ビックリ箱の魔法
ウンディーネに促された先には、三つの切り株があった。
大きな切り株を挟むようにして、小ぶりな切り株が二つ、ちょうどよい塩梅に並んでいる。俺たちは大きな切り株をテーブルに見立て、小さな切り株にそれぞれ腰を下ろした。
「見よ、クジョウ」
「ん?」
ウンディーネが指さす方向には、水玉模様のキノコが群生していた。いかにも妖精の里らしい、メルヘンチックなキノコだ。
「あ……」
そのキノコが、見る見るうちに大きさを変えていく。半球型のキノコのかさが膨れ上がる。巨大なキノコは、背伸びをするように上方へ伸びあがり、そして、地面から脱出した。空気を詰め込んだように丸く張った大きなかさが、風船のように次々と舞い上がっていく。
そこへ、イタズラ好きのピクシーが、今まさに飛び立たんとするキノコに舞い降りた。大きなかさの上でぴょんぴょんと跳ね回ると、キノコは抗議するかのように胞子を放出した。ドングリ、ガラス玉、キャンディーと、胞子は次々と形を変える。最後は蝶となり、一斉に羽搏いていった。
その横では、黒蜘蛛に魔法が掛かった。蜘蛛はピクシーカラーの緑色に変化すると、上下逆さまに脚をひっくり返した。ツルツルと樹から落下し、キノコ風船に着地を決める。キノコ風船は蜘蛛を乗せ、ふわりと空へ舞い上がっていった。
「あれが魔法? すごいね」
祭りの間は、ピクシーの里全体にビックリ箱の魔法が掛かる。何が起きるか分からないが、イタズラ好きのピクシーらしい、微笑ましい魔法のようだ。
「ほれ、そなたにも」
「……ほんとだ」
言われて気付いた。服装が変わっている。俺はピクシーと同じ格好をしていた。
頭には帽子まで被っている。残念ながら羽根はないが。
「靴は変わっておらぬがな」
「あ、そういえば」
「ピクシーの靴はレプラコーンが仕立てたものじゃ。奴は少々ケチでな、品物は必ずお代と引き換えじゃ。ゆえにピクシーの魔法では、そなたの靴を仕立てられなかったのじゃろう」
「なるほど」
レプラコーンは妖精界の靴屋さんだ。妖精のために靴を仕立てたり、修理したりするという。そして、その代金をたくさん貯め込んでいるとも伝えられている。
靴が変わっていないのは残念だが、衣服だけでも十分雰囲気は出る。
「なかなか似合っておるぞ」
「そう……?」
この歳で妖精の衣装を纏うのはちょっと恥ずかしい気もするが、この場所ではこれがドレスコードだ。考えてみれば、可愛らしいピクシーの里に、野暮ったいTシャツとズボンで来るのは失礼だったかもしれない。
俺は反省し、ちょっと胸を張った。
ウンディーネに似合ってるって言われたし。
クジョウは単純な男だった。
「じゃが、その色はダメじゃ。そなたはわらわの眷属ゆえ」
「え?」
えい、とウンディーネが腕を振る。ピクシーとお揃いの緑は、瞬く間に、深みのある青色に変わった。
青はウンディーネの色だ。
「そなたにはその方が似合っておる」
「あ、ありがとう」
「どうじゃ。わらわも似合っておるかの」
つんつん、とウンディーネが自身の帽子を突く。いつの間にか、ウンディーネも青色の帽子を被っていた。
何だか普段よりも幼い。とんがり帽子がお転婆のように見せているのだろうか。美しさの象徴のようなウンディーネが可愛らしく見えるなんて。それに、美貌の精霊に似合わないものなどきっとないだろうに、わざわざ聞いてくるあたりもちょっとかわいい。
「うん。すごく似合ってる」
「そうじゃろう」
ふふん、と機嫌よく鼻を鳴らすと、ウンディーネはお菓子を手に取った。照れ隠しのように見えなくもない。
包み紙を開き、中身を頬張る。俺も続いた。
「月の蜜じゃな。よい甘さじゃ」
「うん、おいしい」
