大精霊との契約
「……ウンディーネと契約させてもらいたい」
「よいぞ」
「あっさり!」
拍子抜けするほど簡単に大精霊は頷いた。
「クジョウ、片手を出せ」
言われたとおりに右手を出す。それにウンディーネの手のひらが重なると、一瞬だけ全身の血液が沸騰したように猛烈な熱気が訪れ、次の瞬間には、頭のてっぺんからつま先を冷気が駆け抜けていった。
「契約成立じゃ」
「……これだけ?」
もっと仰々しい儀式を想像していた。
向かい合い、手のひらを合わせるだけ――時間にして、五秒もかかっていないだろう。
「なんじゃ。不満か?」
「いや……」
契約の過程は正直どうでもいい。大事なのは中身だ。
「それで、俺は何ができるようになったんだ?」
サラマンダーとの契約で、ドラゴンは火焔を吐き出せるという。
では、ウンディーネとの契約では、あの水柱のような水流を操れるのだろうか。
「指を出せ」
「はい」
「水が出る」
ちょろちょろ。
人差し指の先端から、申し訳程度の水が出た。
「……これだけ?」
「なんじゃ。不満か?」
「おおいに!」
水柱どころか、ウォシュレットの最弱よりも勢いがない。
項垂れる俺に、ウンディーネは困ったような表情を浮かべた。
「我らの力を使うには、器となる肉体が強靭でなければならぬ。じゃが、そなたら人間の身体は脆い。ゆえに、せいぜい指先から水を出すのが限界じゃ」
「……そうだよね……」
ワイバーンが火球を吐く姿を目の当たりにしたからこそ、よく分かる。サラマンダー本体の力じゃない、火の子が暴れていただけで、あのレベルだ。あんなものを人間が吐き出そうものなら、内側から一瞬で炭になるだろう。
異世界に来たからといって、突然、魔法のような力が手に入るわけがない。ワイバーンやピクシー、そして四大精霊の一角との遭遇で、俺は地に足がついていなかったようだ。
「ありがとう、ウンディーネ」
むしろ、早いうちに現実に戻してくれてよかった。
俺は、この世界があちらの世界にどのように繋がるのか――発展と防衛のどちらに舵を切るべきなのかを見極めるために、記録を任されている。魔法や人外の力はむしろ使えない方がいい。人間として、彼らに向き合うことが重要なのだ。
「うむ。ところでそなた、それはなんじゃ」
そなたの世界の飾りか、と、大精霊は興味深そうに俺の左胸を指さした。
「え? あぁ、これは帰還装置だよ。使い方は知らないけど……どうも、向こうに帰るには時間の経過を待つしかないみたいで、緊急脱出用に借りてきたんだ」
「ほう。そういえば、あの小さき人間は突然彼方へ戻っていったな」
ナイアデスの膝で果実を頬張っていたところじゃったと、さらりと言う。
「膝で!?」
ダメだ。クジョウ、もう考えるな。お前はとっくに負けている。
とにかく、ランドル先輩は、時間の経過とともに元の世界へ帰っていったのだろう。そして、ワイバーンと遭遇した経験から、万が一に備えて「今すぐカエルくん」を製作した。
残念ながら、俺の準備不足で、その力は発揮されなかったけれども。
「押してみたらどうじゃ」
大精霊は何だか楽しげだ。
えい、とウンディーネが「今すぐカエルくん」の頭を押す。
けろけろ。
「……………………」
大精霊は辺りをゆっくりと見回した。
「……山や洞窟のニンフはオレイアデスといって――」
なかったことにしたようだ。
「ごほん。そうじゃの……頭がダメなら腹はどうじゃ。撫でると懐く獣もおるぞ」
「カエルの腹はあんまり触りたくないけどなぁ」
そもそも獣じゃないし。
「今すぐカエルくん」は頭と背中を表にしている。腹を見るには、左胸から取り外さなければならない。
正直、危機的状況を脱した今、このまま時間の経過を待っていても問題はないのだが、大精霊が何やら興味津々のため、とりあえず言われた通りにすることにした。
左胸から取り外した「今すぐカエルくん」をひっくり返す。
腹を押してみたが、何の反応もなかった。
「違うか……」
「撫でてみよ」
カエルの腹に指をスライドさせる。
「――えっ。え?」
途端に、ぐにゃりと視界が歪んだ。
異世界探索一日目。
最後に見たのは、「それ見たか」と言わんばかりの笑みを浮かべた美貌の大精霊だった。




