家出娘の決心
「ウンディーネ様の遣い殿、はじめまして」
「どう?」
とってもイケてるでしょ、と目配せしてくる姐さんを努めてスルーする。
「どうも、ケルピーさん。クジョウです」
「クジョウ殿。ケルピーで構いません」
「ねぇ、どうなのよ」
「……うん……目力がすごいよね」
くるりと丸い瞳が、なんというか――かなり広い視野を持っていそうだ。例えるなら、
「……フクロウみたいな」
「あ、あんた――」
さすがに失礼だったか。
鼻腔の膨らむ音が聞こえ、思わず目を瞑る。だが、鉤爪アタックの代わりに待っていたのは、姐さんからの愛あるドツキだった。
「分かってるじゃない! 鳥面が最高にイケてるのよ」
「……そっか」
セイレーンって、半身、鳥だもんね。
なんにせよ、またぶっ刺されなくてよかった。痛いことには変わりないけど。
「クジョウ殿、このたびは誠に――」
「いやいや、俺は何も……」
お手を煩わせて申し訳ないと、目力強めの紳士に深々と頭を下げられ、俺は恐縮した。
ウンディーネの遣いということになってはいるが、実際は島のセイレーンから話を聞いた――そしてちょっと怪我をした――だけだ。灼熱のワイルドカードの登場により、当事者から話を聞く作業はほとんど必要のないものになった。全員の話を聞き終えたところで、再度ウンディーネに指示を仰ごうと考えていたのだが、この件について、これ以上俺にできることはなさそうだ。
当事者間にトラブルはない。同じ気持ちを共有している――あとはウンディーネが婚姻を認めるか否か。
「ほんとに何も……」
思っていたよりもあっさり事情が判明し、正直、拍子抜けの感はある。だが、サラマンダーがいなければ、セイレーンも正直に事情を打ち明けることはなかっただろうから、聞き取りはかなり難航していたはずだ。何も聞き出せないまま、ネスタ社へ帰還していた可能性もある。
俺が遣いとしての役割を果たせなければ、ウンディーネが自ら出ていくことになり、それはウンディーネの意に反することだ。短い付き合いだが、闖入者の俺に親切にしてくれた恩には報いたい。そう考えれば、サラマンダーの登場は、俺にとってありがたい展開だったのかもしれない。
「それで――これからどうするつもりだ」
サラマンダーから視線を向けられる。
どうもこうも、ここから先は、この世界のルールで粛々と処理されるのみではないのか。二人の婚姻は主たる精霊が判断すること。そう教えてくれたのは、サラマンダーだ。
「ディーネに報告が必要だろう」
「それはそうだけど……でも、こういうのって自分たちの口から伝えた方がいいんじゃないの?」
あちらの世界でいうところの婚姻の挨拶みたいなものだろう。当事者不在の場で、第三者が親族に報告するのもおかしな話だ。それに今回は、単なる報告で済む話ではなく、ウンディーネの許可が欲しいのだから、なおさら自分たちで話しに行く方がいい。
「だが、この者たちは婚姻が通らぬと考えているのだ」
「いや、だからってこのまま黙っているわけにも……」
事情を知らない島のセイレーンたちは、今この瞬間にも彼女を心配しているし、事態が長引けば思い切った行動に出る可能性もある。
何より、既にサラマンダーにバレているのだ。この状況で、主たるウンディーネに隠し通すのは得策ではない。
「……分かっているわ」
セイレーンが吐息混じりに呟いた。
言わねばならない。でも、その告白がもたらす未来を受け入れる自信がない。ウンディーネの意向次第では、二人にとってのバッドエンドもあり得るし、むしろ、セイレーンはその可能性の方が高いと考えているようだ。
島を出た時点で、自分の気持ちに正直に生きると決めていたのだろうが、いざ主に許可を得る段階になり、二の足を踏んでしまったのだろう。そして、その逡巡が仲間の心配を募らせ、望まない争いの火種になりかねない状況に陥ってしまった。
セイレーンの顔には、疲れと苛立ちが滲んでいるように見えた。長引く不安に本人が一番蝕まれている。思い詰めた様子のセイレーンをケルピーは心配そうに見つめていた。
「……これからウンディーネ様のもとへ行くわ」
「わたしも一緒に行くよ」
ケルピーがセイレーンの手を握る。セイレーンはケルピーに頷きを返し、俺に向かって顎をしゃくった。
「あんたもウンディーネ様に報告しないとでしょ――せめてその前には話をするわ。これ以上、ウンディーネ様に失礼な真似はできないもの」
「……うん」
なんだろう。なぜか少し、モヤモヤする。
セイレーンの覚悟は分かる。ケルピーが彼女に寄り添う姿も間違っていない。サラマンダーとおつかいの俺が真相を把握していて、主たるウンディーネが知らないのはまずい――そのとおりだ。
でも、生涯のパートナーに出会えた報告って、もっと喜ばしいものじゃないのか。
こんなに苦渋に満ちた顔をして、心を擦り減らすものでいいのだろうか。
それに、俺の感触では――。
「……あのさ――」
「そう暗い顔をするな」
「……はい。サラマンダー様」
「どれ、我がディーネに口添えをしてやろう」
「え……?」
唖然とするセイレーンとケルピーを前に、サラマンダーはニヤリと笑った。
セイレーンは驚きを隠せない様子で、両手で口許を覆った。鉤爪は――大丈夫そうだ。さすがに自分自身を傷付けることはないらしい。
「サラマンダー様……よ、よろしいのですか?」
「無論だ」
セイレーンとケルピーの表情がみるみるうちに明るくなる。今までの重苦しい空気が嘘のように、場に安堵感が漂っていた。
「セイレーンは一度島へ帰れ。仲間に顔を見せてやるがよい」
「わ、わたしも――」
「……そうね。あなたも一緒にきて。まずはみんなに謝らなくちゃ」
ディーネにはその間に話をしておく、とサラマンダーが続け、セイレーンとケルピーは大精霊に深々と感謝の意を示した。
そうと決まれば早速帰るわよと、水を得た姐さんは姐御肌むき出しでケルピーの尻を叩き、あっという間に二体の姿は見えなくなった。去り際に、あんたもありがとねと、取って付けたようなセイレーンと、クジョウ殿また改めてお礼を――と焦ったようなケルピーの声が聞こえた気がする。




