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お姉様の心配

「ウンディーネから聞いた話では、ケルピーにその……釣られたってことだったけど」


「そうよ。わたしたちセイレーンはエモノを誘き寄せるのが生業……あの子が面目ないと感じても無理はないわ。でも、それはもういいの。エモノを狩っていたのは随分昔の話なんだから、今さら気に病むようなことじゃない。あの子にはそう伝えたし、本人もそのつもりなんだけど――ケルピーにやられてしまったから、帰れないって……」


「本人と話したの?」


セイレーンは深々と溜息を吐きながら頷いた。


帰りたくても帰れない状況を疑っていると聞いていたから、てっきり、本人とは接触できていないものと思っていた。セイレーンの言う通り、仲間から気にするなと告げられ、本人も了解しているのなら、面目云々が理由とは考えにくい。しかも、その上で「ケルピーにやられた」と発言しているのなら、島に帰れない原因は、やはりケルピーにある。


ウンディーネは否定したが、たしかにこの状況では、敗れたことによる主従関係のようなもの――ケルピーによる軟禁をセイレーンたちが疑うのも分かる。


ところで。セイレーンって日干しするんだ。なにを?


「きっとケルピーに契約を結ばされたのよ」


「敗れた代償か……ケルピーって元々そういう相手なの?」


伝え聞く妖精たちは時に、理不尽にも思えるほど残酷だ。イタズラと一括りにはできない仕打ちをすることもある。


「分からないの」


セイレーンは戸惑い顔で首を捻った。


「あまり親しい存在でもないし……ただ、今までそんな話を聞いたことはなかったんだけど……」


元々そのような存在なのか、ケルピーに何か変化が生じているのか。あるいは、そのケルピー特有の性質なのか。そもそも、セイレーンがケルピーに狙われることはなかっただろうから、ケルピーの性質をセイレーンがよく知らなくても無理はない。


「話してみないことには分からないか」


件のセイレーンとケルピー。話を聞くためには、ケルピーの棲家へ行かなければならない。


セイレーンの想像通りの仕打ちをケルピーが行っているとすれば、正直、会いに行くのは気が重い。人間の俺が間に入ったところで、前脚で一蹴されるのがオチだろう。しかし、今の俺はウンディーネの遣いだ。さすがに命を取られることはあるまい。それに、異世界探索を掲げている身としては、事情はどうあれ、こちらの住人と接触できる機会を逃したくはない。


「お願い。わたしたちがケルピーを問い詰めるわけにはいかないの。ウンディーネ様にも迷惑をかけることに……」


島のセイレーンたちがケルピーの棲家へ乗り込めば、眷属同士で争いが起きる。それはウンディーネも懸念していた事態であり、それを防ぐために俺は遣わされた。だが、事は当初の想像よりも深刻かもしれない――家出トラブルが軟禁事件の様相を呈してきた。


「うん。それはもちろん――」


これがあちらの世界の話ならば、事件に首を突っ込むなんて御免被るが――我ながら報道関係者(ジャーナリスト)を目指していたとは思えない発言である――今の俺は大精霊のおつかいであり、元より、件のセイレーンとケルピーからも話を聞くように仰せつかっている。


だから、ケルピーの棲家を訪れる気は満々なのだが――。


「問題はどうやって行くかなんだよね……」


ウンディーネは島へ送り届けてくれたが、以降の事は何も言わなかった。ウンディーネの眷属は水の抵抗が少なくなるようだから、海を泳いで行けるのかもしれない。心配なのは、この深い霧で目的地がまったく見えないことだ。セイレーンたちに道案内を頼もうか。


しかし、頼りのセイレーンは、きょとんとした顔で言った。


「どうやってって――ウンディーネ様の分身を連れているじゃない」


「――え? 水の子?」


「そのために連れているのではないの? 分身はウンディーネ様と繋がっているのだから、行きたいところを伝えれば、連れて行ってもらえるはずよ」


「そうなの?」


だからウンディーネは、自分の代わりに水の子を付けてくれたのだ。てっきり、俺がおつかいと判るように同行させたのかと思っていたが、もっと重要な意味があったらしい。


「……あれ?」


分身は精霊と繋がっている。


だとすると、なぜサラマンダーの火の子は、ワイバーンの中で暴れていたのだろう。もしかして、ピクシーや俺が死にかけたのも、サラマンダーの仕業だったのだろうか。


恨みがちにそう言うと、セイレーンは「ない、ない」と鉤爪を振りながら笑った。だから痛い。ちょっと刺さってる。


「サラマンダー様だもの」


「……というと?」


「分身を作り出すとその分、精霊本体の力は減少するの。でもあの方は、そんなこと気にしないのよ」


つまり、精霊の力を一〇〇とすると、一〇の力で作った分身が動いている間、本体は九〇の力しか出せなくなる。だから普通は、分身を作り出したことを忘れるはずがない。


でも、サラマンダーはどうやら違うらしい。そういえばウンディーネも、居眠りでもしていたのだろうと呆れていたっけ。


「サラスの阿呆ね……」


ウンディーネがそう呼ぶ理由がちょっと分かる。自分のパワーに無頓着なのは構わないが、それで死にかける、か弱き者もいるのだ。名をクジョウという。


「それじゃあ、気を取り直して行ってくるよ」


「どうか気をつけて。今のケルピーは何をするか分からないわ。セイレーンを捕らえるなんて――クジョウ、同じウンディーネ様の眷属としてお願いするわ。あの子を連れ戻して」


「え……あ、うん。とりあえず話してみるよ」


連れ戻すと約束はできないけれど、与えられた仕事はしっかりやるつもりだ。

セイレーンとケルピーから話を聞くこと。


ところで、今ちょっと怖いこと言わなかった? 何されるか分からないって聞こえたんだけど、気のせいかな。


「じゃ、じゃあ――」


俺の不安を他所に、相変わらず楽しげに揺れる水の子を肩からそっと下ろし、両手で掬うように顔の前に近付ける。


「水の子、ケルピーの棲家に連れて行って」


返事はなく、俺は再び水柱に飲み込まれた。


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