83【番外】 サブマスの内緒話
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
いつもとは違う時間ですが、小話をお届けします。
よろしくお付き合いくださいませ。
『クロエ、ギルドチャットが全然聞こえない』
少し焦ったようなくるくるの声。
そんなの僕だってさっきから気づいてるって。
正確にはギルドチャットが聞こえないんじゃなくて、樹海の外にいるメンバーの声が聞こえないんだと思う。
結構冷静さを失っているくるくるは、自分がパーティチャットじゃなくてギルドチャットで喋っていることにも気づいてないんだから。
「とにかく、なるべく気づかれないようにやり過ごして。
気づかれた時は確実に仕留めて、すぐに場所を移動すること」
『わかった』
くるくるからはすぐに返事があったけれど、ぽぽの反応がない。
代わりに少し荒い息づかいが聞こえてくる。
耳を澄ませなければ聞こえないくらいかすかだけれど、たぶんぽぽだ。
移動しているのか、それとも交戦中か。
インカムは、会話の邪魔をしないように銃撃の音や剣戟を拾わないから周囲の様子はわからないけど、返事がないのは返事が出来ない状況ってことだ。
どうする?
僕自身、こんな射線の通らない森の中じゃ、交戦するより出来るだけやり過ごしたい。
そのためには少しでも早く接近に気づかなきゃならないから、インカムの音にばかり集中しているわけにもいかない。
樹海から脱出するのが一番だとは思うけれど、下手に動くのも難しくなってきた。
このエリアにはマップがないから迷っているのか、それともそれだけプレイヤーが集まってきているのか。
わからないけれど、さっきから見掛ける人数が増えているような気がする。
このまま樹海に集まるプレイヤーが増えるとやり過ごすのも難しくなる。
さっさと決断しなきゃ。
僕だけじゃなく、ぽぽやくるくるも逃げ遅れるよね。
『クロエ、逃げ切れないかも……』
やっとぽぽから返事があったと思ったら結構追い詰められてる。
「状況を説明出来る?」
『さっきから三人、剣士がずっと近くをうろついてる。
たぶん俺を狙ってる』
接近戦が出来ないに等しい銃士を、近接職三人で狙うなんて悪趣味。
それでぽぽを落として撃破数を稼いで楽しいわけ?
僕は近接職なんてしたことないし、プレイヤーキルにも興味がないからわからないけどさ。
『クロエ、今ウィンドウを開ける?』
「なに? どうかした?」
『マップはないんだけど、位置情報だけが表示されてる』
どういうこと?
とりあえずくるくるに言われるままウィンドウを開いてみたら、確かにマップ自体は空白のままで 【unknown】 って表示されるんだけれど、その中にポツンとくるくるの位置情報が出ている。
「これ、東西南北はあってると思う?」
『そこまではわからないけど……』
本来の樹海エリアは、マップもなければ表示しているはずの位置情報も出ない。
試しに僕の位置情報をONにしてみたら、くるくるとはずいぶん離れた位置に表示が出た。
でもこれなら、少なくとも方角がわかる。
上手くいけば合流出来るかも知れない。
『クロエの位置もわかったけど、どうする?』
「ぽぽ、返事出来る?」
『ごめ』
くるくるはともかく、ぽぽはかなり状況が逼迫してる。
一体どんな性格の悪い奴らに狙われてるんだよ?
「とりあえずくるくる、僕と合流しよう」
『わかった』
「急がなくていいから、見つからないように気をつけて」
もちろん僕自身もだけれど。
でも動く前に一つ試しておこうと思う。
ログインしてるかどうかはわからないけど、どうせまたクロウさんとイチャついてるんだろうから邪魔してやりたいしね。
「グレイさん、聞こえる?」
少しあいだを置いてみたけれど、いつも聞こえる脳天気な声は返ってこない。
いいよ、別に。
これは賭けだから。
「頼みがあるんだ、すぐに樹海まで来て欲しい。
樹海がPKエリアになっていて、とち狂った脳筋馬鹿野郎たちがプレイヤー狩りを始めた。
僕とくるくるは今のところ無事だけど、ぽぽが危ない。
僕らだけじゃ脱出は難しいと思う。
助けて欲しい」
樹海の外の声は聞こえないけれど、ひょっとしたら樹海の外では僕らの声が聞こえているかも知れない。
だからギルドチャットじゃなくて、他のメンバーたちに邪魔されず確実に内容が伝わるように、グレイさんに直通会話を入れた。
これは賭けだ。
僕の声が届くか、届かないかの賭け。
ギルドチャットだけじゃなくて、直通会話さえ届かないなら僕の負け。
もし今のメッセージが届いたら僕の勝ち、あの人は絶対に来るから。
アールグレイっていう人はとことんお人好しだからさ。