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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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サラスのたわけ

「――というわけで、今年の竜血酒は調達できんようだ。すまない」


サラマンダーは、事の次第をほとんど息継ぎ無しでウンディーネに伝えた。努めてウンディーネと目を合わせないようにしているようにも見える。


対する水の大精霊は――固まっていた。表情がない。


俺は思わず両腕を擦った。なんだか寒気がする。


美貌と無表情を掛け合わせるとホラーになることを、俺は身をもって体感した。


「――――じゃ」


「え?」


「その程度で里を燃やすとは何事じゃと言っておるのじゃ!」


「いや、その通りなんだが、ディーネよ、これは――」


「酒の一つや二つでわらわが里に手を下すじゃと――愚弄するのも大概にいたせ! サラス、そなた、眷属の統制もできぬのか! ドラゴンほどのものがブラウニーを傷付けるなどあってはならぬことじゃ――そなたの怠慢にクジョウを巻き込みおって!」


「お、俺は大丈夫だから、ちょっと落ち着いて――」


「ディーネよ、少し話を――」


「大体そなた忘れておるのか――一〇〇年前の大嵐、あれはそなたが原因であろう!」


「……え?」


一〇〇年前、竜血樹を傷付けた大嵐――その原因を作ったのがサラマンダーだとすれば、それはつまり、今回の騒動の発端はサラマンダーだったということに――。


横を振り返る。


「む……?」


焔の精霊は、ものすごくピュアな顔をしていた。


あ、これは完全に忘れてますね。


「サラスの阿呆! 一刻も早くブラウニーの里をドラゴンに復興させるのじゃ。そなたも手伝え」


「しかし、俺にできることなど――」


「飯炊き窯に火を灯すくらいできるじゃろう!」


「それならできるな」


「納得した!?」


大精霊が妖精の里で竈の番をする――微笑ましいが、それでいいのか。


「早う行け。これ以上わらわの血圧を上げるな」


「ウンディーネにも血圧が……?」


「ないな。強いて言うなら水圧か」


かっかっか、とサラマンダーは天を仰いで笑った。


この状況で自分のジョークにウケている。鋼の心臓の持ち主だ。



「――――ほう」



ならば、水圧が上がればどうなるか教えてやろう。


ウンディーネは不気味なほど静かにそう言った。


あぁ、嫌な予感がする。



「このたわけが!」


「ぬおっ――」


「俺も――!?」


瞬きの暇もない一瞬で激流が押し寄せてきた。


気付けば俺は、猛烈な水流によって森の外まで強制的に弾き出されていた――しゅんとなった焔の精霊とともに。


「だ、大丈夫……?」


「……ディーネは俺を阿呆というが、たわけと言われたのは二度目だ」


「へぇ……」


阿呆は日常茶飯事だが、たわけはかなりレア――つまり、ウンディーネが激昂している証なのだろう。


「ちなみに一度目は……?」


「一〇〇〇年前、酔った勢いでシルフィードの衣を燃やした」


「うわぁ……」


酒の失敗談は人間にもよくあるが、精霊が酒に呑まれるのはやめてほしい。酔った勢いが大惨事すぎる。


ドラゴンたちには悪いが、やはりサラマンダーは酒を飲むよりも、燃やしている方がいいのかもしれない。


「風が止んで眷属たちが飛べなくなり、大混乱だった」


「それはまた……ん? 一〇〇〇年前……?」


ドラゴンの長が初めてサラマンダーに起こされたのも、一〇〇〇年前ではなかったか。


俺の視線を受け、サラマンダーは煌めく瞳で膝を打った。


「そうだ。思い出したぞ」


「……なにを?」


「飛行できないドラゴンどもが荒れてな。何とかするために長を起こしたのだ」


すっかり忘れていた、とサラマンダーはなぜか上機嫌だ。


つまり、長の不憫すぎる生は一〇〇〇年前には既に始まっていたわけだ。


それにしても、この精霊、知れば知るほど――、


「たわけだよ」


納得のラベリングだ。ウンディーネは間違っていない。


サラマンダーの笑みが消える。


「我をたわけと呼んでいいのは――」


「ごめん、つい……」


「だが、ともに流された仲だ。それは水に流そう」


かっかっか、とまたしてもサラマンダーの大笑いが辺りに響いた。


「さむ……」


俺は震える身体を両手で擦った。一応フォローしておくが、寒いのは全身がずぶ濡れだからであって、精霊のオヤジギャグを聞いたからではない。


「それ」


「おぉ……」


隣の濡れ鼠を一瞥し、サラマンダーは片手を振った。

ほわん。心地よい暖かさに包まれ、俺の身体は衣服もろとも一瞬でホカホカになった。ウンディーネのときとはまた違う感覚だ――精霊二体に乾かしてもらった者もそういないだろうが。


「ではブラウニーの里へ参るとするか」


またディーネにドヤされる前にな、とサラマンダーはニヤリとした。どうやら本当に竈の火の番をするらしい。


「クジョウはここまででよい。世話になったな」


「いや、俺はなにも……」


セイレーンのときと同じで、ただ精霊の代わりに話を聞きに行っただけだ。しかも、今回はただ、サラマンダーを連れて戻っただけのようなものである。


「謙遜するな。それが我らにできぬことよ」


「……うん」


最初から精霊が出向けば、妖精たちは本音を胸の裡に秘めてしまうかもしれない。たとえ意に反することであっても、主たる精霊に命じられれば、その通りにするのが彼らの常だからだ。だが、それでは真の解決を得ることはできない。


