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サラマンダー登場

「これは……」


セイレーンの島から再び大陸を踏んだ俺は、目の前の光景に思わず息を呑んだ。対岸にはケルピー――馬が一頭いる。こちらには気付いていない様子で佇んでいるが、その姿は神々しいの一言だ。あまりの美しさに目が釘付けとなったまま、身動きができない。


これは――釣られる。


件のセイレーンも、かつて、あちらの世界で水面に誘い込まれてきた数多の人間たちも、きっとこんな状態だったのだろう。目が合えば、否、一鳴きされれば、俺の足は川面に向かって歩み出すことだろう。


だが、俺はケルピーのエモノになるべく、この場所を訪れたのではない。ウンディーネのおつかいとして、家出トラブルもとい軟禁事件への関わりを聞き出すために来たのだ。


セイレーンと異なり、ケルピーの見た目に人間的要素はない――というか、完全に馬だが、ウンディーネの眷属となった今なら、言葉は通じるはずだ。


「――よし」


対岸に向かって声を張り上げようとした、そのとき。


「ちょっと。ちょっと、そこの人間!」


「え? あ、いたたたた! 爪、爪!」


ものすごい力で腕を掴まれ、繁みに引っ張り込まれた。相手はセイレーンのようだ。ケルピーの棲家にいるということは、件のセイレーンで間違いないだろう。


ていうか、爪刺さってる。なんなの、セイレーンの間でクジョウ刺しが流行ってるの?


「あんた、ウンディーネ様の遣いでしょ」


「そうだけど……そっちは家出中のセイレーン? 怪我とかは――なさそうだね」


無理やりこの地に留められているのなら、外傷があってもおかしくはないが、見た限り、そのようなものはなさそうだ。やはり何かしらの契約による軟禁なのか。


「怪我は……ないわ。みんながウンディーネ様に相談したのね……」


「仲間は心配してたよ。ケルピーに捕らえられて、帰れなくなっているって――」


「え、ええ。心配かけて申し訳ないわ」


「ケルピーに契約を結ばされたんじゃないかって話していたんだけど――」


「そ、そうね……」


セイレーンは腕を組み、落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。

何だか挙動不審だ。ケルピーに気付かれないか、怯えているのだろうか。


「家出――今の状況について、まずはセイレーンの言い分を聞かせてもらえる?」


「まずはって……ケルピーとも話すつもりなの?」


「え……うん」


グサッと、勢いよく両肩を掴まれ、俺は数歩よろけた。もはや言うまでもないが、思い切り刺さっている。そして俺はもう、悲鳴も上げない。ちなみにこれは、労災としてウンディーネに請求すべきか、あるいはネスタ社か、どちらがよいのだろう。


「……そ、それはまずいわ……ダメよ」


「え、なにが?」


労災は認定されづらいから、よせということか。それでは泣き寝入りではないか。そもそも、きみたちセイレーンが、何かにつけてクジョウを刺すのが問題なのであって――。


「違うわ! 何の話をしているのよ……ケルピーに話をするのはダメなの……」


「……どうして?」


「それは……」


「そういう契約なの? 俺が――誰かがケルピーに君のことを聞いたら、今よりも状況が悪化するような――」


告げ口禁止、助太刀禁止のような取り決めが含まれているのか。しかし、そうだとすると、こうしてセイレーンと話をすることも、禁止事項に抵触するような気がするが、これは問題ないのだろうか。


返事はない。セイレーンは悩まし気に首を捻っている。


とにかく、話をしてもらえないことには、先に進めない。ケルピーとの接触はさておき、まずはセイレーンの話を聞きたいと伝えようとした、そのとき。


「半分アタリだな」


またもや俺の言葉は突如として遮られた。



青空のようにカラッと爽やかな声、そして、辺り一帯を照らす太陽のような暖かさ。ウンディーネのように、まさしく神の創り給うた完璧な美に圧倒されるわけではない。しかし、隠すこともない絶対的なオーラがその存在を物語っている。



「――サ、サラマンダー様!? なぜここに……」


焔の精霊――サラマンダーは、動揺するセイレーンを鷹揚に見据えた。


「我の悪口が聞こえた。なぁに、そんなことはどうでもいい。セイレーンよ。この者の問いへの答えは、こうであろう? 『半分アタリ』さ」


「……はい。サラマンダー様の仰る通りです」


「……どういうこと?」


四大精霊の登場、そして、半分アタリ。


どうやら、サラマンダーとセイレーンの間では事の次第が通じているようだが、俺にはさっぱりだ。加えて、なぜかサラマンダーが登場したことで、セイレーンはバツが悪そうに見える。力差ゆえに妖精が精霊に委縮するのは分かるが、まるで、やましいことでもあるかのような顔をしているのが解せない。


「そう難しい顔をするな、ディーネの遣いよ。今にお前にも分かる。さぁ、ケルピーを呼んでこい」


自信と威厳が漲る声で、サラマンダーは言った。前半は俺に、後半はセイレーンに。


ケルピーを呼べと告げられたセイレーンは、小さく「……はい」と返事をした。明らかに不承不承といった様子だ。俺がケルピーと話すことをあんなに――鉤爪をぶっ刺してまで嫌がっていたくらいだから、自ら呼びに行くなど以ての外なのだろうが、サラマンダーの命令を断ることはできないのだろう。


「……大丈夫?」


半分アタリの内訳は不明だが、俺やサラマンダーがケルピーと接触することで、セイレーンの身に危険が及ぶ心配はないのか。


重い足取りでケルピーの元へ向かったセイレーンの背中に思わず声を掛けたが、返ってきたのは、焔の精霊によるあくび混じりの一言だった。


「――ふあぁ。そう気を揉むな、人間よ。楽しめ」


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