ポケットの重みを確かめる。やはり少し軽くなっている気がした。
「ごめん。何枚か泉に落としちゃった」
「気にしなくていいわ。もらったものをどう使おうと自由だもの。でも、そういえばあのとき、銀貨以外にも何か掴んだような気がするのよね……」
木箱の中は銀貨だけが詰められていたように見えたが、置かれていた場所は宝物庫だ。銀貨以外のお宝が保管されていてもおかしくはない。
宝物庫が崩落した衝撃で、別のお宝が木箱に紛れてしまったのだろうか。
ポケットの中身を取り出してみる。ゴブリンの銀貨が十枚ほど入っていた。
「……見当たらないな。もしかして、それを落としちゃったのかも」
「そう。まぁいいわ。わたしの気のせいかもしれないし――あら」
「――えっ、なに!?」
フレイアの視線を追い、俺は目を瞬いた。
水面が発光している。
鏡が太陽光を反射しているかのごとく、泉の水面が強烈な光を放っている。
目を開けているのもやっとだ。
「眩し――!」
眩い輝きとともに、泉の中央でサラサラと水がせり上がっていく。
「……そうだわ。ここは――」
フレイアは何かを思い出したように呟いた。
「なに?」
突然何が起きているのか。戸惑う俺の視線を受け止めたのは、中央のせり上がった水――ではなく、その中から現れた妖精だった。
女神のように慈悲深い微笑みを湛えて、俺を見ている。
「ど、どちら様でしょうか」
妖精は笑顔のまま、両手を掲げた。
「人間よ」
「は、はい」
「あなたが落としたのは、この金のノームですか、それとも銀のノームですか」
「…………は?」
泉の妖精の右手には金色の、左手には銀色の爺さんが乗っていた。
ノーム――? 今、ノームって言ったか。
それは、俺たちが探している土の精霊のことだろうか。否、でも俺はノームを落としたどころか、拾った記憶もない。
フレイアは隣でポカンと口を開けている。
ノームには会いたいが、こんな金ピカ銀ピカの爺さんは多分違う。
それに、この妖精に嘘を吐くのはご法度だったはずだ。俺は正直に言った。
「どちらも違います」
そして、直後に失態を悟った。
「あなたは正直者ですね」
「――あ」
しまった。この流れはもしかして。
「あなたにはこの金のノームを差し上げましょう」
「……ええ」
いらない。
「あ、あの――」
「ごきげんよう」
金も銀もいらないから、ただのノームをくれ。
俺の訴え虚しく、人の話を聞かない妖精は、現れたときと同じ派手な演出で泉に帰っていった。
唖然とする俺とフレイア、そして金ピカに輝く小さな爺さんを残して。