従たる妖精の気持ちも蔑ろにはしたくない――今回、サラマンダーが俺を指名した理由は、ウンディーネが俺をセイレーンの島に遣わしたのと同じだった。


たわけだろうがなんだろうが、気が遠くなるほどの長い仲――なんだかんだ、似ているというわけだ。


「クジョウ。持っていけ」


「これって……」


内心くすりとしていたところ、サラマンダーが何かを無造作に投げつけてきた。


燃えるような深紅の石である。


「守り石だ。何かの役には立つ」


「……いいの?」


「無論だ。見合う働きをしたろう」


ドラゴンに吠えられ、ディーネに弾き飛ばされた――と、精霊は続けた。まるで見舞金だ。


「冗談だ。だが、クジョウよ。我らの品物は素直に受け取っておけ。此方(こなた)に対価なき親切はない」


シルフィードは眷属を助けた礼に守り石をくれた。ウンディーネが俺の望みを叶えてくれたのは、ワイバーンの件で(サラマンダーが)作った借りを返すためだった。


此方に対価なき親切はない。精霊や妖精の行いはタダではないのだ。借りを返さない人間が痛い目を見てきたのは、伝説や逸話にも明らかだ。


そして、その逆もまた然り。


「借りは返させてやらねばならん」


「わ、分かった」


人間と妖精に主従の関係はない。一方的な貸し借りで両者を上下に位置づけてしまわぬように、対価を支払う機会を奪ってはならない。


それが妖精の――否、妖精と人間が関係を結ぶ際の理屈なのだろう。


「では、さらばだ」


「うん。俺も一旦向こうに帰るよ」


今回の滞在は、眷属最強種との対話から始まり、最後はウンディーネの激流ときた。さすがにキャパオーバーだ。ちょっと横になりたい。


異世界渡航の御守り――今すぐカエルくんを左胸から取り外す。天才ランドル先輩様々だ。頭は押さない。今の俺に田園風景は必要ない。


ひっくり返し、お腹を撫でよう――ん?


視線を感じ、俺は手を止めた。焔の精霊が新幹線を初めて見た子どものような目でこちらを見ている。


「クジョウ――その珍妙なものは飾りではないのか」


「これは今すぐカエルくん」


「カエルくん」


「あっちの世界にすぐ帰れる装置だよ」


「ほう」


どうやって使うのだ、とサラマンダー。心なしか声が大きい。そして目が輝いている。


「こうやってお腹を撫でて――あ」


「――おぉ。さらばだ、クジョウ」


視界が歪むと同時に思った。


初めて見るオモチャに興味津々――本当に似た者同士だ。







「キリハラさん、クジョウです」


お調子者精霊のお伴旅(ともたび)の疲れから、いくら狭小アパートのベッドが恋しかろうと、同じミスを犯すわけにはいかない。前回は大目に見てもらえたが、守り石の保管部屋まで用意してもらった以上、社外持ち出しなど絶対にするわけにはいかなかった。


「いせかい暖簾」のある部屋を出た俺は、まっすぐにキリハラさんの部屋を叩いた。焔の精霊の守り石を手渡すためだ。


「クジョウ様。お帰りなさい」


「ただいま戻りました」


「今回の渡航はいかがでしたか?」


「そうですね、色々と……実に色々と興味深い体験をしました」


あまり思い出したくない上空飛行に一酸化炭素中毒の現場、そして背筋も凍るウンディーネの無表情。最後はずぶ濡れになってしまったが、サラマンダーや妖精の理屈を知るいい機会にはなった。今回の報告書はまとめ甲斐がありそうだ。


「拝読するのが楽しみです」


「ありがとうございます。それで、これを預けたいんですが――」


「これは……」


「焔の精霊サラマンダーの守り石です」


キリハラさんの瞳に赤が映る。

鋭い輝きを放つ紅は、力強さを超えて妖しさすら覚えるほどだ。じっと見ていると、意識を持っていかれそうになる。


「シルフィードの石と同じように保管してもらえますか?」


今回はウンディーネのアドバイスを受けていないが、同じ精霊の守り石だ。サラマンダーも何かの役に立つと言っていたし、加護があるのは間違いない。大事に祀っておくのがよいだろう。


「もちろんです。クジョウ様が持ち帰られたお品物ですから」


「すみません、よろしくお願いします」


「ええ、たしかに。たしかに私がお預かりいたしました。こちらは私が責任をもって、シルフィードの守り石と同様に管理いたします」


そっと両手で守り石を包み込んで、キリハラさんが恭しく頭を下げた。俺も深いお辞儀を返す。キリハラさんがこの後行うであろう作業を想像し、敬意を表したものだ。


保管部屋は既に用意されているが、セキュリティに特化したあのケースをもう一台作るだけでも大変だろう。しかもきっと、作業は超特急で行われる。言うまでもなく常に責任ある過重労働のキリハラさんが、わざわざそれを口にしたのは、無茶をします宣言のようなものだ。


しかし、俺はあえて止めないことにした。

さすがにこの世界にまで聞き耳は立てていないと思うが、自分の悪口に驚くほど敏感なサラマンダー君のことである。シルフィードの守り石は正体が分かるや否や、超特急で保護されたのに、自分はそうでもなかったとかなんとか、言い出したら面倒くさい。というか、そんな想像すら既に面倒くさい。


というわけで、キリハラさんには大変申し訳ないが、無事に社外持ち出しを回避した俺は早々にネスタ社を出て、ベッドに潜り込んだのだった。


そうして休日を挟み、再び「いせかい暖簾」を潜った。


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