祭りへの招待
「待っておったぞ、クジョウ」
「あ、ごめん――心配かけたよね」
マダム・タッソーが『今すぐカエルくん』の力で、人間の世界に行ってしまうのでは――。
前回、俺はその懸念を抱いた状態で帰還した。帰還後、ヴェスパとメノウに出会い、懸念は払拭されたが、ウンディーネはまだその話を知らない。
俺の渡航を待ち侘びていたかのような出迎えに、さぞ心配してくれたのだろうと応じると、予想に反して大精霊は首を傾げた。
「何の話じゃ」
「ほら、マダムがあっちの世界に行っちゃうかもって――」
「それなら心配などしておらぬ。言ったであろう、あれは陸では無力じゃと。来てしまったとて、送り返せばよいだけじゃ。それにその様子では、あれにけろけろは使えぬようじゃのう」
「うん。『今すぐカエルくん』はネスタ社の――あっちから来た人間にしか使えないみたい」
「そうか」
ウンディーネは頷き、ふと思い出したように、呆れ顔で笑った。
「そういえば、ケルピーは湖面の月をセイレーンに贈ったようじゃ」
「じゃあ、二人は無事に――?」
「うむ。ようやっと婚姻が認められたらしい」
そもそもは、主たる精霊のウンディーネが婚姻を認めた以上、それで解決していた話なのだ。強力な伏兵――小姑のお姉様方による横槍で、愛の試練が追加されてしまったけれど。
だが、異種族間の婚姻は珍しいというし、お姉様方の行動も、大切な仲間を想ってのことと思えば、恨むことはできない。当事者のケルピーは、胃が痛かっただろうが。
「よかった」
「今すぐカエルくん」を手放した甲斐があった。
「クジョウのおかげじゃの」
「いや、俺というか――」
「今すぐカエルくん」を製作した同僚たち――特に、マダムの気を引くデザインを考案したランドル先輩のおかげだ。
「そんなそなたによい知らせじゃ」
これを見よ、とウンディーネは俺の眼前に指先を突き出した。
「……羽根?」
「ピクシーのものじゃ」
透き通った二枚の羽根。
ドライアドの木々が陽光を遮っているおかげで、かろうじて姿を捉えることができた。明るい陽射しの下では、あまりにも透明すぎて見えないだろう。
「ピクシーの?」
ピクシーとは、最初の渡航でワイバーンに絡まっているのを助けたきりだ。その後、俺はウンディーネの眷属となり、その縄張り周辺――併せて、なぜかお調子者精霊君の縄張り――にいるため、ピクシーに会う機会はなかった。
ピクシーはシルフィードの眷属と聞いている。なぜ、ウンディーネがその羽根を持っているのか。また何かに巻き込まれてしまったのだろうか。
「安心せよ。これは古い羽根が自然に抜け落ちたものじゃ」
「なんでウンディーネのところに?」
「招待状じゃ」
「え?」
「クジョウ、そなたはピクシーの祭りに招待されたのじゃ」
俺が妖精のお祭りに――?
「ワイバーンの礼じゃろう」
「お礼ならもう守り石を――」
妖精との関係において大切なのは、貸し借りを繰り越さないことだ。ワイバーンから助けたお礼なら、既に守り石をもらっている。これ以上は貸しを作ることになってしまう。
だが、ウンディーネは頷かなかった。
「それは主たるシルフィードからの礼じゃ。そなた、ピクシーとは言葉を交わしていまい」
「うん――あのときはまだ、ウンディーネと契約してなかったから――」
俺が妖精の言葉を理解できるようになったのは、ウンディーネと契約してから――最初に会話をしたのは、セイレーンのお姉様方だ。ピクシーの言葉はまだ、チチチと可愛らしい鳴き声にしか聞こえていなかった。たしかに、今ならピクシーと言葉を交わすこともできる。
だが、礼を言われるだけならともかく、祭りへの招待とは――。
「こういうのって、もらい過ぎるのもよくないと思ってたんだけど――」
「そうじゃの。返せぬほどの恩を与えて人間を破滅させるものもおる」
闇金業者のような妖精である。お近付きになりたくない。
「しかし、そなたはまだピクシーから礼をもらっておらぬ。これを受けねば、借りを返す機会を奪うことになるぞ」
「そっか」
「精霊のすることは考えずともよい。我らは『ぷらすあるふあ』というやつじゃ。単に好き嫌いでちょっかいを出すこともある」
貸し借りに敏感な妖精とは異なり、精霊たちは気まぐれで、気に入った者には施しを与えることもある。そして、その恩に報いることを必ずしも求めない。精霊は妖精や人間よりも上位の存在だ。彼らと対等であろうとすることは、恐れ多いことなのだろう。
つまり、俺はピクシーとの貸し借りだけを考えればいい。シルフィードからもらった石はプラスα、計算に含める必要はないということだ。
一つ気になるのは、ウンディーネの語彙力である。『ろみじゅり』を知らず、むくれていたサラマンダーにも――否、宇宙人を知らないアリシアさんにも分けてあげたい。
「どうじゃ、招待を受ける気になったか?」
「うん。ピクシーの祭りってどんなだろう」
ドラゴンは長が交代する際、代替わりを寿ぐ祭典をすると言っていた。誇りを重んじる彼らの祭典は、きっと豪華で格式高いものなのだろう。
では、あの可愛らしいピクシーの祭りはどのようなものなのか。
「ウンディーネは知って――る……?」
俺は思わず後退った。
何だかウンディーネの様子がおかしい。宝石のような瞳がいつにも増して輝いている。
「もちろんじゃ。ピクシーはイタズラ好きの妖精ゆえ、祭りの間は里にビックリ箱の魔法が掛けられておる。何が起こるかは誰にも分からぬが、害のない愉快な魔法じゃ。そなたも楽しみにしておるといい」
「へぇ」
「菓子もでる。そして何より、酒がうまい」
「へぇ……」
「ボロ糸交換会と、トンガリ耳選手権もあるぞ」
「へぇ……?」
「さぁクジョウ、そうと決まれば出発じゃ」
「え、もう?」
やはり勘違いではない。いつも冷静なウンディーネが何だかウキウキしている。
「でも俺、ピクシーの里知らないよ」
いつも道案内をしてくれる水の子が今日はいない。シルフィードの縄張りに入るのに、ウンディーネの分身は連れていけないということだろうか。
「心配無用じゃ」
ウンディーネは輝く瞳で、再び指先を突き出した。
祭りへの招待状――ピクシーの羽根は二枚ある。
「わらわも行く。楽しみじゃのう――」
酒が、と呟く大精霊の声を遠くに、俺の身体は水流と化した主に呑み込まれていった。




