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研究調査部のおもてなし

「本日はようこそお越しくださいました」


「どうぞお座りください」


「あ、はい……え?」


ネスタ社である。


当たって砕け散る――否、かすりもしないつもりだった取材依頼に対して、返事が届いたのは二日後のことだった。なんと、沈黙を貫くネスタ社から、「社においでください」ときた。


我が目が信じられず、送信元のメールアドレスを大声で十回は読み上げ、隣人から壁ドンをくらった。


そして今。そのネスタ社の応接間で、俺は再び我が目を疑う光景に出くわしている。


絵画から出てきたかと見紛うばかりの可憐な女性が、可愛らしい仕草で頭を下げている。窓からの陽光を反射して、アメジストの艶髪がキラキラと揺れていた。


だが、その蜂蜜色の煌めく双眸から目が離せない――と、抱いた思いは一瞬で嘘になった。


傍らに立つ長身の男性から着座を勧められた先に、俺の目は釘付けになってしまったからだ。


渋味がかったブラウン――なぜか心を落ち着かせる丸みを帯びた――否、丸そのもののフォルム。庶民のお茶の間では抜群の安定感を放つそいつが、今をときめく超話題企業の広すぎる応接間で、コレジャナイ感を最大限に発揮している。


ちゃぶ台である。


現実離れした美女から一瞬で俺の視線を奪ったそいつは、ふかふかの座布団を侍らせ、なんだか得意気にすら見える。


俺は試されているのだろうか。取材お断りの鉄壁企業様にとって、凡人の極みたるこの俺が、ガードを緩めるに値する存在なのか、値踏みをされている――?


あるいは、この超話題企業では、分不相応にも取材を申し込み、まんまと釣り上げられた哀れなジャーナリスト気取りをちゃぶ台でもてなすなどといった――凡人の俺には到底理解できそうにもない、高度なイタズラが流行しているのだろうか。


「…………ふ」


だとしたら、その程度の嫌がらせに屈するような俺ではない。


崖っぷちのジャーナリストもどきを甘く見てはいけない。

二年前、黒歴史「陳腐で青(モラトリアム・)臭い演説(インパクト)」を作った男だ。


大言に見合う記事はただの一度も書くことができず、この瞬間、最後の一発逆転に全身全霊を賭けている男が選んだ答えは、ただひとつ。


『お堅い企業ネスタ社は、低俗なジョークがお好き?』


どのような扱いを受けようとも、あのネスタ社に入り込むことに成功したのだ。これを書かない手はない。


そっちがその気なら、俺はこの仕打ちで存分に儲けてやるだけだ――と、崖っぷち野郎が鼻息を荒くしたところで、


「…………だから言ったんだ」


はぁああ、と盛大な溜息とともに、長身の男性が頭を抱えた。


丁寧に撫でつけていた髪を無頓着にかき上げ、どんよりとした瞳で傍らの美女を見据える。きっちりと折り目のついたダークブルーのスーツが、心なしかくたびれて見えた。


「キリハラ。お客さまの前で何ですか、その態度は」


「そのお客様になんてことをしてくれたんだ、お前は」


キリハラと呼ばれた男性は、顔を顰めながら、足元のまんまるフォルムを指さす。


美女は両手を腰に当て、


「これは文化的おもてなしです。クジョウさまの文化圏では、親しき者がこの台を囲むのだと文献にありました。ぜひともクジョウさまと親睦を深めたい――このおもてなしで、我々の気持ちを表現するため、研究調査部に特注で作らせたのです」


と、誇らしげに胸を張った。


「……アリシア。クジョウ様をよく見ろ」


「はい?」


「戸惑っておられる」


驚愕に見開かれた双眸が俺を射抜く。


薄桃色の薄い唇から、「そんな……」と小さな呟きが漏れ、俺の方が何だか悪いことをしているような、居たたまれない気持ちになった。


キリハラさんがもう一度重い溜息を吐き、深々と頭を下げた。


「クジョウ様、申し訳ありませんでした。しかしながらこれは――こちらのアリシア――弊社の研究調査部長の言葉の通り、決して悪ふざけの類ではないのです。我々は少し――いえ、多分に常識の欠如している人間の集まり故、度々このようなことが……本日も、クジョウ様に最高のおもてなしをすべく、試行錯誤を繰り返したはずだったのですが……」


「は、はぁ……」


可憐な美女――アリシアさんはなんと、ネスタ社研究調査部の部長らしい。その才色兼備の彼女が俺をもてなそうと一所懸命に考えた結果が、ちゃぶ台――否、結果は一旦忘れよう。


「俺……ぼ、ぼくのためにですか」


「はい。ですが……」


失敗してしまったようですね、とアリシアさんはしょんぼりと瞳を伏せた。


これほど可憐なアリシアさんが、俺なんぞのために時間を割き、考えてくれたのだ。結果なんてどうでもいい。そう、人生には結果よりも過程が大事なときがあるよね。


ちゃぶ台のおもてなし、いいじゃないか。

相手の文化圏に歩み寄り、親睦を深めようとするなんて、まさに時代の最先端だ。


「申し訳――ク、クジョウ様?」


「いいですね、ちゃぶ台。最高です。やっぱり落ち着きますね」


ふかふかの座布団に腰を下ろし、研究調査部長と何だか気の毒な紳士を見上げる。


驚いた様子のキリハラさんとは対照的に、アリシアさんは大輪の華が咲いたような笑顔を見せ、俺の対面に腰を下ろした。


「キリハラ、何をしているのです。クジョウさまがお待ちです」


さぁ、さぁ、と隣の座布団をポフポフし、キリハラさんに着席を促すアリシアさん。

分かりやすく嬉しそうだ。


美女の満足気な表情に見惚れている間に、しぶしぶといった様子でキリハラさんが着座し、ようやく全員が応接セットに落ち着いた格好になった。




「改めまして、クジョウさま――本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。わたくしはネスタ社研究調査部の部長を務めております、アリシアと申します。こちらは研究調査部スタッフ(ラボメンバー)兼秘書のキリハラです」


「さきほどは大変失礼いたしました」


「あ、いえ――頭を上げてください。こちらこそお招きいただいて、ありがとうございます。なんというか――正直、なぜ呼んでもらえたのか、とても驚いています」


鉄壁の守備を固めているネスタ社が、なぜ俺なんぞを選び、社内へ招待したのか。しかも、研究調査部長が直々に出迎えるなどといった、破格の対応かつ、ちゃぶ台付きである。


俺の疑問符に対面の二人は顔を見合わせ、こくりと頷いた。


アリシアさんが俺に向かって、ぐっと身を乗り出す。近すぎる美女の顔面に俺は固まった。


「クジョウさま。あなたさまにはぜひとも、我が社と専属契約を結んでいただきたいのです」


「――はい?」


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