表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/55

ゴードン・ライトとは

星の数ほど来ているであろうゴードン・ライト氏やネスタ社への取材依頼から、なぜ、ジャーナリストとしてまったく目ぼしい実績のない俺が選ばれたのか。


俺の問いかけに、なぜか二人はきょとんとした表情で顔を見合わせた。


「それはもちろん、クジョウ様が真実を見抜かれたからです」


「……え?」


祈るように両手を顔の前で組んだアリシアさんが俺を見つめている。煌めく瞳には、『尊敬』の二文字が映っているかのようだ。


何だかとても誇らしい気分――いや、そうじゃない。ちょっと待て。真実? シンジツって、一体何のことだ。


俺の混乱には気付いていない様子で、キリハラさんが言葉を紡ぐ。


「クジョウ様にはもはや説明不要と思いますが――ゴードン・ライトは、一人の人間ではありません。過去数百年におよび、世界中の有志たちが、来たるべき有事に備えて蓄え続けてきた資産――それがゴードン・ライトです」


え、そうなの?


「異世界の発見はまさに異次元の脅威といえます。この有事に、ゴードン・ライトはネスタ社を設立し、我々にその調査・研究を命じました」


「そしていざ調査を開始すると――さきほどキリハラが申し上げた事案が発生し、わたくしたちは記録者を探すことにしたのです。それからは、毎日読み切れないほど届く取材依頼にすべて目を通し、どなたが適任か、文字通り血眼になって探しました――キリハラが」


涼し気な美女の隣で、紳士は遠い目をしている。


「そして、クジョウさまのメールに行き着いたのです。クジョウさまは、その他の方々とは決定的に異なっておられました。最初の一行で、わたくしたちは畏怖の念を抱きました」


「……ん?」


最初の一行で――?


ゴードン・ライトへ送信したメールの内容を思い出す。

直前まで宛先に考えていた企業名をゴードン・ライトに書き換えただけのメール。


「……あ」


ゴードン・ライト御中。


あきらかに、一人の人間に対して用いる敬称ではない。


「クジョウさまのメールは、我が社やゴードン・ライトについて、その実態に踏み込むような無粋な内容ではありませんでした。その代わり、最初の一行で、何もかもお見通しであることを示唆する実にスマートな手法で――」


「……あ、あぁー……」


うっとりとした表情のアリシアさんと目が合う。


実にスマートな手法――ではない。単なるミスだ。実態なんて知らないのだから、踏み込むような内容が書けるわけがない。


だが、アリシアさんにこのように至近距離から見つめられて、正直に己が凡ミスを白状できる男がいるだろうか。否、いない。少なくとも、俺には不可能らしかった。


「ありがとうございます。ですが、それほどのことでは……」


だって、ただのミスだもん。


「そのように謙遜なさらないでください。このアリシアが申したとおりです。我々はクジョウ様のご慧眼に感服し、ぜひとも、ともに働かせていただきたいと考えているのです」


キリハラさんから熱い目を向けられる。血眼でメールを読み漁った苦労人を前に、「本当は何も分かっていませんでした」とは、とても言えなかった。


それにしても、異世界か。


あのネスタ社から、ジャーナリストとしての力を借りたいと言われれば、二つ返事で「喜んで!」と言いたいところだが、なにせ働く場所がこの世界ではないのだ。そんなものが存在していることすら、にわかには信じがたいし、しかも宇宙人――ではない、精霊や幻獣なんてものが闊歩しているときた。


人類初の正確な記録――そんな大役が俺に務まるのか。


ジャーナリストとして一旗揚げたい、その気持ちはもちろん十分にある。だが、それ以上に、実力以上のことを引き受け、アリシアさんやキリハラさんを落胆させる結果になってしまったら――。


そう思うと、簡単には返事が出来なかった。


「……すみません」


沈黙が続き、思わず詫びが口をつく。


キリハラさんが頭を抱えた。隣の美女はこの世の終わりのような陰影を顔に刻んでいる。


「……そ、そうですか……もちろん、すべてはクジョウ様のご意思です。お断りいただいても……か、かま、構い……構いま――」


言葉は続かず、キリハラさんは深い溜息を吐いた。

アリシアさんはまばたきすら忘れている。


しまった。


沈黙に耐えかね、つい、すみませんなどと口走ってしまったおかげで、どうやら二人に勘違いをさせてしまったようだ。これは俺の文化圏の悪い癖だ。引き受けるか否か、未だ答えは決まっていないのに。


ひとまず、誤解を解こうと口を開く。


「あ、すみません――」


どすん。巨大な岩でも落ちてきたかのように、キリハラさんが大きく項垂れた。アリシアさんの陰影が濃くなる。


まずい。また謝ってしまった。


「……いえ……いえ……よいのです……すべてはクジョウ様のご意思ですから……お断りになる場合、大変申し訳ないのですが、こちらで見聞きした内容は一切外部に漏らされませんよう――こちらの秘密保持誓約書にご署名を……」


「……え」


先刻までの機敏な紳士ぶりから打って変わり、非常にゆっくり――というよりも、のろのろとした動作で、キリハラさんが手持ちのバインダーから用紙を取り出した。取り出す手がプルプルと震えている。ちゃぶ台に置かれたそれを、アリシアさんは呆然と見つめていた。


しかし、俺の視線は紙ではなく、今しがたキリハラさんが閉じたバインダーに釘付けだった。キリハラさんが秘密保持誓約書を取り出した一瞬、中に収まっていた履歴書のようなものが目に入ったのだ。その書類に貼り付けられていた写真。その顔に俺は見覚えがあった。


間違いない。俺の同期――になっていたかもしれない、あの御曹司だ。


ネスタ社はジャーナリストを探している。ありがたいことに、かなりショックを受けているようだが――当然、俺に断られる事態も想定していたわけだ。そうなると、次に声を掛けるべき人物も既にリサーチ済みと考えていい。そもそも最初から、複数のジャーナリストに依頼している可能性もある。その方が現地での作業効率もいいだろう。


俺一人が選ばれたのか、そうではないのか。そんなことはどうでもいい。


分かっているのは、この仕事を断れば、俺はまたアイツに置いて行かれるということだ。


「……秘密の保持にあたっては、僅かながら契約金も――」


「やります」


「……金額は――え。えっ!」


「ネスタ社との専属契約、結ばせてください。自分なりに精一杯頑張ります」


「――ク、クジョウ様……!」


キリハラさんの目尻にキラリと光るものが溜まっていく。

血眼で、しかもおそらく一人で候補者を探したんだもの、そりゃあ、そうなるよね。


もちろん、この俺がその労力に見合う人間かと問われれば、キリハラさんには悪いが、自信をもってイエスとはいえない。何しろ今の俺は、棚から牡丹餅式にここにいるだけだ。


けれどこれは、でかい口を叩いていただけで、何もできずにいた俺なんかに、奇跡的に与えられた千載一遇のチャンスだ。この機会を逃したら、俺はもう一生夢を見ることも叶わないだろう。


「クジョウさま――」


アリシアさんはまばたきを思い出した。


「一緒に働けるなんて――光栄の極みです」


アリシアさんの顔色が戻った――どころか、ほんのり赤く色づいてすらいる。そして気のせいか、アリシアさんの吐息が俺のまつ毛を揺らしているような――近い、近すぎる。


救世主キリハラさんは、仏のような顔でにこやかに微笑んでいる。もはや、アリシアさんを引き戻す気はないようだった。


そして。


「これから、どうぞよろしくお願いいたします」


「……へ?」


ふわりと甘い香りが鼻腔を擽り――数秒後、頬にキスされたのだと気付いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