べっこう飴のように輝くお菓子は、口に入れた瞬間に蜜状に変化した。粘つきもなく、すっきりとした甘さでおいしい。
月の蜜の採取方法は見当もつかないが、おそらくあちらの世界には存在しないものだろう。月からどうやって――と、上空を見上げていると、ウンディーネが嬉しそうな声を上げた。
「これじゃ、これ」
「いつの間に……」
少し目を離した隙に、切り株テーブルに二脚のグラスが用意されていた。傍らには芳醇な香りを放つ葡萄色の液体――ウンディーネが心待ちにしていた酒もある。
嬉々として酒を注いだウンディーネは、グラス片手に上機嫌で言った。
「クジョウ、ちとそこを駆けてみよ」
「はい?」
なんだ、その女王様のような指示は。
酒好きとは聞いていたが、まさか飲むと嗜虐的になるタイプか。それはまずい。精霊の良心たるウンディーネを止められる者など、この世に存在しない。同格のサラマンダーでも多分無理だ。むしろ、無茶ぶりを真剣に検討する姿しか想像できない。
ほら、あの方ちょっとピュアだから。
「……あれ」
しかし、俺の目が正しければ、グラスの液体は一ミリも減っていないように見える。つまり、ウンディーネはまだ一滴も酒を口にしていない。
「そなた、何か失礼なことを考えておらぬか」
「え」
「わらわはまだ酔ってなどおらぬ。よいか、クジョウ。祭りの菓子は主たる精霊の祝福を受けておる。そなたが食ろうた月の蜜もそうじゃ。シルフの力を試してみよと言っておるのじゃ」
「……シルフィードの力で――走るの?」
くるくるとグラスを回しながら、ウンディーネは頷いた。葡萄色の液体が揺れる。
「風を味方につけるゆえ――翼を持つ者は羽搏き軽く、大地を駆ける者は足取り軽くじゃ。そなたも身軽になっておるはず」
「へぇ」
「そなた、契約の儀ではがっかりしておったじゃろう。肉体の脆いそなたに力を授けることはできぬが、貸すことはできる。祝福ならば負担もないはずじゃ」
「……気にしてくれてたんだ」
たしかに俺は契約を結んだ際、自分も魔法のような力が使えるのではと、少々浮かれ気分だった。その後すぐに現実を知り、地に足がついていなかった自分を戒めたものだ。
ウンディーネは、そのことを覚えていたらしい。俺は思った。
ちゃんと眷属のことを考えている――!(二回目)
「ちょっと試してみようかな」
足の速さに大して自信もないクジョウが、シルフィードの力でどこまで走れるのか。
「うむ」
やってみい、やってみいと大精霊。好物の酒を片手に上機嫌だ。ちなみにまだ一滴も煽っていない。どうやらクジョウの小走りを肴にすると決めたらしい。それなら、ちゃんと眷属のことを考えている主のためにも、ピクシーの里を一周でもしてみせよう。
そうして、俺が短い足を踏み出し、ウンディーネがグラスを口元に運んだ、そのとき。
ドゴォオン。
衝撃とともに、破壊音が轟いた。
「え――」
まさか、クジョウの――シルフィ―ドの力を宿した黄金の左足が火を吹いたのか。
ぎょっとしてウンディーネを見ると、大精霊は険しい顔で里の裏手を見ていた。
「すごい音だったけど……これもビックリ箱の魔法なの?」
「――否、これは魔法ではない」
「大変だ、大変だ!」
ピクシーたちが慌てた様子で飛び回っている。明らかに何か、想定外のよくないことが起きていた。害のない愉快な魔法の仕業には、とても見えない。
ウンディーネの視線を追う。揺らぐ橙色――裏手からは火の手が上がっていた。
「クジョウ、様子を見てまいれ」
「うん……」
気付けば俺の格好は元に戻っていた。周囲の様子も、すっかり魔法が解けた後だ。しかし、俺が急に肌寒さを覚えたのは、元の服装が薄着だったからではない。後ろにいるウンディーネが、氷点下のオーラを放っているからだ。
多分、ものすごく怒っている。




