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クジョウ・リポート ~ジャーナリストもどきの異世界探索記録~  作者: 白砂ヨウ
第三章 クジョウ、ドラゴンの仲裁に入る
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サラマンダーの用

「――燃えてる!? なんで!?」


三度目の渡航である。


前回同様、陰と静寂に包まれた深い緑の森――ウンディーネの縄張りに到着するものと思っていたのだが、なんと地面から、チロチロと舐めるような赤い焔が噴き出している。


今度こそ丸焦げになっては敵わない。思わず足を引っ込めようとしたが、見渡す限りどこもかしこも焔に覆われているようで、逃げ場はないようだった。逡巡しているうちに両足が焔に巻かれ、俺は拳を握りしめた。しかし、予想していた痛みは一向に襲ってこない。


「……あれ?」


痛くないどころか、熱くもない。


少し冷静になった頭で辺りを見回してみると、どうやらここは森ではなく、洞窟の中のようだった。岩肌から絶えず焔が噴き出している。この場所がどこかは知らないが――心当たりはあるような気がするが、それはおいといて――ひとまず、ウンディーネの森が燃えているわけではないことに、俺は胸を撫で下ろした。森が燃えてしまったら、樹木に同化しているドライアドなんかは、ひとたまりもないだろう。


「焔の洞窟ね……」


なんというか、心当たりは一つしかない。


「この程度は平気だろう。ディーネの眷属よ」


「……やっぱり」


「また会ったな。そう驚くな――近いうちに(まみ)えると言っておいただろう」


かっかっかと焔の精霊――サラマンダーは豪快に笑った。

別に驚いてはいない。予想どおりだ。


「お前に用があってな。ディーネには話をつけてある」


「俺に……?」


おそらく、前にウンディーネが言っていたとおり、眷属契約を結んでいる俺がこの世界を訪れる際は、ウンディーネの元に姿を現す仕組みになっているはずだ。今回は精霊間で話がついていたから、サラマンダーの縄張りに呼ばれたということだろう。


ところで、サラマンダーが俺に一体何の用があるというのか。ワイバーンの件と、うっかり口を吐いて出た「阿呆」の件は、少々不公平ながら、お互い水に流したはずだ。


「うむ……」


俺の怪訝な視線に気付いたのか、サラマンダーはポリポリと額の辺りを掻きながら、珍しく言い淀む仕草を見せた。


「――クジョウ、お前に頼みがあるのだ」


「頼み……? どんな?」


「我の眷属――ドラゴンのケンカを仲裁してほしい」


「…………いやぁ」


ドラゴンって、あのドラゴンでしょ? 火の子に振り回されていたワイバーンにすらビビっていた俺が、火焔を吐き出すドラゴン相手に、ケンカの仲裁――?


「火焔は問題ない。お前がドラゴンの里を訪れている間は、使えんようにする」


「そんなことできるんだ……まぁ、契約している精霊の力だもんね――って、今なんて言った? ドラゴンの里に行くの? 俺が?」


「当事者と話をしてもらわんことにはな。セイレーンの島も訪れたのだろう?」


「行ったけど……」


けど、セイレーンのお姉様方とは、ちょっと訳が違くない?

鉤爪のある妖精とはいえ、体格的には俺よりちょっと大きいくらいで、そんなに威圧感はなかったし――何よりお姉様方は家出したセイレーンを心配していたわけで、血気盛んにケンカをしていたわけでもないし。


「そういえば、セイレーンとケルピーはどうなったの?」


「あぁ――ディーネに打ち明けたようだ」


その後のことは知らん、とサラマンダー。ウンディーネに話ができたのなら、あとはその判断を待つのみだが――まぁ、大丈夫だろう。あの一件は、二体がウンディーネに事実を告白することさえできれば、きっと良い方向に向かうはずだから。


ちなみに、とサラマンダーは話を元に戻した。


「このケンカはタイマンだ。他の者は参加していない」


「……妖精もタイマンって使うの……?」


つまり、ケンカをしているのは二体のみだから、里の中は安全だと言いたいのだろうか。


「だが、血気盛んなのは間違いない。周辺の里にも被害が出ている」


「危ないじゃん! 里の中どころか外も危険だよ!」


見境なく攻撃されてはたまらない。火焔がなくとも、脚や尾を振り回されるだけで、十分な破壊力だろう。


セイレーンの島でも、上陸した際はエモノを見る目で囲まれたのだ。あのときは水の子が窮地を救ってくれたが、サラマンダーに関して、分身を付けてもらうのは得策ではない。たぶん、本体に聞く耳がないから。


