フレイアの償い
「月の蜜は風の眷属にしか採れぬ。土のゴブリンには拵えられぬ代物じゃ」
「そ、それじゃあ、わたしは――」
フレイアがゴブリンたちを見る。
十体のゴブリンは仲良く一つの水輪の中で、バツが悪そうに顔を背けた。
はぁ、とウンディーネはもう一度大きな溜息を吐いた。
「そなた――精霊に準ずるものでありながら、戯言を真に受け、小さきものの祭りを破壊するとは何事じゃ。サラス! ここへまいれ!」
「――む?」
ウンディーネの叫びに応え、いつもの焔の精霊が召喚された。
呑気にあくびをしている。
ところで、フレイアは妖精ではなかったらしい。精霊に準ずるもの――妖精と精霊の中間あたりの存在だろうか。
「何の用だ、ディーネ。シルフィードの縄張りに呼び出すなど――」
「なんじゃ?」
「……いや、なんでもない」
小言の一つでも言いかけて、サラマンダーは口を噤んだ。
ウンディーネの目が笑っていないことに気が付いたらしい。意外と冴えている。
「サラマンダーお兄さま!」
「フレイア? これはどういう状況なのだ」
フレイアとウンディーネを代わる代わる見遣り、サラマンダーは口元を引き攣らせた。
何やら嫌な予感を抱いたようだ。多分正解だ。
「そなたの妹分がゴブリンの法螺を信じ、ピクシーの祭りを台無しにしたのじゃ」
「……フレイア、それは本当か?」
「はい、サラマンダーお兄さま。ゴブリンが困っていたものですから」
「だからといって祭りを邪魔するなど――祭りは眷属にとって、我らとの結び付きを深める重要なものだぞ。それにここは焔の縄張りでもない。分かっているだろう」
「はい。もちろんですわ」
「ならばなぜ――」
「だってシルフィードだから、そんなこと気にしないと思ったの」
「……いや……気にするだろう、当然」
なんとあのサラマンダーが引いている。珍しいものを見た。
「シルフは怒り心頭じゃ」
「そのようだな」
うんざりした様子のサラマンダー。その姿は定まらない。焔の彼は風に揺らいでいた。
どうやら超局地的に暴風が吹いているようだ。シルフィードがサラマンダーに怒りをぶつけているのだろう。
「ゴブリンどもには仕置きが必要だな。我が洞窟で奉仕作業だ」
「ひいっ」
「そ、そんな、サラマンダーの親分――」
「誰が親分だ。我の子分はクジョウ一人だ。まったく、我の昼寝を邪魔しおって――」
「え、ちょっと」
誰が誰の子分だって――?
お調子者精霊の手下になったつもりはない。
サラマンダーは俺の抗議を完全に無視して、ゴブリンたちを焔の輪で縛り直した。
「連れて行くぞ」
「うむ」
悲鳴を上げるゴブリンたちを横目に、精霊たちは短く会話する。
「お、お兄さま、わたしも――!」
フレイアが焦った様子で進み出た。
ゴブリンとサラマンダーがいなくなれば、この場に彼女の味方をするものはいない。怒らせた精霊――しかも二体も――の前に置き去りにされるのは、身が竦む思いだろう。俺なら失神する。
兄妹分に縋るフレイア。しかし、サラマンダーはバッサリと切り捨てた。
「おまえは残れ。沙汰はディーネに任せる」
「そんな――!」
いくらお調子者精霊といえども、妹分がしでかした事をなかったことにするほど、甘くはないということか。自分には甘々だけど。ほとんどなかったことにしているけど。
水の眷属でないゴブリンに、あの洞窟は過酷だろう。項垂れるゴブリンたちを連れて、焔の精霊は去っていった。
「そうだクジョウ、我が竈を守ったブラウニーの里が復興したぞ。近々見に来い」
去り際、そんな言葉と蒼白になったフレイアを残して。
どうやら本当に竈の火の番をしたらしい。ドラゴンの里には近付きたくないが、ブラウニーとは平和に話ができそうだ。寝たきりの婆さんも気になる。
「さて――クジョウ、そなたに頼みがある」
「ん?」
サラマンダーとゴブリンたちは去った。てっきり次は、フレイアに処分でも申し付けるのかと思いきや、俯く橙の彼女には目もくれず、ウンディーネが言った。
「土の縄張りに行ってくれぬか」
土の縄張りというと、四大精霊の一角であるノームが治めているはずだ。俺はまだ会ったことがない。
