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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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破壊された酒蔵

「その――酒をダメにしたドラゴンは今どこに?」


「……我の蔵に繋いでいる」


「話を聞いてみたいんだけど……」


「……案内しよう」


イグナルはゆっくりと腹をつけた。一瞬、空気がピリついたところを察するに、ゴウザルのように極刑は求めていないものの、やはり酒をダメにされた怒りはあるのだろう。


イグナルの背に跨る。


正直、もうドラゴンには乗りたくないが、俺の足ではこの岩壁を降りることさえできないのだから、仕方がない。サラマンダーがドラゴンの里すべての岩穴を把握しているわけがないから、火の子に連れて行ってもらうわけにもいかないし。


「……クジョウ、そう固まっていると――」


「分かってる、分かってる!」


そのセリフをドラゴンから聞くのは、本日――否、人生二回目だ。


でも無理じゃない――?

正直、風なんかちっとも感じてないもん。そんな余裕ないよ。ていうか、落ちたら本当にひとたまりもない俺みたいな存在に、わざわざ落ちるぞって言うのはどうなの。そのデリカシーのなさ、君たちそっくりですけど。本当は似た者同士なんじゃないの。


と、弱者の必殺技『聞くに堪えない心の声』を発動してみるが、当然ながら状況は変わらない。


「酒蔵って結構距離あるの……?」


「否、そろそろ――む?」


カチコチクジョウに正常な認知能力はないが、ゴウザルの背に乗っているよりも長い時間が経過したような気がする。どうやらそろそろ目的地のようで、イグナルは降下態勢に入った。


何よりも俺に緊張が走る。

安全な着地、タマゴの着地――と祈りを開始した、次の瞬間。


ドゴーン。


「――えっ、え、なに!?」


前方の岩穴から、破壊音とともに土煙が吹き出した。


飛び上がりそうになる身体を俺の大脳は全力で阻止し、「異世界でドラゴンの背から墜落」と世にも珍しい死因は避けられたものの、筋肉は攣った。痛い。この地味な感じが我ながらクジョウである。


「あれは――ゴウザル」


「え……?」


「……クジョウ、突っ込むぞ」


「うそ――!」


土煙の上がる岩穴から、一体のドラゴンが飛び去って行った。


その背中を静かに見つめていたイグナルが、何かを察したように不意に岩穴に顔を向ける。そしてそのまま、スピードを上げたイグナルは、宣言通り岩穴に突っ込んでいった。




「やはりな……」


「…………だ」


「ゴウザルめ、己が言い分は通らぬと踏んだか。我が蔵を荒らすなど――」


「……んだ」


「奴をどこにやった。急ぎ居所を突き止めねば、ゴウザルが私刑を加えかねん」


「んだ、んだ」


「クジョウ、先ほどから相槌に農村風景が滲んでいるが――」


聞いているのか、と声を大きくするイグナル。


えぇ、聞いていますとも。でもね、まずこれだけは言わせて。


「――んだ、死んだと思った!」


それにしても、ドラゴンの叡智って凄まじいな。人間の訛りまでカバーしてるんだ。


「声は掛けたはずだが」


「……ソウデスネ」


イグナルは何やら不服そうだが、カチコチクジョウ相手に、「今から突っ込みまーす」と言ったところで、「ドラゴンの急降下なんてへっちゃらだったよ」なんてなるわけがない。


だが、首を捻っているところを見るに、イグナルは本気でよく分かっていない様子だ。たしかに、イグナルの離陸・飛行・着陸の流れに何もおかしなところはなかった。問題は、同じ行動に俺の――人間の身体はついていけないということだ。自身の行動に落ち度を認められないにも関わらず、相手がダメージを負う理由が理解できないのだろう。


この短時間の付き合いで、一つ分かった気がする。このあたりが、眷属最強種たるドラゴンの理屈なのだ。




「クジョウ、この惨状を見ろ」


「……滅茶苦茶だね」


気を取り直した様子のイグナルが言う。目の前には、たしかに惨状の言葉が相応しい光景が広がっていた。


イグナルは、自身の所有する蔵に酒を駄目にしたドラゴンを繋いでいると言っていた。おそらくこの蔵は、醸造した竜血酒を保管しておくための場所だったのだろう。さすがはドラゴンの拵える酒だ――酒甕の大きさも規格外だったことが分かる。二体のドラゴンから聞いていた通り、今やすべて破片と化しているが。


酒甕の破片が散らばっていることを除いても、蔵の中は、嵐が過ぎ去った後のように滅茶苦茶だった。岩肌は抉られ、瓦礫の山が築かれている。かろうじて、奥にも均された地面が見えることから、元はもっと奥行があったのだろうと推測できるが、瓦礫が邪魔で先に進めそうにない。再び酒蔵として使用するのは、かなりの骨折りだろう。


そして、繋がれていたはずのドラゴンの姿はどこにもなかった。


「これがゴウザルの仕業だとすると――」


「若造をどこにやった」


逃げ場のないこの場所で、若いドラゴンが無事だとはとても思えない。自然災害に巻き込まれたわけではないのだ。相手は怒りをぶつけるべく大暴れしていて、その対象は間違いなく自分だ。その状況で身動きが取れなければ、危害を加えてくださいと言っているようなものだろう。


唯一の救いは、火焔が使えなかったことか。サラマンダーが意外にもちゃんとしていたおかげで、俺が里にいる間、ドラゴンは火焔を使えない。ゴウザルが火焔を吐いていれば、いかに強靭な皮膚を持つ同族といえども、怪我では済まなかっただろう。この空間も壊滅していたに違いない。


正直なところ、俺が相対した感触では、ゴウザルはそこまで激昂するようなタイプには思えなかった。むしろ、俺に向かって火焔を吐き出そうとしたイグナルの方が要注意に思えたが、やはりドラゴンは一朝一夕に理解できるものではなさそうだ。極刑を望んでいるのも、この惨状を作り出したのも、ゴウザルなのだ。


話し合いによる調停が難しいのならば、俺の出番は終了だ。ドラゴンの力勝負に参戦できるわけがない。


「我はゴウザルを追う」


姿の見えない若いドラゴンが心配だ、とイグナル。


「クジョウはどうする」


「……一旦帰ろうかな。この流れじゃ、ここにいてもできることはなさそうだし」


イグナルとゴウザル――ケンカをしている二体の話は、一応聞くことができた。ケンカの原因となった、酒を駄目にしたドラゴンからの話は聞けていないが、ゴウザルが強硬手段に出たのであれば、俺が話を聞くどころではない。いくら主たる精霊のお墨付きがあっても、ドラゴンは遣いを攻撃する可能性が否定できないのだ。それは目の前にいる、比較的穏健派のはずのイグナルによって証明済みだ。


頭に血が上っているゴウザルをクールダウンさせ、若いドラゴンの命を救うためには、ドラゴンと渡り合える強さが必要だ。言うまでもなく、俺にはない。


「そうか――では、我は先に行く」


「うん。気を付けて」


言うが早いか、イグナルは豪快に翼をはためかせ、飛び去って行った。


若いドラゴンの安否は不明だ。焦る気持ちはよく分かる。


「さて――」


だが、一緒に焦ってみたところで、俺にできることは変わらない。クジョウが今なすべきことは、この現状を依頼主に伝えることである。


「火の子、サラマンダーのところに帰ろう」


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