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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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ゴウザルの言い分

「それで――」


ごほん。背から降り、手近な岩に腰掛けた俺に向かって、ゴウザルは一つ咳払いをした。


まさか、サラマンダーの遣いがこんなに情けない奴だとは思わなかったのだろう。今見ているものを打ち消さんとする全力の咳払いに、申し訳ない気持ちから、俺はちょっと背筋を伸ばした。


「我は現在イグナルと争いの只中にある」


「……何があったのか教えてもらえるかな」


「クジョウは竜血酒を知っておるか」


「いや、ごめん……知らない」


ぎょろりと、ゴウザルは大きな目玉をギラつかせた。


仲裁の名目で訪ねておきながら、基本的なことも知らない人間が気に入らなかったのだろう。サラマンダー曰く、ドラゴンはプライドが高い。機嫌を損ねると面倒なのは間違いない。しかし、知らないことを知っていると答える方が危うい。


ここは素直に、無知を断っておくことにした。


「勉強不足で申し訳ないけど、そもそも俺は、この世界のことをあんまりよく知らないんだ。教えてもらえると助かる」


「……ふむ」


よかろう、とゴウザルは鼻を鳴らした。


「三〇〇年に一度、我らは竜血樹の樹液から酒を拵える。里の入口でクジョウも目にしただろう――竜血樹が壮大に枝を伸ばす姿を」


雄々しくも禍々しく枝を伸ばす巨大な樹木。あれが竜血樹だったのだ。


「竜血樹とはその名の通り、我らドラゴンの血肉を糧に咲き誇る守り木よ。あれの下には、偉大なる我が祖先――古のドラゴンの亡骸が眠っておるのだ」


祖先の亡骸を糧に枝を伸ばす守り木。その樹液から、ドラゴンは酒を造るという。


「今年はその三〇〇年に一度の年だ。本来ならば、酒の完成に里が浮かれている頃であるが――今年の酒はもうない」


「え……飲み干しちゃったってこと?」


「そうではない。酒は駄目になったのだ。とある若造がすべての甕を割ってしまった」


「なんで……?」


酒に呑まれたと、ゴウザルは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言った。


「今年の酒は特別なものだった。我らが長の代替わりを寿(ことほ)ぐ祭典で振る舞われる予定だったのだ。それを若造が蔵に忍び込み、酒に呑まれて台無しにした」


ドラゴンが酒蔵で酒に呑まれれば、尻尾の一振りで取り返しのつかないことになるだろう。そして実際に、若いドラゴンが大惨事を招いてしまった。


三〇〇年に一度、醸造される――ドラゴンたちにとって大切な竜血酒。そして、今年の酒はいつにも増して重要な意味を持つはずだった。だが、一匹のドラゴンの失態によって、それらはすべて失われてしまった。


「我らは不届き者を捕らえた。事の大きさを憂慮し、我は処罰が必要だと説いた。だが、あろうことかイグナルは、奴を庇い立てしよったのだ」


「……それで大ゲンカに」


ふん、と頷きとも溜息ともとれる仕草で、ゴウザルは鼻息を吐いた。


「クジョウよ。どのような道理があれば、里の者たちの愉しみを奪い、種族の重要な祭典を潰すような真似が許されるというのだ」


酒を駄目にしてしまったドラゴンの行いには、納得のいく理由や道理はきっとない――単純に、若気の至りだったのだろう。そして、そのことは多分、ゴウザルも理解している。ゴウザルが理解できないのは、そのドラゴンを庇う別のドラゴン――イグナルだ。


仮に、若さが招いた酒の失敗だったとしても、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。償いもなく、その行為を許すことはできないというのが、ゴウザルの意見のようだ。しかし、イグナルはゴウザルとは異なり、処罰は必要ないと考えている。お互いに一歩も引かず、ついには争いにまで発展してしまった。


ゴウザルの言い分は分かった。その上で、俺の考えを言わせてもらうとすれば、こうだ。


どのような道理があれば、小さき者たちの里を壊すような真似が許されるというのだ。


「……もにょもにょ」


言わないけど。異世界初心者のクジョウに、ドラゴンを怒らせる勇気はなかった。


「なんだ?」


「いいえ、なにも。その相手――イグナルにも会いたいんだけど……」


「…………無論だ」


仲裁に来ているわけだから、双方の意見を聞く必要がある。


ゴウザルもそのことは分かっているようで、特に反論もせず、す、と尻尾を左に振った。一瞬瞳孔が開いたような気がしたが、気のせいだと思うことにしよう。


「イグナルの棲家は向こうだ」


「……え」


さきほどの尻尾が「向こう」を示していたらしい。あとはご自由にと言わんばかりに、ゴウザルはそっぽを向いている。


どうやって行けと。


ドラゴンの背に乗り、人間には到底届かない高さの洞穴――ゴウザルの棲家に来ているのだ。目的地はアッチダヨーと言われたところで、俺一人で行けるわけがない。


「…………無論だ」


我が乗せて行く、とゴウザルは再び腹を地面につけた。一瞬舌打ちが聞こえたような気がしたが、気のせいだと思うことにしよう。


「ありがとう。――っ!」


「少し揺れるぞ」


「ぐっ――!」


少しどころじゃない。かかりまくったGをまともに食らい、俺は白目を剥いた。


「我はこれにて失礼する」


「……あ、ありがとう……」


極めて無造作に叩き降ろされた後、早々にゴウザルは引き揚げて行った。卵どころかスイカもパイナップルも潰れる着地だ。俺は、このドラゴンがブラウニーの里を壊したのだと信じる気になった。


二体のドラゴンは、ただいま壮大なケンカを繰り広げている最中だ。当然ながら、ゴウザルにイグナルの出迎えを受ける気はないらしい。そして、それはイグナルも同様なようで、翼をはためかせるゴウザルの姿が遠くなった頃、棲家の主は、腹の底まで響く重厚な足音とともに登場した。


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