異世界探索を仕事とする以上、新しい土地へ行くのはやぶさかではないが、ウンディーネが縄張りの外におつかいを頼むのは珍しい。
「実は、ノーム翁と疎通ができぬのじゃ」
「……連絡がとれないってこと?」
精霊たちの連絡手段はよく知らないが、あちらのような電子機器を使っているわけではあるまい。
さきほどのサラマンダーは、ウンディーネの呼び声に応えてやってきたが、ウンディーネの声が焔の縄張りまで届いたとは思えない。
精霊たちの間には、思念を共有する手段があるのだろう。想像するに、テレパシーのようなものか。それを疎通と呼んでいるようだ。
ウンディーネは頷いた。
「さきほどから何度も試みておるが、反応がない。翁はのんびり屋でのう、目覚めているのか分からんのはいつものことじゃが、疎通に応えんのは初めてじゃ。それに此度のこと――いくらノーム翁でも、ゴブリンどもにここまで好き勝手させるとは思えぬ。土の縄張りで何かが起きているのかもしれぬ」
ノームの眷属であるゴブリンが、シルフィードの許可なく風の縄張りに入り、ピクシーの祭りを邪魔した。実際に攻撃したのはフレイアだが、彼女を唆したのはゴブリンたちだ。イタズラ好きで、時に卑劣なイメージもあるゴブリンだが、他の妖精相手にここまですることは珍しいようだ。
主たる精霊――ノームの存在が抑止力になっていたのだろう。
しかし、今回はその力が働かなかった。そして、ウンディーネの呼びかけにも反応がない。
「ノーム翁を探してくれぬか」
「……分かった」
「フレイア、そなたが道案内せい」
「え?」
ぽかんと口を開けたフレイアと目が合う。
「わたしが――? イヤよ! どうしてわたしが人間なんかと――」
「クジョウはわらわの眷属じゃ。文句があるのか? ならば、そなたはシルフに預けてもよいが」
「え……」
眷属の祭りを台無しにされ、怒り心頭のシルフィード。
橙色の炎は出すこともできなかった。同じ四大精霊のサラマンダーですら、姿を保てないほどの暴風だ。フレイアが立ち向かえるとは思えない。
俺の道案内として土の縄張りに同行するか、シルフィードに預けられるか。
フレイアの決断は早かった。
「い、行くわ。この人間を連れて行けばいいのね!」
「うむ」
分かればよろしい、とばかりにウンディーネは息を吐いた。
「クジョウ、すまぬ。ノーム翁との疎通なく、わらわが土の縄張りに入れば、翁の眷属どもに恐慌を来してしまうゆえ、今回は分身もつけられぬ。代わりにフレイアをつけよう」
「他の精霊が行くと怖がらせてしまうってこと?」
「ウンディーネはお堅いのよ。サラマンダーお兄さまはしょっちゅう色んなところに出入りしてるわ」
そういえばたしかに、セイレーンはサラマンダーが島によく遊びに来ると言っていた。ゴブリンもサラマンダーには「親分」と気安い口を利いていたし、逃げ出したのはウンディーネが怖かったからだろう。
以前、ウンディーネは精霊の縄張り意識について、自らを除く三精霊に「そのような慎みはない」と言っていた。
つまり、土の眷属たちは主でない精霊の来訪が怖いのではなく、ウンディーネの来訪が怖いのだ。四大精霊の中でも、特に慎み深い縄張り意識を持つウンディーネが、無断で他の縄張りに入ることはまずないから。
「そなた、よう口が挟めたのう――まぁよい。その小娘の言うことも一理ありじゃ。翁の眷属どもを怖がらせるのは本意ではない。ゆえに、精霊に準ずるこやつあたりがちょうどよいのじゃ。こやつは妖精より格は上じゃが、怖くはない」
「あぁ」
「ちょっと!」
アンタもなに納得してるのよ、と声を上げるフレイア。
ウンディーネにビビったゴブリンたちから置いていかれたことを思えば、納得の評価だ。
「そういうわけじゃ。クジョウ、悪いが頼んだぞ」
「うん。やってみるよ」
「フレイア。そなたは道中、クジョウの助けとなるよう働くのじゃ。くれぐれも役目を投げ出すでないぞ。さもなければ、分かっておるな」
激怒したシルフィードに差し出される。
再び顔色を悪くしたフレイアは、こくんこくんと高速で頷いた。
「い、行くわよ、人間!」
「うん」
怯えたフレイアの行動は早かった。
俺は、瞬時に橙色の炎と化したフレイアに呑み込まれ、すっかり魔法の解けた祭り会場を後にした。




