85 ギルドマスターは樹海で裏切られます
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【the edge of twilight online】最強の火力ダンジョン富士・火口。
最強火力を誇るスザクや焔蛇を守るため、富士山の裾野に広がるエリアダンジョン富士・樹海はマップが存在しない迷路で、パーティーで進入しても必ずメンバーをバラバラの場所に飛ばして引き離す。
この起こるべき現象が起こらない状況に戸惑うわたしたちの耳に、やっとクロエの声が届いた時はちょっと泣きそうになった。
「クロエっ?!」
『やっぱり来てくれた』
「ねぇ大丈夫?
くるくるやぽぽは?」
『ちょっとうるさいよ、グレイさん。
静かにしててくれる? 話せないじゃない』
うん、いつものクロエだわ、よかった。
でも喜んでばかりもいられないみたい。
『ぽぽは落とされて動けない。
僕はくるくると合流しようと思ったんだけど、ぽぽを落とした脳筋がくるくるの近くにいるらしくて動けなくなってる』
クロエに言われてマップを見たら【unknown】 って大きく中央に書かれた空白の中、クロエとくるくるの位置情報が表示されている。
二人の位置はずいぶん離れていて、落とされる前にウィンドウを操作出来なかったぽぽの位置は未だわからない。
でもくるくるに近い位置だってことは、ぽぽを落としたと思われる剣士たちがすぐさま移動してきたことから推測出来る。
「二手に分かれましょう。
カニやん、好きなのを連れて行っていいわよ」
「じゃ、クロウさん以外」
『ちょっと! しょうもないことやってないで、さっさとしてよ』
わたしがなにか言うより早くクロエに突っ込まれてたわ、カニやんてば。
この状況を和ませてくれようとしたのかもしれないけれど、見事にさっくり切り落とされ、脳筋コンビにまで馬鹿にされちゃってちょっと怒ってる。
結局わたしと一緒に来るのはクロウと柴さんで、ぽぽとくるくるを探しに。
カニやんはムーさんとJB、恭平さんを引き連れてクロエを探しに行くことになった。
「ベリンダ、外の様子は?」
『どんどんプレイヤーが集まってる感じ。
これ、足止めしたほうがいい?』
トール君と二人、木や茂みの陰に身を隠し密偵のような感覚のベリンダ。
わたしと彼女はギルドチャットで話しているけれど、エリア境界を越えて彼女のすぐそばにいるトール君にこの会話は聞こえていないらしい。
やっぱりね。
「危険なことはしないで。
本当に危なそうなら樹海の外に逃げて」
『大丈夫、大丈夫。
それより気になることをいってた奴らがいたんだけど、今ならスザクを落とせるって』
「スザクを?」
なるほど、樹海の迷路が効果を失っている今なら、火口に辿り着くのは全然難しくはない。
PK狙いだけじゃなく、そういう目的のプレイヤーもいるのね。
もちろん火口に辿り着いても、スザクを落とせるかどうかはわからないけど。
『スザクか……』
ギルドチャットだから当然この話はカニやんたちにも聞こえていて、一緒にいる恭平さんの様子が気に掛かる。
恭平さん的には転職という形で自分の中での踏ん切りは付けたっていうんだけれど、人の気持ちってそう簡単には切り替わらないんじゃない?
治りかけた傷口に塩を塗り込むことにならなきゃいいんだけれど……
『グレイさん、俺なら大丈夫ですよ。
むしろ機会があるなら、グレイさんのスザク攻略を見たいくらいなんですから』
あ、それは無理。
当然この会話を聞いているクロウの視線が怖い。
恭平さんの加入をきいて……もちろん少ない女の子も欲しいんだけれど、同じくらい少ない魔法使いが入ってくれたーっ! って喜んだのはわたしだけ。
しかもぬか喜びで終わったっていうオチはともかく、頭のいい恭平さんは要領よく剣士の育成を進め、一応レベル相応の火力にまで育ったらしい。
ただ後衛職の魔法使い感覚がまだ抜けないところがあって、レベル上げとともに克服課題なんだって。
「グレイ」
抜き身の砂鉄を手に森の中を進んでいたクロウが、不意にわたしを呼ぶ。
すでに同行する柴さんも警戒レベルを一つ上げ、体勢を整えている。
「おい、あれって……」
「間違いない、【素敵なお茶会】 の連中だ」
数メートル前方、通り道に当たる場所で三人のプレイヤーが顔を寄せ合いひそひそ話。
しっかり聞こえてるけどね。
手には抜き身の片手剣……剣士ね。
そしてその足下に一人、死亡状態のプレイヤーが助けを求めるようにこちらを見ている。
この状況はつまり、PKがあったってことよね?
