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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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長の寝床 その三

「焔……?」


ついさきほどまで長の頭があった辺りに、微かに焔の名残が見える。


「いかにも。少しばかり酸素を節約したがな」


「ん……?」


「ふた月ほどは眠るだろう。それでちょうど五〇〇年だな。いい塩梅だ」


「それってまさか――」


酸素不足の燃焼、黒い煙、意識の消失。


「一酸化炭素中毒じゃん!」


「ほう。人間はそう言うのか」


体内発火で無理やり起こし、聞きたいことを聞いた後は不完全燃焼を起こして一酸化炭素中毒で意識を失わせる。もはや暴君だ。長が不憫すぎる。


動揺する俺を他所に、暴君はそよ風でも受けているかの如く、涼しい顔をしている。


そうだ、感心ついでにもう一つ教えてやろう。人間はそれを眠りとは言わない。失神である。


「名を付けたがるのは人間の性よな。我らにとっては皆同じ。すべて我の焔だ」


「……まぁ、たしかに人間ほど細かく区分する種はいないかもだけど――でも、俺たちには妖精みたいな力はないから、区分することが命を守ることにもなるんだよ」


火は生活の役に立つ。竈は白い煙を吐く。けれども、命を奪う黒い煙もある。

それは不完全燃焼を起こしているサインだ。だから分類して名前を付ける。命を守るために。


「なに、人間を馬鹿にしたわけではない。お前にとっては信じられぬことかもしれぬが、我らにとってはそうではない。眷属が我が焔で再びの眠りについた――それだけのことなのだ」


「……妖精の理屈か」


「そういうことだ」


サラマンダーの生み出す焔に、良いも悪いもない。

こちらの住人たちにとっては、主であるサラマンダーの焔を分類するなど思いも寄らず、また、必要のないことなのかもしれなかった。主の焔を回避する理由が彼らにはないのだろう。


結果、失神させられるわけだが。


「……分かった。で、何でまた眠らせたの?」


「用は済んだ」


「いや、それはそうだけど――代替りとか言われたら、長も気になるでしょ」


「これ以上の被害はご免だ」


サラマンダーは強制的に眠りについた長に向かって顎をしゃくった。やはり、ゴウザルとイグナルの名を出すことを意図的に避けていたようだ。


「伊達に齢を食っているわけではない。あれが暴れれば、里どころか同胞のドラゴンも命はない」


「あのデカさだもんね……」


とりあえず、ゴウザルとイグナルの言う長の代替りが予定されていないことは分かった。


二体のケンカに長は関わっていないのだから、ここでの収穫は十分――これ以上は長を巻き込む方が危ないという判断だろう。




「さて。クジョウの聞いた話を偽りとしたところで――」


「……問題は、どうしてそんな嘘を吐いたか」


代替りと言われて、長は戸惑っている様子だった。


寝耳に水、まったく心当たりがなかったのだろう。もしも、同胞が誤解してしまうような何かがあったのだとすれば、当人にも少なからず心当たりはありそうなものだ。だが、あの反応を見る限り、現時点で長の頭に代替りの選択肢はなく、誤解の生じる余地はなさそうだった。


ということで、ゴウザルとイグナルの話を嘘と仮定してみる。


「ケンカの原因は、代替りの祭典で振る舞うはずだった酒を若いドラゴンが駄目にしたって話だったけど――代替りが嘘なら、どこまでが本当なんだろう」


寿(ことほ)ぐ理由がないのだから、祭りの予定はなかったはずだ。


「蔵に酒はなかったのだったな」


「うん。甕は全部割れていたから――竜血酒がないのは本当だと思う」


「それと二体のケンカだ。ブラウニーの里は被害に遭っている」


「その原因が酒だけ……?」


種族の重要な祭典を台無しにした――その大義名分がなかったのだとすると、残る理由は酒だけだ。


三〇〇年に一度造られる、伝統ある竜血酒。


ドラゴンの寿命を数千年とすると、生涯で味わえるのは平均十四、五回だろうか。人間に換算すると、四、五年に一度はチャンスがある計算だ。


五年に一度の酒を駄目にしてしまったら――まぁ、たしかに凹むだろうけど、そんなにか――?


周辺の里を破壊してしまうほど、大事(おおごと)なのだろうか。


「身内の愉しみにそこまで執着するとは思えんが――」


「出来上がった酒って、サラマンダーにも納められるんでしょ? そんなに美味しいの?」


「よく燃える」


実に焔の精霊らしい感想だった。


しかし、一応、サラマンダーにも完成した酒は献上されているようだ。我は主だからなと、精霊は得意気に胸を張っている。その主が嘘を吐かれているわけだが。


「まぁ、でも――」


今の感想で、一つの可能性は消えたようだ。


「主に面目が立たないから――はなさそうだね」


主はたぶん、竜血酒にあまり興味がない。

それに、主を想ってのことだとすると、わざわざ代替りを持ち出して嘘を吐く必要性が分からない。


「自尊の先立つ生き物だからな。そのような忠誠は想像がつかん」


「一応、主に対する忠誠心はあるんだよね……?」


「そりゃあ、あるだろう。我を見ろ」


敬われているぞと、サラマンダー。


いまいち同意できないので、聞かなかったことにする。


「まぁ、奴らの忠誠はもっぱら力量によるものだが――――む」


「忠誠心っていうより、敵わないから従うって感じか――なに、どうしたの?」


「力量差……恐れ……奴らが酒を献上するもの……」


面目が立たない――酒が献上できないことで、誰かをがっかりさせたくないのではなく、報復を恐れているのだとしたら。


ドラゴンが竜血酒を献上するのは、恐れを抱いている存在――つまり、自分たちよりも強い相手だ。献上品を用意できなかった咎により、攻撃されてはたまらない。それならばまだ、主たる精霊をも欺いた方がマシということか。


その選択はドラゴンのプライドによるものか、あるいは――。


「心当たりあるの?」


焔の精霊は、心なしか引き攣った顔で頷いた。


「ひとりいる――美酒に目のない者が」


あるいは、サラマンダーよりも格上か。


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