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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第四章 クジョウ、婚約指輪を調達する
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開けドア

「ここがマダム・タッソーの棲家――」


海の底に小さな一軒家が建っている。


幼い頃、妹が遊んでいたドールハウスによく似たシンプルな三角屋根の家だ。

しかし、簡素な造りのように見えて細部に目を凝らせば、複雑で緻密な模様が精巧に彫られているのが分かる。家人の秀でたセンスを謳っているようだ。まるで森の隠れ家のような趣だが、角のとれた両開きの扉を這う巻貝と絡み付いた海藻が、たしかに海の底であることを教えてくれていた。


「問題は招き入れられるか否かです。マダム・タッソーは客を選ぶと聞いています」


「あぁ……」


話を聞く限り、かなり個性的――もといクセのありそうなマダムだ。誰にでも門戸を開きそうにはない。


「クジョウ殿、扉をノックしてもらえますか」


「俺が?」


「はい。わたしではマダム・タッソーの扉は開きません。わたしには興味がないでしょうから。クジョウ殿ならば、あるいは……」


俺に、触手の生えた元人魚から気に入られる要素があるとは思えないが、ケルピーに頭を下げられては仕方がない。せっかく希望が見えてきたのに、ここで門前払いをくらっては、ケルピーの落胆ぶりは凄まじいものがあるだろう。帰りにうっかりクジョウをエモノにされては困る。


「わ、分かった」


というわけで、俺は同じ眷属として、ケルピーを助けてあげたい一心で扉をノックした。断じて我が身を案じたわけではない。



「――――ほう」



ノックから数秒後、何やら妖艶に光り出した扉の向こう側から、(しゃが)れた声が返ってきた。



「これはこれは珍しいお客様だねぇ」



さて、何と返すのが正解だろうか。


ここで少しでも俺に興味をもってもらえれば、扉は開く可能性がある。

逆に言えば、この会話でミスをすれば、稀代の蒐集家をお目にかかる機会は未来永劫ないだろう。このやりとりで、ケルピーの未来そして俺の寿命が決まる。


しかし、興味をもたせる必要があるとはいえ、妖精相手に下手な小細工は危険だ。かつて人間をエモノとしてきた彼らにとって、人間の嘘偽りを見抜くのは造作もないことだろうからだ。そして、もう一つ大切なことは、あくまでも対等でいること。妖精に借りを作ってはならない。


俺の文化圏の口癖――とりあえず口をついて出る「すみません」は封印しておくに限る。


ここは正直に事情を話して、ひとまず中に入れてもらうのが得策か。



「クジョウと申し――」


「やめやめ! 御託はいらないよ! おまえの都合で訪ねてきて、アタシに無駄な時間をとらせるんじゃないよ」


「すみません」



言っちゃった。


事情どころか自己紹介すらさせてもらえなかった。これはまずい。


その背に跨っている俺からは、ケルピーの表情を見ることはできないが、少なくとも笑っていないことだけは確実だ。なんか(たてがみ)が逆立ってきたような気もする。


どうやら俺の寿命は決まりかけているらしい。薄ら笑いの死神がロウソクを吹き消そうとしている幻覚まで見えてきた。


だが、ちょっと待ってほしい。クジョウが発した言葉は「くじょうともうし」のたった八文字である。「ます」さえ言わせてもらっていない。ひょっとしたら、申しませんの可能性もあったわけだ。とにかく、ろくに発言すらさせてもらえなかったことから察するに、最初からマダム・タッソーは俺たちを招き入れるつもりがなかったのではないか。


常識の近いケルピーのことだ。きっと俺と同じように考えているだろう。つまり、これはクジョウのミスではないと思っているに違いない。ということは、この扉が閉ざされたままであっても、クジョウの寿命は縮まないはずだ。


死神は薄ら笑いを引っ込めた。


「ごめん、ケルピー」


「いえ、クジョウ殿が謝ることでは……とはいえ、気落ちしてしまいますね。ウンディーネ様に分身をお願いすべきだったかもしれません」


「そっか……水の子がいたら、中に入れてもらえたかも――」


「いえ、そうではないのです」


「え?」


「この動揺した有り様では、クジョウ殿を無事に送り届けられるかどうか――自制できるか不安なのです」


「……え?」


それはつまり、水の子に監視してもらわないとまずいくらい、今の俺がエモノに見えているってこと?


「いやいやいやいや」


開けドア。さもなければ人生の幕が閉じる。


死神はニヤニヤしながらこちらを見ている。



「ごちゃごちゃうるさいねぇ! アタシの時間を無駄にするなと言ったはずだよ!」


「す、すみませ――」


「おまえのことは聞いてるよ。ここに来た理由も分かってる。だから御託はいらないって言ってるのさ。さっさと入りな」


「……え?」


「おまえは人間だろ? アタシを誰だと思ってる」


マダム・タッソー。珍奇な品物に目のない蒐集家。


「珍しいモンは大歓迎さ」


「はい……!」



妖精と人間の世界が分かれたのは、いつの頃なのだろうか。かつて身近にいたはずの妖精たちは、今やおとぎ話の世界の住人になった。こちらの世界での人間もまた、同じような存在なのだろう。つまり、この世界随一の珍奇品コレクターにとって、俺は逃してはならない客人だった。俺に扉を叩かせたケルピーの判断は、大当たりだったというわけだ。


かくして俺とケルピーは無事にマダムの棲家へ足を踏み入れることに成功したのだった。


扉を潜る瞬間に、ポカンと口を開けた死神と目が合った。死神は「へいへい、すみませんでしたね」とでも言いたげに唾を吐き、そそくさと退散していった。


さすがは俺の幻覚だ。態度が悪い。


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