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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第五章 クジョウ、ラボメンバーに会う
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もう一人の渡航経験者

「メノウは経験者だぜ」


「え!?」


「……うん、でも俺は何もしてないから……」


クジョウの想像とは違うよ、とメノウは顔を伏せた。


「いや、そんな――」


「本当なんだ。本当に俺は何も――いや、むしろ――」


「やめようぜ」


メノウの言葉を遮り、ヴェスパがニカッと八重歯を見せた。


「わりぃ、オレが変な空気にしちまった」


もう一人の渡航経験者はメノウだった。


だが、同じ異世界渡航者として体験を共有するどころか、メノウはその話をしたくない様子だ。俺が初めて渡航した日、キリハラさんは先行者の記録について、「あまり参考にならない」と言った。ランドル先輩のそれは解読が難しいという意味だとして、もう一人のメノウについては、どういう意味だったのだろう。


メノウの渡航記録はもらっていない。詳しいことは分からないが、メノウの反応からすると、今は触れない方がよさそうだ。


「オレは向こうに行ったことがない――でも、装置を作ったことは変わらないだろ? それにクジョウの心配事はなくなったんだ。とりあえずよかったじゃねぇか」


「う、うん。それは本当によかった。ありがとう」


「メノウもそう思うだろ」


「……うん」


メノウがあちらでどんな体験をしたにせよ、渡航したことは事実だ。渡航経験のないヴェスパとは違う。


そしてもちろん、そのことはヴェスパが「今すぐカエルくん」を製作した事実をなかったことにはしない。渡航経験がないことについて、ヴェスパが本当に引け目を感じているとは思わないが、彼女にそう言われてしまえば、これ以上その話を続けるのは失礼だ。


メノウもヴェスパの気持ちを汲んだようで、話題を変えた。


「――ところで、クジョウはまたあっちに行くでしょ。帰還装置は持ってるの?」


「え――いや、今すぐカエルくんはマダム・タッソーに渡しちゃったから……」


手元にはない。マダムの棲家に行けば使わせてくれるかもしれないが、ワイバーンの火球のような非常事態には間に合わないだろう。


「は? 渡したっつっても、一つだけだろ?」


「え?」


「やっぱり……」


戸惑う俺と溜息を吐くメノウを見比べ、ヴェスパは眉間に皺を寄せた。


「なんだよメノウ、どういうことだ?」


「一つしかもらってないんだろ。それでその一つを妖精に渡したから、クジョウの手持ちはゼロってことだよ」


ヴェスパが勢いよくこちらを見た。


「はぁ!? じゃあどうやって帰ってきたんだよ」


「時間が経つのを待ってた。ていっても、待ち時間はほとんど――」


「チッ」


皆まで聞かず、ヴェスパは盛大に舌打ちをした。


「帰還装置はエマージェンシー想定だぜ? なんで予備も渡してないんだよ。故障したら困るだろ」


「え――予備あるの?」


「あるに決まってんだろ! ちょっと待ってろ」


ヴェスパは肩を怒らせて自室に戻った。


扉の向こうから、ガチャガチャと無機物同士がぶつかり合う音と、「これじゃねぇ。これ――はイグアナか。ランドルのデザインは生き物ばっかだな」と大きめの独り言が聞こえた。たしかに、以前キリハラさんを狙っていた「はっちん」もミツバチ型だった。


「――あったあった。クジョウ!」


バン。強めに開いた扉から、「今すぐカエルくん」片手にヴェスパが飛び出してきた。


「持ってけ。備えは万全にしとけよ――渡航するなら帰還装置は二つだ。いいか、予備なしで異世界なんて無茶な真似すんなよ」


「は、はい」


なぜか俺が怒られているが、俺の身を案じているのが伝わり、悪い気はしない。俺はヴェスパから差し出された今すぐカエルくん二つを素直に受け取った。


「ヴェスパのアドバイスには俺も賛成」


鼻息荒いヴェスパとは対照的に、メノウはやれやれと肩を竦めた。


「帰還装置は予備も持っておいた方がいい。ランドルはまだ若いから、そのあたりの指導も必要かな」


「……若いというか」


幼児だし。


自分の経験を踏まえて帰還装置を授けてくれただけでもすごい。並の幼児にできることではない。


「つーか、アリシアだな。次会ったらキリハラに言っとくぜ。クジョウを危険に晒したってな」


「いや、そこまでは――」


「今すぐカエルくん」一つでも十分心強かったし、ケルピーの願いを叶えることもできた。ランドル先輩はもちろん、アリシアさんにも感謝しかない。なんといってもアリシアさんは俺に職を与えてくれた恩人だ。彼女を恨む気持ちなど微塵もない。


「いいんだよ。アリシアはランドルの保護者代わりなんだから。ランドルを一人前の研究者に育てなきゃならねぇんだ」


「え――」


「クジョウの心配は分かるよ。自分が一人前じゃないアリシアに務まるのかってことでしょ」


「いやいやいや」


「大丈夫、キリハラがいるから」


メノウはなかなかに失礼なことを淡々とした声色で、しかし鬼の形相で言った。なんだか騙し絵を見ている気分だ。脳がバグりそう。一刻も早く彼に眼鏡を与えてほしい。


そして俺は、アリシアさんに対してそんなこと思ってもいないし、キリハラさんの仕事はまた増えた。


それにしても、アリシアさんがランドル先輩の保護者代わりとは知らなかった。俺は初日に耐性がついたようで、ネスタ社の個性強めな面々をわりとすんなり受け入れていたが、やはりランドル先輩が会社に所属しているのはおかしなことだろう。考えてみれば当然の話だが、何か事情があるようだ。


「知りたいことは聞けた? 用が済んだなら俺は戻るけど」


「あ、うん。突然ごめん。助かったよ。ありがとう」


「おう。みそラーメン、さんきゅーな――作り方をキリハラに伝えといてくれ。また何かあったら言えよ。部屋は覚えただろ? ランドルはねんねじゃなきゃノックで出てくるし、メノウのドアは蹴れば開く」


「ちょっと」


「いや、大丈夫。蹴らないから」


最後に言いたいことを言ったヴェスパは不満気なメノウを残して、一人さっさと自室に戻っていった。その姿を見送ったメノウは、溜息を吐きながら自室のドアノブに手をかける。


「ヴェスパは飯で釣れば出てくるから」


「なるほど……」


引き揚げ際にボソリと呟き、メノウは金髪娘の襲来を受けたドアの向こうに消えていった。


そして、共有スペースには再び俺一人となった。


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