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世界が分かつまで

そんなわけで、家出トラブル解決のため、まずは島のセイレーンたちに話を聞きに来たのだが――これといってすることがないのなら付き合え、この世界の探索にもなるだろうと言い放った大精霊は、この場にはいない。曰く、「今わらわが出張っては、真に解決できぬ」らしい。


たしかに、セイレーンやケルピーにとって、ウンディーネは主のような存在なのだから、一言、「棲家へ帰れ」と言えばこの話は終わるだろう。


だが、それでは、出て行ったセイレーンの気持ちはどうなる。ケルピーはどう関わっている。当事者に何か思うところがあっても、すべて無視されることになってしまう。そのような力による解決をウンディーネは望んでいないようだ。


それは分かる。でも、俺一人で上陸するのは、のこのこと溺れに行くようなものだ。案の定、想像以上のモテっぷりだったし。エモノとしてだけど。


正直、早々に魂を取られるかと覚悟したが、ウンディーネも考えてくれていたらしい。水の子が一緒なら、ウンディーネと繋がりのあることが分かる。ウンディーネの遣いとして、双方、否、三方に話を聞くのもスムーズだろう。




「ごめんなさいね。人間の男なんて本当に久しぶりで、みんな色めき立っちゃって」


「久しぶりって――セイレーンは船乗りを狙うんじゃないの?」


「昔の話よ。あなたたち人間と棲家が同じだった頃のね」


俺をエモノではないと判断し、お姉様方を下がらせてくれたセイレーンは、どうやらみんなのまとめ役のようで、ウンディーネに相談に来たのも彼女だったそうだ。


崖縁に腰を下ろし、セイレーンの話を聞く。漂う深い霧のおかげで、海には何も見えないが、隣のセイレーンの鋭い爪は目に入る。できればこれも見えなくていい。


「わたしたち妖精は、人間とともにあった。驚かせ、懲らしめ、時に手助けをしてね。同じ世界にいたけれど、同じ時を生きることはなかった。ずっと昔はそれでよかったの。でも時が経ち、人間は力を得た。わたしたちは狩られる存在になったのよ」


「妖精を狩る……」


「ヴァンパイアハンターなんて、聞いたことはない? かつては敵なしの魔物ですら棲家を追われる身よ。人間と同じ世界にはいられなくなったの」


「え……じゃあ、元々はあっちに――?」


セイレーンは静かに頷いた。


こちらの世界で出会う妖精や幻獣が、なぜあちらの世界――俺が暮らす人間の世界で語り継がれているのか。そしてなぜ、今は伝説となり、姿を見せないのか。


元は同じ世界にいた彼らが、あるとき、こちらに移り住んだからなのだ。


人間が力を得たから。妖精たちのイタズラも科学的に説明されるようになり、理屈のつかないもの――脅威は徹底的に排除されるようになったから。


俺には、それが人間にとっての進化なのか退化なのかは分からない。


キリハラさんは言った。


――彼らの存在が我々の世界にどう繋がるのか――それ次第で、発展と防衛、そのどちらに舵を切るべきなのかを決めなければなりません。


棲家が分かれた今となっても、俺たちはまだ、彼らを見極めることができていない。


「みんなでお引越しね。一部――ヴァンパイアなんかを除いて」


「ヴァンパイアはあっちにいるの?」


「ええ。彼らは人間がいないと生きていけないもの。まぁ、今も生存しているかは分からないけど」


人間の血が必要なヴァンパイアは、いくらハンターに追われようと、人間のいないこちらの世界で暮らすことはできなかったのだろう。あっちでヴァンパイアに出くわしたらかなりビビるが、セイレーンの言う通り、既に絶滅している可能性もある。ヴァンパイアハンターの存在は現代の俺でも知っているくらいだから、当時はかなり熾烈な戦いだったんだろうし。


それはさておき。

ヴァンパイアの動向にも興味はあるが、今はセイレーンの家出問題だ。


「セイレーンは今――人間がいない今は、こっちで何をしているの?」


いつも海原で歌声を響かせていると、ウンディーネは言った。船乗りを襲うことはなくても、自慢の歌声は健在なのだろう。


「いつもはみんなで歌うか、サラマンダー様で遊ぶか――」


「ん?」


サラマンダー様()


「サラマンダー様は、わたしたちの歌をよく聞きに来てくださるのよ。最初は一緒にハミングなさるのだけど、そのうち瞳がトロンと虚ろになって、そのまま海に落ちそうになるのだわ」


「……せ、精霊すら手にかけるってこと……?」


お姉様方のエモノを見る目が頭をよぎる。恐る恐る尋ねると、「とんでもない!」と鉤爪を振り回しながら笑い飛ばされた。ちょっと刺さった。


「いくら気さくな方でも、精霊を沈めるなんてさすがにしないわ。サラマンダー様は水が苦手だし。お身体が傾いたところで歌をやめるのよ。そうすると我に返って、いつも不思議そうな顔をなさるの」


「はぁ……」


「それに、サラマンダー様が落ちたら、辺り一帯が干上がってしまうわ。ウンディーネ様にも叱られちゃう」


それはそうだろう。灼熱の焔の精霊が海水で瞬殺されるとは思えないし、ウンディーネが怒るところも想像がつく。サラマンダーが恐れ多いというより、ウンディーネが怖いのではないだろうか。ワイバーンの件といい、セイレーンの話といい、どうやらサラマンダーは随分お調子者のようだ。まぁ、ウンディーネに言わせれば、サラスの阿呆だし。


「それで、普段は海で歌ってるんでしょ? ケルピーは川にいるんじゃないっけ」


「ケルピーがいるのは向こうよ。わたしたちは島の周りで自由に歌っているから」


セイレーンのいう「向こう」は、さきほどまで俺がいたウンディーネの森と地続きの大陸のことだ。視界は霧でいっぱいで目視することはできないが、今いるセイレーンの島は、大陸の南に位置しているはずだ。


ケルピーの棲家は大陸の中にあるが、海へ流れ込む川に棲んでいるのだろう。島を周遊しているセイレーンの行動範囲内ということだ。


「あの子は岩場で日干しをしていたところ、ケルピーに出くわしたのよ」


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