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ノームの縄張り

到着した場所は、黒い土に植物が咲き乱れる肥沃な大地だった。


「ここがノームの縄張りよ」


人型に戻ったフレイアが、橙色の巻き髪を払いながら言う。


「わたしはフレイア。アンタはクジョウだったかしら」


「うん。俺はクジョウ。よろしく、フレイア」


「……アンタ、サラマンダーお兄さまの子分なの?」


「え……いや、違うと思いたいけど……」


サラマンダーはそんなことを言っていたが、俺は了承した覚えはない。何かと縁がある――というか、振り回されていることは間違いないが、サラマンダーの眷属でもないし。


「でもお兄さまはそう言っていたわ。子分はアンタ一人だけだって」


「まぁ、頼み事をされたことはあるけど、子分では……俺の主はウンディーネだしね」


「じゃあ、アンタは子分ではないのね」


「少なくとも俺は認めてない」


「そう、それならいいのよ」


ほ、と息を吐く。俺が子分だと何かまずいことでもあるのだろうか。


「……わたしが不甲斐ないから、お兄さまは他に子分を作ったのかと思ったわ」


フレイアはサラマンダーの妹分だ。不甲斐ない自覚はあるようだが、彼女なりにその立場を全うしようとしているのだろう。それをぽっと出の人間に奪われてしまったのではと、心配していたらしい。心配しなくとも、頼まれても子分にはなりたくないが。


それに、当の兄貴分も結構なことを仕出かしている。そういう意味では、間違いなくこの二体は兄妹だ。小心者のクジョウの席はない。


「嬉しいことに」


「え?」


「いや、なんでもないよ。ちょっと心の声が……」


「いいわ。お兄さまの子分じゃないなら、仲良くしてあげる。クジョウ、よろしくね」


「あ、うん。よろしく」


打って変わって笑顔になったフレイアから差し出された手を握る。こちらの世界で握手をするのは初めてだ。炎の準精霊とはいえ、手の温度は人並みだ。


というか、柔らかい。


いやいやいや。


「思い出せ、相手はオレンジの炎、炎……」


「なにブツブツ言ってるの? クジョウは土の縄張りは初めてなのよね」


「う、うん」


クジョウの純情はちっとも成長していなかった。我ながら情けないことだが、今世中にナイアデスのお姉さんと会話はできないかもしれない。


不覚にもドキドキしてしまった心臓を鎮めようと、拳で叩く。


「うぐっ」


力加減を間違えた。


「だ、大丈夫? なにしてるの……?」


「な、何でもないよ。ごめん。フレイアは土の縄張りにはよく来るの? ゴブリンたちから相談されたってことは、仲がいいのかな」


この人間やばくない、と言いたげに俺を見ていた目がきょとんとする。あのサラマンダーが引いたフレイアに引かれるとは、俺のポテンシャルは計り知れないようだ。悪い意味で。


フレイアは首を傾げた。


「どうかしら。あの子たちに会ったのは最近よ。でも、そういえば……どうして会ったのかしら」


「え?」


「わたしがここに来るのは、ニャン太郎――ケット・シーに会うためなの。すぐそこの小道を行けば、ケット・シー王国への入口があるわ。でも、ゴブリンの棲家は離れているはずなのに」


「ゴブリンとはこのあたりで会ったの?」


「そうよ。でも変よね。ゴブリンの行動範囲はそんなに広くないはず……」


ケット・シーは黒猫の姿をした妖精だ。


彼らは二本足で歩くこともできるそうだが、人間とともにあった頃は、猫に紛れて生活していたとされ、見た目だけでは区別がつかないと言われている。ニャン太郎はさておき、フレイアの言葉どおり、ケット・シーは王国を築いているとされてきた。彼らは由緒正しき猫の王族というわけだ。


そのケット・シーの王国は、土の縄張りの中にある。フレイアはそこを訪れるために、土の縄張りに出入りしていたようだが、離れた場所に棲家を持つはずのゴブリンと、なぜか最近このあたり――ケット・シー王国への入口付近で出会ったらしい。


「それまでは一度も?」


「ないわ。ゴブリンってずる賢いところはあるけど、小心者なのよ。それに力も弱い。だから棲家から遠くへは行かないの。ニャン太郎が相手でも、あっという間に八つ裂きにされるわ」


「そ、そうなんだ」


ゴブリンの弱さはともかく、ケット・シーの強さにビビる。


「今考えると不思議だわ。あのときは、あの子たちを助けることで頭がいっぱいだったから……」


「……フレイアはゴブリンを助けたかったんだね」


ピクシーの里を襲撃した件はきちんと償いを果たすべきだが、フレイアの行動原理そのものは悪くない。フレイアは、助けを求めてきた妖精を救おうとしたのだ。サラマンダーの妹分――精霊に準ずるものとして、役割を果たそうとしたのだろう。


ただし、ゴブリンの言い分を一方的に信じてしまったことと、最初から力を行使したことはよくない。


兄貴分は眷属の偽りを見抜いたし、俺を派遣して双方の言い分を聞いた。フレイアが学ぶべきことは、まだまだたくさんありそうだ。


「とりあえず、周辺を見て回りたいんだけど、一緒にいいかな。ここによく来るフレイアなら、何かいつもと違うことに気が付けるかも」


ウンディーネはゴブリンたちの行動にも疑問を持っていた。いつもと違う出来事を追っていけば、ノームにも繋がるかもしれない。


「ええ、もちろんよ。わたしはクジョウの道案内だもの」


「ありがとう」


ピクシーの里で渋っていたのが嘘のように協力的だ。俺がサラマンダーの子分ではないと知り、すっかり警戒心が解けたようだった。この変わり身の早さ、奴と似ている。


「そもそも、ゴブリンの棲家はどの辺なの?」


「あの山の向こうのはずよ」


フレイアは前方にそびえる山を指さした。とてつもなく大きいわけではないが、低山というほど小さくもない。起き上がったドラゴンの長くらいの大きさだ。この例えが通じるのはサラマンダーくらいだろうが。


