表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/56

フレイアの償い

「月の蜜は風の眷属にしか採れぬ。土のゴブリンには(こしら)えられぬ代物じゃ」


「そ、それじゃあ、わたしは――」


フレイアがゴブリンたちを見る。


十体のゴブリンは仲良く一つの水輪の中で、バツが悪そうに顔を背けた。


はぁ、とウンディーネはもう一度大きな溜息を吐いた。



「そなた――精霊に準ずるものでありながら、戯言を真に受け、小さきものの祭りを破壊するとは何事じゃ。サラス! ここへまいれ!」


「――む?」



ウンディーネの叫びに応え、いつもの焔の精霊が召喚された。


呑気にあくびをしている。


ところで、フレイアは妖精ではなかったらしい。精霊に準ずるもの――妖精と精霊の中間あたりの存在だろうか。



「何の用だ、ディーネ。シルフィードの縄張りに呼び出すなど――」


「なんじゃ?」


「……いや、なんでもない」


小言の一つでも言いかけて、サラマンダーは口を噤んだ。


ウンディーネの目が笑っていないことに気が付いたらしい。意外と冴えている。


「サラマンダーお兄さま!」


「フレイア? これはどういう状況なのだ」


フレイアとウンディーネを代わる代わる見遣り、サラマンダーは口元を引き攣らせた。


何やら嫌な予感を抱いたようだ。多分正解だ。


「そなたの妹分がゴブリンの法螺(ほら)を信じ、ピクシーの祭りを台無しにしたのじゃ」


「……フレイア、それは本当か?」


「はい、サラマンダーお兄さま。ゴブリンが困っていたものですから」


「だからといって祭りを邪魔するなど――祭りは眷属にとって、我らとの結び付きを深める重要なものだぞ。それにここは焔の縄張りでもない。分かっているだろう」


「はい。もちろんですわ」


「ならばなぜ――」


「だってシルフィードだから、そんなこと気にしないと思ったの」


「……いや……気にするだろう、当然」


なんとあのサラマンダーが引いている。珍しいものを見た。


「シルフは怒り心頭じゃ」


「そのようだな」


うんざりした様子のサラマンダー。その姿は定まらない。焔の彼は風に揺らいでいた。


どうやら超局地的に暴風が吹いているようだ。シルフィードがサラマンダーに怒りをぶつけているのだろう。


「ゴブリンどもには仕置きが必要だな。我が洞窟で奉仕作業だ」


「ひいっ」


「そ、そんな、サラマンダーの親分――」


「誰が親分だ。我の子分はクジョウ一人だ。まったく、我の昼寝を邪魔しおって――」


「え、ちょっと」


誰が誰の子分だって――?


お調子者精霊の手下になったつもりはない。


サラマンダーは俺の抗議を完全に無視して、ゴブリンたちを焔の輪で縛り直した。


「連れて行くぞ」


「うむ」


悲鳴を上げるゴブリンたちを横目に、精霊たちは短く会話する。


「お、お兄さま、わたしも――!」


フレイアが焦った様子で進み出た。


ゴブリンとサラマンダーがいなくなれば、この場に彼女の味方をするものはいない。怒らせた精霊――しかも二体も――の前に置き去りにされるのは、身が竦む思いだろう。俺なら失神する。


