ケンカの真相
「二人揃ってなんじゃ。サラス、そなたの用とやらは済んだのか?」
さっさとクジョウを解放してやれと、ウンディーネは気安い調子で言った。
対するサラマンダーはどことなく目が泳いでいる。
「いや、まだなんだが……ディーネ、話がある」
ウンディーネの森である。
一応縄張りのマナーは理解しているのか、またはこの状況がそうさせたのか、さすがのサラマンダーもズカズカと踏み込んで行くことはなかった。入口付近の樹木に同化していたドライアドに声を掛け、案内を頼んだ。
「相克だ」
「水は火よりも強い――か」
あの後、再びイグナルの棲家に赴き、二体を取っ捕まえて問い詰めた。もちろん、俺にそんな真似はできない。今回は満を持して、主たる精霊の登場だ。
サラマンダーの予想は大当たりで、二体のドラゴンは主人に叱られた犬の如く、背中を丸めて小さくなっていた。先だって里に轟いた長の咆哮により、嘘が露見したことは察していたようで、二体並んで俺たちを待っていたあたりは、主たる精霊への忠誠心を感じさせないこともなかった。
二体が白状した真相はこうだ。
三〇〇年に一度、竜血樹の樹液から造られる竜血酒は、里のドラゴンたちで愉しむほか、他種族への友好の証や精霊への献上品となる。醸造は代々、イグナルの家系が担ってきた。種族の名を冠する品物ゆえに丁寧な仕事が必要ではあるが、やることは毎回同じだ。経験は十分にある。三〇〇年前と同じ手順で進めるだけ――のはずが、今回は事情が違った。
樹液がほとんど出なかったのだ。イグナル曰く、一〇〇年ほど前に大嵐が発生した際、竜血樹に傷が入り、樹液が流れ出てしまったことがあったらしい。竜血酒は、大樹が三〇〇年もの間、蓄えてきた樹液を材料とする。樹液の流出から一〇〇年――今回は間に合わなかったということだろう。
幸いなことに――長の代替わりのような――ドラゴン族にとって重要なイベントは予定されていない。残念ながら、今回の竜血酒醸造は見送り――との結論を出しかけたところで、ドラゴンの里はザワついた。
いつもの献上先に、酒に目のない精霊がいる。
主であるサラマンダーはどうとでもなる。なにせ酒の良し悪しを可燃性に求める奴だ。だが、こちらはそうもいかない。酒がないとなれば、里を攻撃される恐れもある。
「待て。どうとでもとはなんだ」
「いいから、いいから。続けて」
里の危機を回避するため、ドラゴンたちは一芝居打つことにした。
出来上がった酒を若いドラゴンがすべて駄目にしてしまった。今回の竜血酒はただの嗜好品ではない。長の交代を寿ぐ祭りで振る舞われる予定だったのだ。種族の礼節に反する行い――極刑を求めるゴウザルと、あろうことか、そんな恥知らずを庇い立てするイグナル。
イグナルとゴウザルの対立は過熱し、ついには力勝負にまで発展した。周辺の里にも被害を出すほどの争いだ。これはもはや、酒どころではない――と、なるだろうとドラゴンたちは踏んでいたわけだが。
「若いドラゴンは存在しなかったんだ……」
「クジョウが話を聞きたいと言い出す故、我が里を周回し、ゴウザルに合図を出したのだ」
「どおりで遠いと思った……」
カチコチクジョウの体感は間違っていなかったわけだ。そして、イグナルの合図を受けたゴウザルが蔵の中を滅茶苦茶にし、若いドラゴンを連れ去った――とのシナリオを演じた。
俺はあのとき、蔵から飛び去ったゴウザルの姿を見ている。若いドラゴンが蔵に残されていなかったのならば、ゴウザルが連れ去った――一緒に飛行していなければおかしいのだ。あの高所恐怖症キラーアトラクションの後で、俺はすっかり冷静さを失っていたようだ。
「でも、これからどうするつもりだったの? サラマンダーに報告が入ったら……」