とにかく、ゴブリンがこの山を越えてやってきたのだとすれば、行動範囲が狭いというのはちょっと頷けない。フレイアの疑問ももっともだ。


俺たちはひとまず、山に向かって足を進めることにした。


「このあたりに妖精はいないのよ」


「ケット・シーも?」


「ニャン太郎は王国から出てこないの。他の妖精との接触もほとんどないわ。たまにキキーモラやレプラコーンを呼んで、服と靴を新調するくらいね」


機織りが得意なキキーモラと、靴職人のレプラコーン。


さすがは猫の王族である。身に着けるものに妥協はしないようだ。靴を履いているということは、王国の中では二本足が基本なのだろう。いや、それとも、靴を履いて四足歩行しているのだろうか。それはちょっと見てみたい。


「山を越えれば、麓がゴブリンの棲家のはずだけど、歩いて行くのは一苦労ね。でも、わたしの炎で移動したら――」


「楽だけど異変には気が付かないかも」


「そうよね……」


フレイアは溜息を吐きながら、橙色の炎を引っ込めた。


近付くにつれて、ドラゴンの長――もとい、ちょっとした山は威圧感を増す。これからこの山を越えると思えば、フレイアが溜息を吐きたくなるのも分かる。特に、普段は炎で移動している彼女にとっては、この時間がもどかしく感じるのだろう。

 

だが、そうであれば、やはりおかしい。運動不足の俺はともかく、準精霊のフレイアがうんざりするほどの道のりだ。小心者で力が弱いと評されるゴブリンたちが、歩いて来たとは思えない。


「何かのきっかけで根性を出したか」


「何のためかしら」


「うーん」


山を越えたゴブリンたちはフレイアを唆し、ピクシーの里を襲撃したが、ウンディーネの登場で一目散に逃走した。根性で山登りに挑んだにしては、お粗末すぎる筋書きだ。


「そもそも、どうしてピクシーの祭りを邪魔したんだろう」


「月の蜜を盗まれたから取り返したいと言ってたわ」


月の蜜は風の眷属にしか採れない。つまり、襲撃の理由はゴブリンの嘘だったわけだが、そこまでして月の蜜が欲しかったのだろうか。


月の蜜には、シルフィードの祝福が授けられていた。翼を持つ者は羽搏き軽く、大地を駆ける者は足取り軽く――羽根のないゴブリンが祝福を受けるとすれば、俺が試そうとしていたように、足が速くなるはずだ。ゴブリンたちは足の速さを手に入れたかったのだろうか。


「近いうちに徒競走でもあるの?」


「さぁ。聞かないわね。ゴブリンの足が速くたって、しょうがないわ」


「それならむしろ、山を越える前に欲しいくらいだよね……」


山登りの特典が登山道具一式で喜ぶのは、山登りを趣味としている人たちだろう。そうでない者を一世一代の登山に仕向けるには弱い。普段は棲家周辺からほとんど動かないゴブリンにも同様だ。足の速さと引き換えに根性を出したとは思えない。


「羽根のある妖精は喜ぶかもしれないけど、ゴブリンには宝の持ち腐れよ」


「言うね」


そのゴブリンに協力して、ピクシーの里を襲撃したとは思えない口ぶりだ。


「だって、月の蜜はゴブリンのものだと思ってたんだもの。ゴブリンが作ったものなら、シルフィードは祝福を授けないわ」


「……そっか」


ゴブリンが欲しかったのは月の蜜ではなく、シルフィードの祝福を受けたものだったとしたら。かの精霊の祝福を受ければ、風を味方にすることができる。つまり、大地を駆けるゴブリンは足が速くなることに――否、だからそれがどうしたというのだ。


ゴブリンは月の蜜を奪うために山を越えた――この考えは一旦捨てた方がよさそうだ。堂々巡りになる。


しかし。


「他の可能性が思い付かない……」


クジョウの残念なオツムでは、今のところこれ以上の可能性は思い付かない。条件が足りていないのだろうか。だとすると、やはりフレイアが頼みの綱だ。何かいつもと違うことが起きていないか。


この土地を初めて訪れた俺では、変化に気付けない。


「フレイア、何か気付いたことは――フレイア?」


姿がない。慌てて振り返ると、橙色の準精霊は数歩後ろで足を止めていた。


「どうしたの?」


フレイアは、じっと斜面の一部を見つめている。山登りを始めて少し。俺たちのいる場所は、山の二合目あたりだ。


「あれ……」


「洞穴?」


緩やかな斜面をくり抜くように、黒い穴が開いている。洞穴の入口のようだ。


「元からあったものではなさそう?」


「こんな場所に洞穴があれば、もっと妖精がいてもいいはずよ。この世界の洞穴は、たいてい妖精の棲家に繋がっているもの」


「……フレイアがこのあたりで出くわしたのは、ゴブリンだけだったよね」


山を越えて姿を現したゴブリンと、最近出現したらしい洞穴。


俺はフレイアと顔を見合わせた。


「行ってみよう」


何か繋がりがあるかもしれない。


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