望まれざる客
「さぁ、盗んだものを返しなさい」
「あっ。大切な木が燃えちゃうよ――!」
「ひどい! 今日はお祭りなのに!」
「里がめちゃくちゃになっちゃうよ!」
「あれは……ゴブリン?」
里の裏手では、群れを成した十体ほどの妖精が釣り上がった目をギラつかせて、ピクシーと対峙していた。尖った耳、潰れた鼻、小柄な体躯。ピクシーと同じく、イタズラ好きで知られるゴブリンだ。
ピクシーたちの反応から見て、ゴブリンが祭りに招待された様子はない。それどころか、望まれざる闖入者には、悪意がありそうにすら見える。祭りを台無しにしようとしているようだ。
「アンタたちが泥棒するからいけないのよ。さっさとこの子たちに盗んだものを返して!」
ゴブリンたちの中央から、少し舌足らずの幼い声が飛ぶ。
橙色の髪をした一人の少女が立っていた。胸を張って威勢よくピクシーを怒鳴りつけている。
どうやら彼女も闖入者の一味――そして、彼女がゴブリンを率いているようだ。
「……それにしてもひどい」
里の裏手は酷い有様だった。
橙色の炎は、里に掛けられた魔法を破壊しただけでなく、木々や花までも焼こうとしていた。雨の少ない風の縄張りに根を張り、逞しく生きてきた命が、無残にも燃やされようとしている。
ピクシーたちは不安げに周囲を飛び回っているが、燃えていく植物を前に成す術がない。幸いにも、火傷を負ったピクシーはいないようだが、これでは祭りどころか、里が破壊されてしまう勢いだ。
「こいつら、月の蜜を隠してやがるんだ」
「フレイア様、あっちも燃やしちまいやしょうぜ」
「オレたちのものを取り返してくださいや」
「あっち? いいわ。燃やせばいいのね」
フレイアと呼ばれた妖精は、躊躇うことなく炎を出現させた。まるで芋でも焼くくらいの気軽さだ。
冗談じゃない。これ以上の炎は怪我をする者が出る。
「やめろ!」
俺は咄嗟に声を張り上げた。
「なによ、アンタ」
「招待客だよ。頼むから、その手の炎を消してくれないか。今日はお祭りなんだ――ピクシーたちの愉しみを奪うのはよしてほしい」
「は? アンタ人間でしょ。祭りの何を知ってるのよ」
「それは――」
正直なところ、よく知らない。妖精の祭りに招かれたのも、ピクシーと会話をしたのすら、俺にとっては今日が初めてだ。
しかし、おいしいお菓子や酒を用意し、招待状を送ってくれたピクシーの気持ちは理解している。
祭りを楽しんでほしい――否、一緒に楽しみたいという気持ち。
「……と」
「と?」
「トンガリ耳選手権とか……」
沈黙が流れる。
フレイアもゴブリンも固まっていた。
ボロ糸交換会の方がよかったか。
「――そうだ、そうだ!」
「クジョウの言うとおりだ!」
「え……」
「この日のために耳をトンガらせてきたんだぞ!」
「楽しみにしてたのに!」
ブー、とピクシーたちが一斉に唇を鳴らす。大ブーイングが起こった。
「そんな……」
フレイアは目を見開いた。
「……トンガリ耳選手権をするつもりだったの……!?」
なんてことをしてしまったの――と、呆然とした表情で呟く。
え、そんなに?
何だかよく分からないが、トンガリ耳選手権は、妖精にとって大きな意義を持つようだ。
「ボロ糸交換会も」
「そう……」
そっちはあんまりだった。
「フレイア様、しっかりしてくだせえ」
「こいつらのしたことを思い出してくださいよ」
「たしかにトンガリ耳選手権は残念ですがね……」
「そ、そうね……ピクシーは盗みを働いたんだもの!」
フレイアは炎を纏った手を里の中央に向けた。
「やめろ!」
そこには、裏手の炎から避難したピクシーたちがいる。
「うるさいわね! アンタには関係ないでしょ。ピクシーが悪いのよ」
フレイアが手を振り上げる。
ピクシーたちは橙色の炎に巻かれ――なかった。
「え……?」
ぽす、と何やら情けない音とともに、フレイアの手から炎が消えた。
「どうなってるの……?」
えい、えい、とフレイアは何度も手のひらを翳す。
炎を出そうと試みているようだが、現れた炎は例の音を立てて、なぜかすぐに消えていく。
「シルフィードの仕業じゃ」
いつの間にか俺の隣に来ていたウンディーネが、呆れ顔で言った。
「火を強めるも弱めるも風次第ゆえ」
眷属の祭りを台無しにされれば、いくら気まぐれなシルフィードでも黙ってはいない。
「さて――フレイア!」
「げっ。ウンディーネ――!?」
怒りを帯びたウンディーネの咆哮は凄まじかった。
たった一言名前を呼んだだけで、その場の全員が感電したかのようにビリビリと痺れ、里を襲った炎は瞬時に消え失せた。
「な、なんであなたがここにいるのよ!?」
「わらわは祭りに招待されたのじゃ。そなたこそ何をしておる」
「わ、わたしはこの子たちに相談されて――そうよ、ピクシーはゴブリンから月の蜜を盗んだのよ! だから取り返しに来たんじゃないの」
「……ほう」
ピクシーがゴブリンから盗みを働いた――?
月の蜜は、祭りのために用意されたお菓子だったはずだ。盗んで手に入れたものを招待客に配るだろうか。それに、祭りのお菓子は主たる精霊の祝福を受ける。他の妖精から盗んだものに、シルフィードが祝福を授けたというのか。
「それでそなたは、哀れなゴブリンのために立ち上がったというわけか」
「そうよ! みんな困っていたもの」
「みんなとはあやつらのことかの」
「え……?」
フレイアはウンディーネの指す方向に目を遣り、唖然とした表情を浮かべた。
ゴブリンたちがそそくさと逃げている。
「ちょっと、みんな――どうして逃げるのよ! ねぇ!」
ウンディーネは溜息を吐いた。
「心配せんでも誰も逃がさぬ」
逃げるゴブリンに向かって、大精霊は水の輪を飛ばした。投げられた輪はだんだんと大きくなり、一体残らずゴブリンを内側に捉えると、瞬時に収縮し戻ってきた。
捕らえたゴブリンたちを連れて。




