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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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ドラゴンの里へ

お調子者精霊サラマンダー君の焔による移動は、拍子抜けするほど何の問題もなかった。文句の一つや二つ言ってやりたいところだったのだが、残念だ。しかし、ああ見えて(自分の悪口には)かなりの地獄耳のため、思い付いたところで、か弱いクジョウは心中でしか呟けないのだが。


「でっか――」


不毛な復讐は早々に諦め、ひとまず辺りを観察してみる。

サラマンダーはドラゴンの里へ案内すると言っていたから、到着したこの場所がそうなのだろうが、想像していた里らしさはない。乾いた土の殺風景な景色がどこまでも続いている。その大地を覆うように周囲に広がる岩壁には、複数の巨大な穴が空いていた。


そして、一点だけ、乾いた色彩の中で抜群の存在感を放っているのが、目を惹きつけてやまない緑だ。辺りに馴染まない巨大な樹木が一本、雄々しくも禍々しく感じるほど、壮大に枝を伸ばしている。傘のように独特な形状で伸びた枝の下は、人間が百人以上は雨宿り可能なほど広い。あちらの世界ではまずお目にかかることのない、馬鹿げた規模の自然がそこにあった。


「……そうか」


壮大さに圧倒されると同時に、採石場を何百倍にも拡大したようなこの場所がドラゴンの里であることに、俺は妙に得心がいった。考えてみれば、ドラゴン一体あたりの大きさが人間とは比べものにならないのだ。そんな存在が集まって生活している場所が、俺の思い描く里の風景を成しているわけがない。おそらく、岩肌を穿つ巨大な穴の一つ一つが、ドラゴンたちの棲家なのだろう。


「よいしょ、よいしょ」


「……ん?」


「あ、ちょっと失礼しますよ」


「て、手伝おうか――?」


「いえ、結構です!」


足元から声が聞こえた気がして、俺は目線を落とした。俺の膝丈ほどの妖精が自身の背丈よりも大きな木材を担いで歩いている。その健気な姿に思わず協力を申し出たが、気持ちいいほど元気に断られた。


「オイラはブラウニーです。あなたはもしかして、人間ですか」


「あ、はい」


「なんと!」


これは珍しい! と、ブラウニーは目を輝かせている。


ブラウニーは人間の家に住み着き、家事を手伝ってくれる妖精だったはずだ。家人は彼らにお礼として食べ物やミルクを用意するが、あからさまに渡しては機嫌を損ねてしまう。あくまでも彼らが自発的に食べ物をゲットしたと思えるように、部屋の隅にお礼の品々を設置しておくのが、彼らと良好な関係を築くコツだったようだ。


前に聞いたセイレーンの話では、妖精たちがこの世界に移り住んだのは随分昔のことだという。妖精の寿命は知らないが、ひょっとするとこのブラウニーは、生涯で初めて人間に出くわしたのかもしれない。


「サラマンダーの遣いで来たんだ」


「ということは、ドラゴンの件ですね」


「知ってるの?」


「ええ。なにせ里が壊されましたから!」


ただいま大忙しですと、ブラウニーは額を拭った。


「じゃあ、被害に遭った周辺の里って――」


「オイラたちブラウニーの里ですね」


「それはお気の毒に……」


棲家が破壊されたのだ。怖いなんてものじゃなかっただろう。


「大変な戦いでした! 大きなドラゴンたちが暴れ回って、オイラたちの里は滅茶苦茶になりました。長老の妹の――婆さんが転がってしまって……」


「……そのお婆さんは今……?」


「寝たきりです」


「……ひどいな」


俺が大股で歩き回るだけでも、ブラウニーたちにとっては脅威に違いない。ましてや、俺の何倍もあるドラゴンのケンカに巻き込まれたのだ。里は一瞬で壊滅状態に陥っただろう。幸いなことに死者はでなかったようだが、寝たきりになった者までいては、もはやただのケンカでは済まされない。当事者のドラゴンたちにどんな事情があるのかは知らないが、到底許されるものではあるまい。


「あ、でも婆さんは元々寝たきりでした」


「……お、おう」


いずれにしても、俺がここに来たのは、サラマンダーからケンカの仲裁――当事者の聴取を任されたからだ。とにかく、ケンカをしている二体のドラゴンに会わねばならない。


「それでしたら、イグナルさんとゴウザルさんです」


「名前があるんだ」


「ドラゴンですから」


セイレーンやケルピーには、一体一体に個別の名前はなかった。さすがはドラゴン、叡智では精霊と肩を並べる眷属最強種である。


「イグナルさんは――あ、に、人間殿、オイラを掴んでくれませんか!」


「え?」


何やら焦った様子のブラウニーを咄嗟に抱き上げると、強風とともに大きく砂塵が舞い上がり、俺は両目を瞑った。


「――サラマンダー殿の遣いか」


「……目に入った……」


「人間殿、ゴウザルさんです!」


「……どうも……」


悪いけど今、それどころじゃない。

多分、ドラゴンが神々しく舞い降りてきた感じの――ちょっとかっこいい登場だったのだろうが、今の俺には関係ない。強いて言うならこの場所がいけない。舞い上がった砂塵が思い切り目を攻撃し、痛みと不快感がドラゴンに(まみ)えた感動を凌駕していた。


両目を瞬く俺を妖精たちは何とも言えない顔で見ていた。


「……我はゴウザル。此度はご苦労であった。我が棲家に招待しようぞ」


「俺はクジョウ……今ちょっと目が開かないんだけど――よろしく」


「乗るがよい。棲家はすぐだ」


それでも、古代生物を想起させる硬い皮膚や立派な翼、そして、自身の存在価値を正当に受け入れている堂々とした佇まいには、さすがに圧倒された。ちなみに、クジョウごときが対等に振る舞っているように見えるのは、不可抗力により俺が半眼だったことが大きい。よく見えてないから。見えてたら膝ガクガクだから。


棲家へ案内すると言い、腹を地面につけたゴウザルに跨る。飛び上がる直前に、ブラウニーを地面に下ろした。哀れにもケンカに巻き込まれた小さな妖精たちは、文句も言わず、里の復旧に邁進している。それを思うと、ドラゴンの背で飛翔している夢のような状況でも、心は踊らなかった。


しかし、サラマンダーの言っていたとおり、妖精たちのルールのせいか、はたまた序列のせいか、里を壊されたというのに、ブラウニーにはドラゴンに対する怒りや恨みが感じられなかった。このあたりはたしかに、人間の俺には分からない感覚なのかもしれない。


そして、俺がこの状況を楽しめていない理由は、ブラウニーの境遇よりも、俺がちょっぴり高所恐怖症であることが関係しているのかもしれなかった。というか、多分そうだった。


「クジョウ、もう着くが――」


「……うん」


「固まっていると落ちるぞ」


もっと風に沿って身体を傾けろ、と言う。


無理じゃない?

テーマパークのアトラクションじゃないんだよ。安全ベルトとかないの。ワイバーンのときとは比べ物にならない高さを飛んでるの。


「だだだだいじょうぶ。ゆっくり降りてくれれば、最悪ちょっとした怪我で済むから」


「……善処する」


「――あ、ありがとう――!」


ぶっきらぼうな言い方の割に、ゴウザルの着地は素晴らしく優しいものだった。通販番組もびっくり――卵も割れないドラゴンの着地である。本当にこのドラゴンがブラウニーの里を壊したのだろうかと疑いたくなるほどだ。


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