「魔法使いから狙え!」
一人が出した指示に、三人がほぼ同時に動き出す。
もちろん狙いはわたし。
詠唱時間があるから最初の一撃を物理で防ぐ必要があるけれど、三人が相手じゃ防げるのは一人だけ。
残る二人の攻撃はどうしても受けることになる。
これが数の有利だけれど……うん? 遅くない?
「起動……業火」
余裕で詠唱が間に合うとか、拍子抜けしたわ。
範囲魔法・業火でまとめて溶かされる三人を柴さんが憐れむ。
「阿呆が、うちの女王がその程度で斬れると思うなよ。
俺だって斬れないんだからな」
うん? 柴さんもわたしを斬りたいの?
いいけど、わたしも容赦しないわよ。
「いえ、首切りは勘弁してください」
「グレイ、柴……」
ふざけ合うわたしたちにクロウが声を掛けてくる。
先に死亡状態になっていたプレイヤーをどうするか、決めろだって。
「まさかと思うけど、こいつらの仲間じゃないわよね?」
「違います、助けてください」
死亡状態のプレイヤーは、半透明の状態になって湯気のような光の筋を幾つも上げるんだけれど、移動出来ないだけで立ったり座ったり出来て、喋ることも出来る。
同じギルドならチャットも出来る。
装備を見れば剣士なのは明らか。
このまま放っておいても、一時間後には教会地下にある死体置き場への転送か、その場に留まるかを選択出来る。
その場に留まっていられるのは最長六時間。
それを経過するとプレイヤーの意思を無視し、強制的に死体置き場へと転送される。
教会っていうのはナゴヤドーム内にある施設の一つで、ステータスの振り直しを行ったり課金アイテム 【聖女の涙】 を購入出来る場所。
部位欠損の回復も出来るんだけれど、神様はただじゃなにもしてくれない。
死亡状態で一定時間を過ぎたプレイヤーは、教会地下にある死体置き場に転送され、死亡制裁として所持する経験値の三分の二を失い、お布施をとられ、HPが三分の一の状態で復活する。
高価なアイテム 【復活の灰】 を消費せずに復活出来る代わりに、結構な死亡制裁が科される仕組みになっている。
どっちがいいかをプレイヤーに訊いてみたらこの場での復活を希望したので、【復活の灰】 を使って回復させたら見事に裏切られた。
「覚悟!」
しません。
片手剣を両手で握って斬りかかってくる剣士を、クロウの大剣・砂鉄が横一文字に胴を両断する。
さっきの三人……今も業火で溶かされた場所で死亡状態になってるんだけれど、その三人といい、このプレイヤーといい、業火の一撃で溶けちゃうとか、一撃で胴を断たれるとか、ちょっと弱すぎない?
「いや、女王とクロウさんが強すぎるだけ」
『ってか普通に復活してあげたわけ?
ちょっと柴さん、止めなよ。
【復活の灰】 がもったいないでしょ』
暇ではないはずのクロエの毒舌は健在。
あっさりと騙されたわたしの行動を非難してくる。
「でもこれって、たぶん巻き戻しがあると思うの」
巻き戻しっていうのは、この不具合のあいだに起こったことが全て無しになるってこと。
時間を巻き戻すってことね。
だからそのあいだに消費したアイテムも戻ってきて、死亡回数も、たぶん臨時メンテナンス前に戻ると思う。
『あまり運営に期待しないほうがいいよ。
それよりそんな雑魚どもにかまってないで、早く来てくれない?』
相変わらず自分勝手なことを……さすがクロエ。
インカムの向こうから、クロエ救出班の溜息が聞こえてくる。
うん、そっちは任せた。
わたしはくるくるとぽぽのところに急ぐわ。
もちろん真っ直ぐには進めないし、何度となくPKを狙う剣士たちに襲撃されたんだけれど、カニやんの心配どおり、二人一組にして火力を分散させなくてよかったかもしれない。
プレイヤー狩りをする剣士たちは、だいたい二人か三人……つまり徒党を組んで単独プレイヤーを狙って狩ってるっていうね。
マジむかつく
ほんと、卑怯の極みじゃない。
せめて一対一の勝負で勝って……もちろん混乱に乗じてっていうのは気に入らないんだけれど、それでも相手にもPKの覚悟があるならまだマシ?
でも大半は、クロエたちのように樹海で普通に狩りをしに来ていたり、スザクを目指していたプレイヤー。
しかもスザクは魔法使いに人気で、もちろんスザクを目指すだけの火力はあって来ているんだろうけれど、一人がほとんどだから複数の剣士に囲まれれば為す術もなく落とされる。
もちろんそういうプレイヤーに戦意はないから救助するだけでいいんだけれど、なぜかわたしの顔を見て逃げ出そうとするの。
死亡状態だとその場を動くことは出来ないから実際に逃げることは出来ないんだけれど、これはひょっとして、わたしじゃなくてクロウか柴さんの顔が原因?
