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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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長の寝床 その二

「――我の眠りを妨げる命知らずどもが!」


「うわっ!」


怒りの咆哮とともに、長の前脚が壁面を抉った。握り拳大の礫がこちらに向かって一直線に飛んでくる。あまりの速さと勢いに顔を背ける暇さえなかった。


あ、これは死んだ。


一瞬すぎて走馬灯も見えない。

呆けた面のまま昇天するのは勘弁だ、せめて目だけでも瞑らせて――と思ったそのとき、俺の眼前スレスレで、礫はあり得ない角度に軌道を変えた。後方から、激しい衝突音が聞こえる。


「どうだ。役に立っただろう」


「……そのためか」


隣でサラマンダーが無感動に言った。


ここに来る前、サラマンダーが俺に焔のベールを纏わせたのは、どうやらこの攻撃を想定していたからのようだ。防寒対策ではなかったらしい。


だったらそう言ってくれ。結果、無傷だけれども、心の準備とかさぁ。


「やれやれだな」


サラマンダーは長の大音声にうんざりした様子で、両目を細めている。


だがしかし。


うんざりどころじゃないんだよ。ちょっとクジョウの身になって考えてみようか。

そもそも、俺がこんな目に遭っているのは、きみが巻き込んだからじゃないのかね。火焔は吐かれそうになるわ、猛スピードで岩穴に突っ込むことにはなるわ、挙句の果てに、シンプルに殺されそうになったんですけど。


これはもはや俺の願望のようなものだが、ウンディーネが詳細を知っていたら、絶対に俺を行かせなかったはずだ。


もうサラマンダーは置いておいて、ウンディーネに精霊の良心を期待するしかない。


「そう怒りばかり覚えるな」


「えっ」


若輩者を諭すような口調に、ついに心の声が漏れたかとサラマンダーを振り向けば、焔の精霊は長を見ていた。


「どうした」


「なんでもないです」


そう、このお調子者精霊がクジョウごときの怒りなど気にするはずがなかった。


サラマンダーの視線は長から揺るがない。


「ドラゴンの長よ、我が姿を忘れたか」


「なにを――――まさか、サラマンダー殿か?」


咆哮は一転、愕然とした声色に変わった。


長の怒り任せの攻撃が止む。


「久しいな。これはクジョウ。ディーネの眷属だ」


わけあって今は焔の縄張りにいる、とサラマンダーは俺を示した。長の視線が俺に向いているかは分からないが、とりあえず頭を下げておく。これ以上、攻撃されたくないし。


「クジョウです」


ちなみに彼の言う「わけ」とは一方的なものですと付け加えておく。もちろん心の中で。


長の反応はない。それまでの様子が様子だけに、静まり返った洞穴は無気味に思えた。


「長よ」


おーい、と精霊はのんきな声で呼び掛ける。


「……なんと……信じられん」


「一〇〇〇年ぶりか。前回は――む? そういえば(まみ)えていないな」


目覚めの年は遣いを寄越す慣例であったが、はて、何かあったか、とサラマンダーは記憶を手繰る仕草を見せた。長が眠りから覚めた年は、主であるサラマンダーにご挨拶があったのだろう。だが、五〇〇年前は顔を合わせていないようだ。


「……サラマンダー殿、お主は……」


「む?」


「うわっ」


突如強風が吹き荒れ、足元が揺れた。


はぁあああ。


何事かと思えば、どうやら長が盛大に溜息を吐いたらしい。前脚で頭を抱えている。


「我の眠りを二度も妨げたのはお主だけだ」


「えっ……」


「一〇〇〇年前もお主が起こしにきたではないか――同じ忌まわしいやり方で。先の覚醒を知らせなかったのはそのためぞ……」


「あぁ……」


つまり、起こされるのも腹立たしいのに、体内発火などというめちゃくちゃ不快な起こし方をされたものだから、前回起きたときは、顔を合わせるのも嫌だったというわけだ。


そんな主がまた足を運び、そしてまたまた不快な起こし方をしてきた――ちょっと長が不憫に思えてきた。心なしか小さく見える。さっきまで、あんなに瞋恚(しんい)を燃やしていたのに。今や俺にもその表情が読めるほどだ。


しかし、二方向から呆れた視線を受ける精霊は、まったくもって意に介していないようだった。


「それゆえ我は起こし方を知っていたのか」


「そこ!?」


恐ろしいほどマイペースだ。これが大精霊の風格――ということにしておこう。もう。


「……はぁ」


俺の心の声は、奇跡的に長にも通じたらしい。生気のない瞳と目が合う。


「……で、用件は」


長は切り替えたようだった。

ドラゴンはやはり賢い。




「聞きたいことがあるのだ。長よ、五〇〇年前の無礼はよい――だが、代替りを我に知らせないとは、いかなる了見だ」


「……なに?」


サラマンダーのオーラが跳ね上がる。両者の間に一気に緊張が走る中、長の顔には困惑の表情が浮かんでいた。


ていうか、五〇〇年前の無礼ってきみ、さっきまで気付いてすらいなかったよね。


「……代替わりだと……我が……?」


「覚えがないのか」


「あるものか。そうであれば――――否、とにかく我は知らぬ」


「あぁ……」


長は皆まで言わなかったが、サラマンダーに向けられた視線が続きを物語っていた。


そうであれば――さすがにアナタに伝えていますよ。嫌だけど。


「その話、出どころは」


「――いや、よかろう。どうも誤解があったようだ。長よ、起こして悪かったな」


「待て。サラマンダー殿、そういうわけにはいくまい。我が同胞の内に、つまらぬ考えを抱いておる者がいるのでは――」


「五〇〇年にはまだ時間があるな。もう一度眠るがよい」


「サラマンダー殿――――っ!」


「…………一応訊くけど、なにしたの?」


誤解の一言で済む話のために、大精霊がわざわざ叩き起こしにくるものか。

明らかに情報元を伏せている。主があまりにも不自然に会話を切り上げようとするものだから、里で何かよからぬことが起きていると、長は感付いた様子だった。


だが、その思考は強制的に終了を迎えた。


長の首がだらんと垂れたかと思いきや、激しい振動とともに巨躯が崩れ落ちた。長はそのまま動かない。


周囲には黒い煙が漂っている。サラマンダーが何かしたことは明白だった。


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