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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第五章 クジョウ、ラボメンバーに会う
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ヴェスパ

興奮冷めやらぬ様子で出てきた小柄な少女は、目をまん丸にして俺を見ている。


ランドル先輩よりは年上――初等部くらいだろうか。

肩口でざっくりと切られた金髪がよく似合うボーイッシュな印象の彼女は、一人納得した様子で頷いた。


「おまえ新しい奴だな。わりぃ。てっきりキリハラだと思って、飯作らせちまった」


「いや、気に入ってもらえたみたいで――」


「すげぇうまかった! キリハラのは、いつもちょっと微妙なんだ。まぁ、文句は言わねぇけど」


作ってもらう手前なと、少女は八重歯を覗かせて笑った。キリハラさんは一体いくつの仕事を掛け持ちしているのだろうか。


「オレはヴェスパ。おまえは?」


「俺はクジョウ――です」


「クジョウか。敬語はなしだぜ。よろしくな」


「分かった。よろしく、ヴェスパ」 


差し出された華奢な拳に俺のを合わせると、ヴェスパは気前よく笑った。


「そういや、クジョウはキリハラに用があんのか? その辺でゴソゴソやってただろ。それでキリハラが帰ってきたのかと思ったんだ」


「いや、探しているのはキリハラさんじゃなくて――ランドル先輩なんだ」


「ランドル? ランドルの部屋はそっちだぜ」


そっち、とヴェスパは中央の扉を挟んで左側を指差した。


「アリシアの隣だ」


「あぁ――ありがとう。実は研究室の場所が分からなくて困っていたんだ。ちょっと急ぎの用があって――ランドル先輩はいるかな」


「いるにはいるが、今は無理だぜ」


「え……」


ヴェスパはちらりと壁掛けのデジタル時計に目を遣り、首を振った。


「ねんねの時間だ」


「……そうだった――!」


そんな馬鹿な。

キリハラさんがそう言い残して活動を停止したあの時間だ。


ランドル先輩の勤務時間には一日一回、やむを得ない理由による職務専念義務免除――ねんねが含まれている。


「……起きるまで待つよ」


ねんねを邪魔することは、ランドル先輩の健やかな成長の妨げ――権利侵害である。この聖域を侵すことは何人たりとも許されない。たとえ触手の人魚の襲来が迫っていようとも。


とはいえ、なにも一日寝続けるわけではない。せいぜい二、三時間くらい気長に待とうではないか。


そういえば、帰還してからまだ腰を下ろしてもいない。せっかく給湯器を見つけたのだ。コーヒーでも淹れて、猫足くんに落ち着くとするか。


「……ランドルに何の用だ?」


トントン。立ちっぱなしの腰を労ったところで、下からヴェスパが言った。少し声色が硬くなったように聞こえたが、気のせいだろうか。


「『今すぐカエルくん』について教えてもらいたいことがあるんだ」


「カエル? 帰還装置のことか? あれがどうした」


「……実は」


どうせ報告書には書かなければならないことだ。黙っているわけにもいかない。俺は一瞬躊躇ったが、ヴェスパに事情を話すことにした。


「『今すぐカエルくん』をマダム・タッソーに――あちらの世界で妖精に渡してしまって……」


ヴェスパの表情を伺う。


大変なことを仕出かしやがってと呆れるか、慌てるか――しかし、予想に反してヴェスパはあっさりと言ったのだった。


「問題ねぇよ。心配すんな」


「……え?」


「そのマダムなんとかがこっちに来ることはない」


「ヴェスパはカエルくんの仕組み知ってるの!?」


「知ってるも何も――」


きょとんとした顔で言う。


「あれはオレたち三人の合作だぜ」


「え……三人?」


「オレとランドルとメノウだ。あぁ、メノウはその部屋な」


ヴェスパは親指で自身の右隣の部屋を指した。それから思い付いたように、今度は反時計回りにラボを見渡した。


「こっちがキリハラで、真ん中挟んでアリシア、ランドル、サザモフのおっさんだ。ま、おっさんはフィールドワークってのに行ったきり、ずっと帰ってきてねぇけどな」


「そうなんだ……」


「専門は動物学って言ってたか――隣国に行ってる。あっちは戦やってるだろ? 行くのも戻るのも一苦労だろうよ」


オレも一回しか会ったことねぇや、とヴェスパは続けた。


ヴェスパが一度しか会ったことがないのなら、俺が入社したときにはもう調査に出掛けていた可能性が高い。サザモフさんに関しては、ノック以前に挨拶できなくて当然だったようだ。


それにしても動物学が専門なら、ぜひ一度マダム・タッソーに会ってもらいたい。人魚の尾ヒレが触手に変わるなんてありなのか。いや、それでいうと人間の足になるのも一緒か――否、一緒か?


「ま、気長に待つしかねぇな。いつ帰ってくるか分かんねぇし」


「うん。そうだね」


「メノウとは顔見知りか?」


ヴェスパは右隣に顔を向けた。「今すぐカエルくん」を製作した一人というメノウさん。もちろん会ったことはない。俺は首を横に振った。


「そうか。ちょっと待て」


「え?」


言うが早いか、ヴェスパは素早く隣部屋の前に移動し、なぜか右足を振りかぶった。


そして、勢いよく扉を蹴った。


「メノウ! いるだろ! ちょっと出てこい!」


「ちょ、ちょっと――」


やりすぎでは。顔を青くする俺に、ヴェスパは平然と言った。


「ノックは無視するけど、これは出てくるんだぜ」


借金取りのやり口である。


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