「間違いなく女王の顔」
『おい柴、女王陛下のご尊顔の間違いだろ』
ムーさんの突っ込みに、インカム内に爆笑が起こる。
ねぇねぇみんな、余裕なのはいいんだけれど、あとで覚えてなさいよ!
「女王陛下のご尊顔拝謁賜り、歓喜に震えてる衆生だ。
心広く救済を施してやってください」
柴さんてば、普段使い慣れない言葉を、無理して使ったりするから噛みまくり。
それだけをいうあいだにクロウが三人斬っていて、言い終えたところでクロウに怒られる。
仕事をしろってね。
うん、仕事をして。
っていうか、結局みんな、誰の顔を見て怯えてるわけ?
そこはわからないままなんだけれど、ぽぽが心配なのでわたしたちは先を急ぐ。
途中、樹海を中程まで来たところで珍しいパーティと出くわした。
「グレイちゃんじゃなぁ~い!」
殺伐とした樹海内の空気を薔薇の花束で埋め尽くし、花びらを舞い散らせて華やかにするのは蝶々夫人ことマダム・バタフライ。
樹海の緑に映える真っ赤なチャイナドレスを着た彼女は、キラキラした杖を手に、巻き上げた金の髪を振り乱してわたしに抱きついてきた。
本当に唐突な出現に、それこそいきなり眼前に現われたものだから、わたしは彼女を彼女と認識出来ないまま抱きつかれてしまう。
「ちょ、蝶々夫人っ?!」
何事っ? と驚きを隠せないわたしに、蝶々夫人の肩越しに見える不破さんが、片手に抜き身の屍鬼を持って、空いたもう一方の手を軽く挙げて挨拶してくる。
「やぁグレイさん、また会いましたね」
「不破さんまで……」
「ん~今日も可愛いんだからぁ~」
わたしと不破さんの挨拶を無視し、自分の欲望に忠実な蝶々夫人。
うん、その可愛いはサイズに対して言ってるの?
ねぇ、わたしが小さいって言いたいわけっ?
そりゃちょっと小さめではあるけれど、そもそも蝶々夫人の背が高いのよ!
うちの母と同じくらいありそうだから、170㎝後半くらい?
あ、でもその馬鹿高いヒールは曲者よね。
その靴でよく樹海に入ってきたものだわって呆れるくらい、いつもの凄いヒールを履いてるの。
無遠慮にぎゅうぎゅう抱きしめてきて、頬ずりまで……あ、ちょっと! 口紅がつくからやめてよぉ~!! って叫んだら、同じくらい無遠慮に蝶々夫人の襟首を掴んだクロウが容赦なくわたしから引きはがし、乱暴に放り投げる。
その先にいたのがノーキーさんだったんだけれど、一応蝶々夫人が転けないように支えたと思ったら、蝶々夫人のツンと澄ました 「あら、ごめん遊ばせ」 に 「あっち行けよ、お前はぁ~」 と改めてその背を突き飛ばす。
この二人って仲が悪いの?
蝶々夫人が突き飛ばされた先には不破さんがいたんだけれど、さりげなく肩を支えて助ける安定のホスト感。
出来たらもう少し露出を減らして欲しい。
目のやり場に困るわたしに、もっと困る人が声を掛けてくる。
「よぉ~グレイ、今日も美人じゃねぇ~かぁ~」
ノーキーさん、それは……うん、つまりノーキーさんと蝶々夫人は似た者同士ってことね。
仲がいいか悪いかってことじゃないのね、よくわかったわ。
とりあえず顎をしゃくるのをやめてくれる?
そのまま顔を近づけてくるとか……もっとやめてよ!
ひぃ~~~~~!!
ちょっとマジでノーキーさんてば、唇突き出して顔を近づけてくるのはやめて!
失礼なくらい体を反らせて拒否したら、いかにも頑健そうなその首をクロウの大きな手が鷲づかみにする。
近づくクロウの顔にノーキーさんは 「お?」 と声を上げて挨拶でもするのかと思ったら、クロウのほうが無視。
容赦ない力で放り投げ、その先で待ち受ける柴さんが剣を構える。
もちろん大人しく斬られるノーキーさんじゃないけどね。
直後に剣戟を響かせ、二人して顔を見合わせてニヤリと笑う。
ちょっとちょっと、ここで遣り合うのはやめてよ!
今はそれどころじゃないんだから!!