「心配するな。我の代理としてクジョウが赴く旨は伝えてある。協力するようにとな」


「……もう言ってあるの?」


俺の意思はどこへ。

というか。


「サラマンダーは行かないの?」


「……苦手なのだ。奴ら、少々プライドが高くてな」


気が合わん、と大精霊は呟いた。五歳児がピーマンを前にしたときと同じ顔をしている。


ウンディーネは、人語を解すのは四大精霊とドラゴンのみと言っていた。精霊と並ぶほどの叡智を持つ存在は、この世界でドラゴンの他にはいない。間違いなく眷属最強種だろう。そんな彼らが、自分たちの力や歴史に誇りと自信を持っているのは想像に難くない。そして、サラマンダーが、そのような存在と気が合いそうにないのも容易に想像がつく。


つまり、己が眷属とはいえ、対話に難儀する相手だから、第三者に仲裁を頼みたいということか。しかし。


「なんで俺……?」


ケンカの理由は知らないが、背景を理解している者――こちらの世界に詳しい者に頼んだ方がよいのではないだろうか。


「お前が妖精ではないからだ」


「え?」


「妖精には妖精のルールがある」


ルールの中で起きたことは、当然、ルールを熟知している者が解決にあたった方がよい。けれども、そこに収まらないことが起きたら。


たとえば、ほとんど例のない異種族間の婚姻。眷属最強種によるケンカ。


「外にいる者の方が適任の場合もあるのさ」


「……そういうもの?」


「それに、妖精には序列もあるからな」


ドラゴンの上位に位置する妖精や幻獣がいない状況で、彼らを仲裁に入らせるのは酷な話だ。上司のケンカを仲裁する部下はストレス満載だろう。その点、俺は妖精ではないから序列に組み込まれていない――つまり、第三者委員会的な立場をとれるということか。


「そういう意味では、我ら精霊に近いな」


「いや、全然違うでしょ」


まず力がない。何かのきっかけで妖精たちを怒らせようものなら、一瞬であの世行きだ。


「だから、我らのお墨付きで赴くのだ」


圧倒的な力で捻じ伏せられる精霊たちとは、俺は根本的に異なる。この世界で妖精たちと渡り合えるのは、俺ではない――ウンディーネやサラマンダーの力によるものだ。ウンディーネと契約しようと、俺が非力な一人の人間であることは変わらないのだから。非日常を享受するこの世界において、このことはしっかりと胸に留めておきたいところだ。自分の価値を過信すると、いつか足をすくわれる。そしてここでは、それは生死に直結しかねない。


「虎の威を借る狐になってはならんということだな」


「うん」


それはジャーナリズムにも反することだから。

そして。


「その気持ちで耳を傾けなければならんということだな」


「うん……」


「ドラゴンの話にな」


「……うん?」


「頼んだぞ」


「待って、今のは――」


イエスではなく、疑問符だったのだけれど。

でも、まぁ。


「ウンディーネもいいって言ったわけだし……」


ウンディーネなら、命の危険のある案件を許可したりはしないだろう。サラマンダーの担保はいまいち信用できないが、ウンディーネのゴーサインがあったのなら、話は別だ。


「そうだな。クジョウに用があると言ったら、そうかと言っていた」


「……え? そ、それだけ?」


「あまり連れ回すなとも言っていたな。クジョウよ。こいつをお前に付けよう」


気付いていないのか無視しているのか、俺の動揺などそっちのけで、サラマンダーは分身を差し出してきた。火の子はひょいと俺の腕を伝い、肩の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。どうやら分身たちはクジョウの肩を定位置としているらしい。


そういえば、焔が噴き出すこの空間もそうだが、火の子に触れても、俺はほとんど熱さを感じなかった。サラマンダーもこの程度は平気だろうと言っていたから、これはウンディーネの眷属になった効果なのだろう。とはいえ、すべての焔が平気なわけではない。ケルピーの棲家では、サラマンダーの怒りに触れ、熱を感じた。灼熱まで跳ね上がったものを打ち消すほどの力はないようだ。


「里へは我の焔が案内しよう。帰りはそいつに話しかけるがよい」


「うん、分かった――じゃなくて!」


「なんだ? 心配せんでも此度は聞く耳があるぞ」


「それはよかった……」


せっかく分身を付けても、感知できなくなる可能性があるのが、サラマンダーだ。今回は聞く耳を意識しているようだから、きっと大丈夫だろう――と信じたい。でなければ、俺はドラゴンの里から帰ってこられない。


とりあえず、出発前の不安材料はこれで全部片付いて――いない。


さらっと流されたが、一番大切なことが確認できていない。


「ではクジョウ、よろしく頼む」


「ちょっと、待っ――!」


サラマンダー君、きみ、ウンディーネに何も話していないよね。


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