サラマンダーならば、力ずくで若いドラゴンを連れ戻しに行くこともできた。主たる精霊がゴウザルを追ってきたら、どうする気だったのか。
「サラマンダー殿は――」
ゴウザルとイグナルは顔を見合わせた。
どうとでもなる。
口にはしなかったが、言いたいことは伝わった。ちなみに、対する精霊も何も言わなかったが、口はヘの字に曲がっていた。以上がドラゴンの里での顛末である。
しかし、結果として、二体の認識は間違っていた。
俺の報告を受けたサラマンダーは、ゴウザルを追うどころか、長を起こしに向かったからだ。本人は忘れていたが、一〇〇〇年前にも長を無理やり起こしたことを知らないドラゴンはいないらしい。そして、まさか再びそんな真似をするとは思っていなかったようだ。
つまり、ドラゴンたちの最大の誤算は、サラマンダーの突き抜け具合が想像の斜め上をいっていたことだった。主たるもの、常に眷属たちの上を行く――サラマンダーは主の面子を守ったと言えなくも――否、さすがに無理か。
二体が長の代替りを捏造したのは、今回の竜血酒を特別なものにするためだ。そうでもなければ、長命のドラゴンが三〇〇年に一度の愉しみを駄目にされたところで、里を燃やすほどの力勝負をするはずがない。あえて事を大きくすることで、ドラゴンたちは恐れている相手からの報復を回避しようとしたわけだ。
だが、前述の通り、ドラゴンたちはサラマンダーを見誤っていた。長を叩き起こされるという、彼らにとって最悪の方法で嘘が露見してしまった。
そもそも、今回の一件は全体的に計画が杜撰というか、浅慮と言わざるを得ない。代替りの捏造もだが、無関係なブラウニーの里を燃やしてしまったところにも、考えの至らなさが表れている。
「プライドが高いと言ったろう」
自尊心に力が伴うと、足元の存在が見えなくなると、サラマンダーは言った。
「恐れ故と言ってやれないこともないが――」
ドラゴンはその体躯と力をもって、他の妖精や幻獣を圧倒する種族だ。脚や尾を振り回すだけでも十分な破壊力を持つが、最も特徴的なのは、火焔を吐くことだろう。これにより、ほとんど敵無しと言ってもいいわけだが、例外はある。
主たるサラマンダーと、そのサラマンダーの焔さえ打ち消す水の大精霊――ウンディーネだ。
精霊の眷属である時点で、精霊には敵わない――というか、挑まないのだから、勝ち負けを想定する必要はないのだが、精霊を怒らせてしまったのなら話は別だ。ウンディーネに里を攻撃されれば、いくらドラゴンといえども勝ち目はない。甚大な被害が出ることは容易に想像がつく。
だからこそ、その恐れゆえに冷静な思考力を失ってしまったのでは、とサラマンダーは言っているのだ。もちろん、自尊心の高さが他種族を軽んじることに繋がったのは否めないが、日頃恐れとは無縁の存在であればこそ、パニックに陥ってしまったのかもしれない。
「酒は問題ではない。逆鱗に触れるとすれば、ブラウニーの方だな……」
気のせいか、どこか遠い目をしてサラマンダーは言った。
ドラゴンたちの浅慮さはこの点にも表れている。
ウンディーネの性格をまったく把握していなかったのだ。
ウンディーネは、酒の献上がなかったくらいで、ドラゴンの里を攻撃したりなどしないだろう。むしろ、ブラウニーの里に被害を出したことの方が、よっぽど危うい。過去には、ワイバーンに出くわした俺やランドル先輩を気に掛けてくれていた。力を持たない者が巻き添えを食うのを、黙って見ていられない性質なのだ。
長の洞穴とは打って変わり、見るからに足取りの重い精霊と並んで歩く。ドライアドの示す方角へ歩みを進めると、程なくして森の主――ウンディーネの元に辿り着いた。