兄妹分に縋るフレイア。しかし、サラマンダーはバッサリと切り捨てた。


「おまえは残れ。沙汰はディーネに任せる」


「そんな――!」


いくらお調子者精霊といえども、妹分がしでかした事をなかったことにするほど、甘くはないということか。自分には甘々だけど。ほとんどなかったことにしているけど。


水の眷属でないゴブリンに、あの洞窟は過酷だろう。項垂れるゴブリンたちを連れて、焔の精霊は去っていった。


「そうだクジョウ、(われ)が竈を守ったブラウニーの里が復興したぞ。近々見に来い」


去り際、そんな言葉と蒼白になったフレイアを残して。


どうやら本当に竈の火の番をしたらしい。ドラゴンの里には近付きたくないが、ブラウニーとは平和に話ができそうだ。寝たきりの婆さんも気になる。



「さて――クジョウ、そなたに頼みがある」


「ん?」



サラマンダーとゴブリンたちは去った。てっきり次は、フレイアに処分でも申し付けるのかと思いきや、俯く橙の彼女には目もくれず、ウンディーネが言った。


「土の縄張りに行ってくれぬか」


土の縄張りというと、四大精霊の一角であるノームが治めているはずだ。俺はまだ会ったことがない。


異世界探索を仕事とする以上、新しい土地へ行くのはやぶさかではないが、ウンディーネが縄張りの外におつかいを頼むのは珍しい。


「実は、ノーム翁と疎通ができぬのじゃ」


「……連絡がとれないってこと?」


精霊たちの連絡手段はよく知らないが、あちらのような電子機器を使っているわけではあるまい。


さきほどのサラマンダーは、ウンディーネの呼び声に応えてやってきたが、ウンディーネの声が焔の縄張りまで届いたとは思えない。


精霊たちの間には、思念を共有する手段があるのだろう。想像するに、テレパシーのようなものか。それを疎通と呼んでいるようだ。


ウンディーネは頷いた。


「さきほどから何度も試みておるが、反応がない。翁はのんびり屋でのう、目覚めているのか分からんのはいつものことじゃが、疎通に応えんのは初めてじゃ。それに此度のこと――いくらノーム翁でも、ゴブリンどもにここまで好き勝手させるとは思えぬ。土の縄張りで何かが起きているのかもしれぬ」


ノームの眷属であるゴブリンが、シルフィードの許可なく風の縄張りに入り、ピクシーの祭りを邪魔した。実際に攻撃したのはフレイアだが、彼女を唆したのはゴブリンたちだ。イタズラ好きで、時に卑劣なイメージもあるゴブリンだが、他の妖精相手にここまですることは珍しいようだ。


主たる精霊――ノームの存在が抑止力になっていたのだろう。


しかし、今回はその力が働かなかった。そして、ウンディーネの呼びかけにも反応がない。


「ノーム翁を探してくれぬか」


「……分かった」


「フレイア、そなたが道案内せい」


「え?」


ぽかんと口を開けたフレイアと目が合う。


「わたしが――? イヤよ! どうしてわたしが人間なんかと――」


「クジョウはわらわの眷属じゃ。文句があるのか? ならば、そなたはシルフに預けてもよいが」


「え……」


眷属の祭りを台無しにされ、怒り心頭のシルフィード。


橙色の炎は出すこともできなかった。同じ四大精霊のサラマンダーですら、姿を保てないほどの暴風だ。フレイアが立ち向かえるとは思えない。


俺の道案内として土の縄張りに同行するか、シルフィードに預けられるか。


フレイアの決断は早かった。


「い、行くわ。この人間を連れて行けばいいのね!」


「うむ」


分かればよろしい、とばかりにウンディーネは息を吐いた。


「クジョウ、すまぬ。ノーム翁との疎通なく、わらわが土の縄張りに入れば、翁の眷属どもに恐慌を来してしまうゆえ、今回は分身もつけられぬ。代わりにフレイアをつけよう」


「他の精霊が行くと怖がらせてしまうってこと?」


「ウンディーネはお堅いのよ。サラマンダーお兄さまはしょっちゅう色んなところに出入りしてるわ」


そういえばたしかに、セイレーンはサラマンダーが島によく遊びに来ると言っていた。ゴブリンもサラマンダーには「親分」と気安い口を利いていたし、逃げ出したのはウンディーネが怖かったからだろう。


以前、ウンディーネは精霊の縄張り意識について、自らを除く三精霊に「そのような慎みはない」と言っていた。


つまり、土の眷属たちは主でない精霊の来訪が怖いのではなく、ウンディーネの来訪が怖いのだ。四大精霊の中でも、特に慎み深い縄張り意識を持つウンディーネが、無断で他の縄張りに入ることはまずないから。


「そなた、よう口が挟めたのう――まぁよい。その小娘の言うことも一理ありじゃ。翁の眷属どもを怖がらせるのは本意ではない。ゆえに、精霊に準ずるこやつあたりがちょうどよいのじゃ。こやつは妖精より格は上じゃが、怖くはない」


「あぁ」


「ちょっと!」


アンタもなに納得してるのよ、と声を上げるフレイア。


ウンディーネにビビったゴブリンたちから置いていかれたことを思えば、納得の評価だ。


「そういうわけじゃ。クジョウ、悪いが頼んだぞ」


「うん。やってみるよ」


「フレイア。そなたは道中、クジョウの助けとなるよう働くのじゃ。くれぐれも役目を投げ出すでないぞ。さもなければ、分かっておるな」


激怒したシルフィードに差し出される。


再び顔色を悪くしたフレイアは、こくんこくんと高速で頷いた。


「い、行くわよ、人間!」


「うん」


怯えたフレイアの行動は早かった。


俺は、瞬時に橙色の炎と化したフレイアに呑み込まれ、すっかり魔法の解けた祭り会場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